「閉じられた眼(Les yeux clos)」その3
海藤は寮の自室で天井を眺めながら、時山爾子のことをぼんやりと考える。どうにもこうにも、自分が彼女をここまで気にしている理由がわからない。
「僕は彼女の事をよく知らないけど、彼女は僕のことをよく知っている…」
例の如く
「小柄で小動物みたいなとこがある。大きい黒目が綺麗で… 違う違う、そういうことじゃないんだ」
人に話せばすっきりするかもしれないと、思ったが隣人にして悪友の
「
相談相手を求めているところで、聞き覚えのある声がした。どうやら幻聴ではない、こういう芸当ができる知り合いはた一人しかいない。気付けば、びしっとワインレッドのスーツで固めたルシール・オックスブラッドが目の前に居る。同時に、彼女が現れたということはこれから一仕事あるなと海藤は思った。
「ミス・オックスブラッド…」
「その場所のどっかに、僕を置いていてくれないか… こんな台詞、どこで覚えたの?」
彼女の電子情報操作、情報通信網を自由自在に行き来できる能力から察するに、自分の端末を通して今日の様子は全て監視記録されているだろう。ということは、告白の大失敗も含めて、日に二度も異性から恥ずかしいところを観られているのみならず半永久的に記録されたことになる。これは極めて恥ずかしい。
「その割に彼女とは、
「も、もちろん。何事もなく健全… それに寮の門限も大丈夫です」
「でも、貴方の保護者はそうは思っていないようだけれど?」
「ああ、やっぱり…」
保護者とは紛れもなく、学長の
この場合は
おそらく彼は、自分以上に時山爾子の能力を危惧している。即座にルシールが得意の情報通信網を使った瞬間移動で、彼女と海藤は斯波が待つG.F.Oの司令室に現れた。斯波はこれに今更驚く様子もない、そして海藤もまたさっさと本題に入りたいというところだった。
「彼女の能力を凍結できる機会は、十分にあったようだが?」
案の定、斯波は静かに海藤に問いかけた。そう、その通りだと思う前に、先に彼の十代の心が働いた。この時期の心は「やろうとしたこと」への指摘が妙に不快なのだ。そんなことは百も承知だが、今回は躊躇せざるを得なかった。
「本体にもかなり身体的負担がかかります」
「それは彌生武子との一件で君が証明している」
先の能力凍結に成功した二件に関しては、
だが、
「その通りです。そして、時山さんの能力を考えると…」
確かに
「躊躇う必要はない。君の本件に関するあらゆる行動は、全て治外法権だ」
「ええと、そういうことではないんです…」
「海藤君、残念だが相手が誰であろうと、例外は認められない」
斯波の答えも、それ以外はないと判っていた。あの十年前の事件以来、自分の能力を
「わかっています。でも、例えば、彼女を協力者として…」
一方でこの海藤の言葉も、斯波にとっては判り切っていた。余りに稚拙で楽観的、やはり年相応の感情を切り離すことは難しいかと考えるのだった。
「彼女を我々の協力者にしたとすれば、あの双子は躊躇なく排除に踏み切る。君の気遣いは却って彼女を不幸にする」
成長し続ける時山の能力であれば、特定は困難とされている
「それに、彼女だけに気を取られている場合じゃないのよ。ちょっとこれを見て」
「えっ?これは…」
ルシールが投影して見せた映像はG.F.Oの本部に向かう地下通路付近や、閉鎖されたはずのシェルターなどで確認されたものだった。そこには美堂敬介の能力が作り出す「犬みたいな生物」がはっきりと映っている。違うところは、サイズがかなり小型になっていることとその数だ。あの時は、本人の変身と遠隔操作する個体の十三体だったが明らかにその倍以上は確認できる。
「再登場するモンスターは大型化するか、大量発生するのがセオリーよ」
「ミス・オックスブラッド、その通りです。それに、続編のモンスターは
どういう理屈かは知らないが、例の犬たちの中に人影がある。見紛うこともない、彌生武子だった。厄介な能力、大いに厄介な能力をこいつらは持っていると見るのが妥当だ。これがモンスター映画ならこの再登場で人気爆発、映画はロングラン確定でフィギュアも人気になるだろう。
「
ルシールの言うとりこの軍団が威力偵察ならば、主力ともいうべき
「手引きしたのが時山爾子かは不明だが、彼女の対処は急がねばならない」
斯波の最後の一言は、海藤の心を特に深く抉った。自分が微かにでも疑ったことが、何か急に回避できない現実となったような気分になったのだ。再び時山と会って、あの綺麗な瞳を傷つけ彼女から芸術を奪い脅威として排除すること、この任務に従うことも、他の道を見出すことも今の自分にはできないのだ。
自分はは彼女の事をよく知らないけど、彼女は自分のことをよく知っている。どうやら、知りすぎてしまった。G.F.O本部から伸びる秘密地下列車の中で、海藤は一人考えていた。
「どうするかは、自分の気持ち次第」
いつものように海藤は父の言葉を反芻していたが、その自分の気持ちというものが見えないのだった。定まらない気持ちとは裏腹に、寮の付近のプラットフォームで学園都市線の路面列車が止まる。
だが、彼の足取りもまた止まってしまうのだった。
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