星辰の塔

回向田よぱち

閑話

 ブウンという機械音が管制室を満たしている。

 否、管制室とは名ばかりで、研究機関の図書館張りに古書で埋め尽くされている。かび臭い本が収まる棚は、これまたバロック期の教会かと見紛うほどに無駄な装飾に彩られていた。壁はゆるい円形を描き、そのすべてが書架だった。

城の尖塔に作られた巨大書庫。

まるで、誰かを閉じ込めるために作られたかのような。

 窓はない。しかし、場違いなものが書架の一部に張り付いている。いくつものモニター、床に並べられた四角い箱たち、伸びるケーブル。確かにここは管制室なのだ。

 男が、年季の入ったゲーミングチェアに座り、モニターの一つを無感情に眺めている。

 男は絹糸のように真っすぐな白い髪を床につけ、伸びをした。固まった不健康な体からはボキボキと不穏な音が鳴る。

 化学繊維でできた黒いタートルネックにチノパン。その上にファンタジー小説の魔術師のような、濃紺のローブを羽織っている。そのちぐはぐな時代感はこの部屋と同様だった。

作り物めいた肌には、汗一つ浮かんでいない。

不機嫌に細められた瞳は、紫色を湛えている。

「一つ、壊れたか」

 いつの間にか男の後ろには赤髪の青年がいた。青年は腕を組み、同じモニターを見つめて少し寂しそうに眉を歪めた。こちらはワイシャツにジーンズといういくらかラフな格好をしている。捲った袖から覗く精悍な体つきは、武術をしている者のそれ。

「元々崩壊していたようなものだ。金枝の王が無茶苦茶な摂理を敷いて、最終的に僕のクローンが首を刎ねた。首の皮一枚で千年も持ったんだから大したものだけどね。いずれにせよ……奴の侵食ではない」

「でもさあラウ。自滅とはいえ、滅びは滅びだよ」

 赤い巻き毛の男は、砂嵐の吹くモニターに向かって手を合わせた。ラウと呼ばれた白髪の男は、その行為を鼻で笑う。骨ばった手でキーボードを叩く。

「レオナルド王はお優しいな」

「俺のこれは優しいんじゃなくて甘いんだよ。多分」

 レオナルドは照れくさいのか鼻を掻いた。

 モニターが暗転する。

 ラウはレオナルドを睨むと大きくため息をつき、頭を抱えてデスクに突っ伏した。

「……苦労して作った平行世界が、人間関係で壊れるのが一番嫌なんだよ僕は。奴すら現れないまま滅んだんじゃ、計算した意味がない」

「イリアスだってアーサー王伝説だって人間関係で滅んだじゃん。よくあることだ」

「そんなことはわかっているんだよ。人類史に於いて最小にして最大の問題は個人間の不和にすぎないことは。ここで問題なのは誰にも褒められず労われない僕の労力」

「はいはい、お疲れ様です」

 レオナルドはラウの話を半分聞き流して書架から一冊の本を手に取り、デスクに半身を預けた。つまらなそうにページをめくる。

「それでも、止めないんだね」

 レオナルドは紙面から顔を上げない。

「決まっているだろう。ここで僕たちがやらなければ、他に誰が対抗できる」

 ラウは身を起こして、レオナルドをしっかり見つめた。

 切れ長の目の奥の、その紫の、燐火のような瞳で。

「馬鹿だねえ」

 レオナルドは口を手で覆って軽く吹き出した。

「人が真面目に返したのに笑うやつがあるか」

「ごめんごめん」

 レオナルドは古書をデスクに置いてラウを見据える。

 赤い瞳だった。熾火のような、あたたかな瞳。

「期待しているよ。ラルファス・フランベルジュ・ノーデンス宮廷魔術師」

「貴方の御心のままに。騎士王レオナルド・ネモレンシス」


 ここは星辰の塔。

 どこでもないどこかに位置する、重なりゆく星辰を、平行世界を計算する塔。

 塔はこの日、一つの世界の終焉を観測した。

 その世界は、ナンバー一〇五二。最後に残った悲しき王国の名は、シャンバラ。

 ただその滅びを見つめるのは。

騎士の王と、宮廷魔術師。

 金枝の王と、選定者の祖。

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星辰の塔 回向田よぱち @echodayopachi

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