よーいドン

赤オニ

よーいドン

 よーいドン。で何かを始めるのが苦手だった。

 人よりも何かと遅れがちな子供だったわたしは、よーいドンが苦手だった。

 同じようにスタートした子たちが、同じようにゴールしていく。それを後ろの方で見つめているだけの自分が、ひどくみじめに思えた。

 ある時、苦手な勉強を先生に見てもらったことがあった。

 分からない。何が分からないのかと聞かれても、何も分からないことしか分からない。

 段々と先生が苛立っているのが肌に伝わってくる。ぴりぴりと刺すような空気に、問題が解けない情けなさと迷惑をかけている申し訳なさで涙がこぼれそうになった。

 キリキリと痛むお腹に、喉元まで何かがせり上ってきたような吐き気。

 怖くて情けなくて、今すぐここから飛び出したい気持ちに駆られた。

「どうしてこんなことも分からないの?」

 苛立ちを無理やり抑えたような声色に、びくりと肩が震えた。

 「ごめんなさい」と小さくもらせば、先生はもういい、とでも言うように席を立って、帰ってこなかった。

 見放されたのだ、と理解し、少しだけ泣いた。

 それから、わたしは人に教わることが怖くなった。

 またあの時のように苛立たせてしまうんじゃないか、見放されてしまうんじゃないか、そう思うと、怖くてたまらない。

 同じようにスタートしたのに、私はいつまでもみんなより遠く離れた場所に居た。


「ね、その問題一緒に考えない?」

 声をかけてきたのは、クラスメイトの女の子だった。同じクラスに居ることは知ってるけど、話したことはない。

「……なんで」

「難しいからさ、一緒に考えて答えを出そうよ」

 今までのように「教えてあげる」と言われなかったからだろうか、不思議と拒否感はなく、自然と「いいよ」と答えていた。

「ここをこうしたら良くなると思わない?」

「でもここが……」

「じゃあこうしよう」

 その子は、問題を前に頭を抱えるわたしに、ひとつずつヒントを出すように問題を解いていった。

 それは先生の授業で習うよりも分かりやすく、わたしの頭でも理解できた。

「……解けた」

「やった! やったね」

 いぇーい、とハイタッチをしたその子は、わたしの親友になった。


 よーいドンが苦手だった。

 同じようにスタートしても、わたし一人だけ遅れてしまうから。

 でも、今は同じ歩幅で歩いてくれる友達が居るから、もう怖くない。

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よーいドン 赤オニ @omoti64

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