第十話 デートに正しさとかないよ


 昼休み、今日も俺たち腋毛バスターズは教室で机を囲む。


「第二回会議、草壁と俺の仲を復活させようのコーナーだ」

 俺の音頭で、幕が上がる。


「一応聞きますけど、ふざけてて大丈夫なんですか?」

 等々力から疑問が呈される。俺はしみじみと言う。


「みんなの楽しい声を聞いてると、俺も気が安らぐからな」

「本当か? お前にそんな感情あんのか? 感傷に浸ってるフリしてないか?」

「というか心配してるのは無藤さんではなくて」

 等々力がちらっと視線をやる。

 教室の廊下側、草壁の姿がある。

 今日も一人で弁当を食べている。その姿は孤独。かつてのように無表情で、ぱっと見なにを考えているかわからないだろう。

 だが、俺にはわかる。飯を運ぶ手は動いてないし、机がちょっとこっちに寄ってきてる。

 聞き耳を立ててるのは明らか。俺たちのことが気になっているのだろう。

 計画通り。草壁を笑わせる、それが真の狙いだ。

 楽しい空気を作れば、俺たちに混ざりたくなるかもしれない。

 我ながら遠回りな仲直り方法、自分で笑ってしまう。

 しかしこいつらになにを話すか……草壁とのいざこざをそのまま話すのは躊躇われるし。


「それにしても、草壁さんがずっと腋毛を生やして、無藤と会ってたとはな」

 悩んでいると、昨日は話に着いてきてなかった三田があっさりと言った。


「おい、なんで知ってんだ?」

「昨日の夜、等々力さんにラインで教えてもらったんだ」

「情報共有しておいた方が良いと思いまして」

「ほう、殊勝な心意気だな」

 メンバーのやる気があるのは素晴らしい。


「あとボクからも屋上の話を軽くしておいたよ。少し恥ずかしかったけどね」

「良い話でした。変に真面目なところが草壁さんらしくて面白かったです」

「鍵盗むとか、無藤お前やっぱ無茶苦茶だな」

 伊達先輩の話も共有されてんのか。俺と会った後に忙しいことだ。


「等々力君の話も興味深かったよ。三角関係がひっくり返るのはドラマチックだね」

「百合っぽくてちょっと興奮したぜ」

「ふふ、お恥ずかしいです」

 一夜にして情報が整理されてるな。

 というかこいつら、ちょっと仲良くなってるな。


「……待て」

 嫌な予感がよぎった。


「もしかして、俺を除いた三人のライングループができてないか?」

「そうですよ」

 あっさり肯定された。


「俺と草壁の仲を取り持つチームなのに俺がハブられてんのおかしくないか?」

「だって無藤さんライン嫌いとか言ってましたし。それで、三人で話したんですけど」


「なんか結論でたのか?」

 俺が尋ねると、等々力が代表して、言った。


「草壁さんが変に考えすぎて、無藤さんがキモいこと言ってこじれたんだろうって」

「結局それかよ!」

「……ふふ」

 遠くで草壁が、口元を押さえてにやけているが見えた。

 やっぱりばっちり聞いてやがる。

 まあ、笑ってんならいいか。いやよくねえわ。



 放課後。再び四人で集結する。

 昼休みは所詮前座よ。教室で真剣な話なんてできるわけない。本当に大事なことは放課後に学校の外で起こるもの。


「よし、腋毛バスターズ集合!」

「悪いね、ボクは今日塾があるんだ」

 もうダメそう。


「俺もちょっと用事が」

 三田は既に鞄を肩にかけ背中を向けた姿勢だ。

 じゃあ、残り一人は……


「私は大丈夫ですよ」

 等々力がいた。


「無藤さん、二度目のデートしましょう」



 電車に乗る。向かうは等々力と草壁の最寄駅、もう何回も行ったところだ。


「二度目のデートってなんだ。まさかラブホに行くとか言い出すなよ」

「あんなの本気で行く人いませんよ」


 ………………せやな。


「私たちといえばここです」

 駅前の喫茶店に来た。前と同じ飲み物を頼んで席に着く。やることは同じだった。


「さ、なんでも話してください」

 背もたれに寄りかかって言う等々力。

 こいつは一番俺たちのことをわかってる。力になってくれるかもしれない。そんな希望がある。

 だから大体のことを説明した。ラブホに連れて行かれ、悩みを打ち明けられ、腋毛を剃ったこと。等々力はじっくり聞いて、そして口を開く。


「つまり痴話喧嘩ってことですか?」

「説明すんじゃなかったな」

「いや真面目に言ってるんですよ。イチャイチャしてるようにしか見えないです」

「どこが真面目やねん。もっと目を凝らせ」


「いやいや、草壁さんを振り向かせるためにあなたへのアピールを繰り返した私だからわかります。腋毛と私、どっちが大事なの?ってことですよ。色々悩んでますけど、好きって言ってしまえばなんとかなるんじゃないですか?」


「めっちゃ恋愛脳やんけ。等々力お前、そんなやつじゃなかっただろ……はっ!」

 話していて、俺は一つの可能性に到達した。

 恋とか愛とか語りたがる等々力。

 こいつは草壁と戦ってる時から、回りくどいアピールとかが好きなねちねちしたやつなんだ。

 つまりこの状況、結論は一つ。


「等々力、もしかして俺に告ってるのか?」

「うぬぼれんな」

 すいません。


「今は草壁さんと無藤さんの話をしてるんですよ。見てれば明らかだから言ってるんです。無藤さん、好きとか気づかない鈍感系を気取ってるんですか?」

 イラッとした。鈍感って嘘くさくて嫌いだ。

 だから俺は、堂々と言ってやる。


「そりゃ好きとか言い出したら好きなんだけどな」


「さらっと言いますね」


「ぶっちゃけ、男子と女子ってある程度一緒にいたら自動的に好きになるだろ」

「強い童貞感ありますね」

「でも好きとか言って解決するのは違うと思うんだよな」

 俺の言葉に、等々力は少し納得したように言う。


「なるほど、つまり草壁さんを論破したいと。無藤さん、そういうところありますよね。妙に疑り深いというか素直じゃないというか。理由を考えようとする、だから私の行動も変に勘繰った。ある意味、好きと気づかないのよりタチ悪いですね。好きとかはわかってるけど気持ちを重視してない」

 散々な言われようだ。


「まあたしかに草壁さんは、そういう理屈を欲しがってそうですけどね。ある意味、似たもの同士なのかもしれません」

「照れるじゃないか。はは」

「それがダメなんですよ。本当の自分が嘘とか、腋毛が嘘とか、謎の論理じゃないですか。それって正しくあろうとしてるんですよ。未だに完璧から逃れられてないんです」

 俺、朝生の神回くらいボコられてんな。


「じゃあどうすりゃいいんだ。対案を出せ対案を」

「そこで、好きですよ」

 結局それかい。


「好きは主観を前提とした評価だからいいと思うんです。

 私は草壁さんのことが完璧だから好きでした。腋毛を生やしたから嫌いでした。これは一見筋が通ってる感じがしますけど、主観ですもん。

 今はなんか色々あったから好きみたいな。情が移るってやつですよ。感情ってそういうものじゃないですか?」


「なんでお前がそんな恋愛マスターみたいな立ち位置なんだ。俺を論破しようとしてるぞ。なにがしたいんだ?」

 苦し紛れの俺の発言に、等々力は笑みを浮かべて言った。


「つい色々言いたくなってしまうんです。無藤さんにも情が移ってますから」


「…………そうっすか」


 こうして、二度目のデートは終了した。

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