第八話 終戦


 駅前の喫茶店。俺たちは歩いてそこに戻ってきた。本日三回目猛打賞だ。


「わざわざここに来る必要はないと思うのだけど」

 席についた草壁が言う。俺と等々力も向かいに座る。


「もう俺たち常連だからな」

「一日でなろうとしないで……ってそんなことはどうでもいい」

 草壁は大きく息を吸って、大声で言う。


「な、なにが起きてる? 話しかけてきたのはなに!? 小学校はなに!?」

 ちゃんと喫茶店につっこんで、一呼吸置いてからパニックになってる。器用だ。


「まず、ど、どうして等々力さんが私達の会話を聞いていたの!?」

「映画を見てる間に、俺が等々力の耳にイヤホンを詰めたんだ」

 寝てる等々力に耳をいじっていた、あの時だ。


「な、なんでそんなことをしたの?」

「寝てたから耳になんか詰めたら面白いかと思って、というのは建前で」

「建前がちゃんとしてないけど」

「草壁と等々力が互いの感情を見せ合えばいいと思ったんだ」

「どうしてそうなる?」

「それは……私と草壁さんが同じ小学校に通ってたからです」

 等々力が俺の後を引き継いで答える。


「それとどう繋がる? そもそも同じ小学校って、急になに?」

「草壁さん、質問ばっかりですね」

「あなたたちが小出しにしてくるせい! ちゃんと一から全部説明しなさい!」

 キレていた。


「わかりました。最初から順を追って言います」

 等々力は小さく息を吸って、話を始める。


「あれは私が小学校に入学したときのこと……」

「どんだけ最初から順を追うの!?」

 キレてばっかだなこの人。


「私と等々力さんは、小学校で同じクラスだったんです」

「……それはなに? 急に言われても困る。本当のこと?」

「覚えてなくても無理ないです。一緒に遊んだこともありませんでしたから」

 軽い笑みを浮かべながら、等々力は語りだした。


「ただ草壁さんは昔から完璧で、私は地味でした。だからずっと、憧れてたんです。

 中学は別でしたけど高校はまた一緒でした。というより私が追って入りました。

 同じクラスで嬉しかったです。草壁さんは変わらず完璧で見てるだけで満足でした。

 私のことは覚えてませんでしたけど、それでいいと思ってました。

 委員会決めもかっこよくて、私も立候補したんです。近づけた気がして幸せでした。

 でもある日、それは壊れました」


 流暢に話していた等々力のトーンが急に暗くなった。息を吸い直して、改めて口を開く。


「草壁さんは腋毛を生やして、よくわからない男子とつるみはじめたんです」

 絶望的な表現だ。


「寝取られものの主人公の気分でした」

「言い得て妙だな」

「そ、そんなことない。私は寝取られてないから」

 恥ずかしそうに訂正する草壁を気にせず、等々力は続ける。


「なにか理由があると思って、手紙を出したんですけど満足いく回答は得られず、逆に無藤さんとのイチャイチャを見せられました。

 だから完璧だった時の気持ちを思い出してほしいと思って、そして私を見てほしくて、アピールしたんです。ラブホテルが近くにある小学校の話とかしたりして……でも全然気づいてくれなくて」

「そんなので気づくわけないから」

「肉じゃがの話をしたのも昔の草壁さんで、スク水も小学校で使ってたものでした」

「……気づくわけない」

 いや気づきそうなもんじゃね?


「ただ同時に、私の中にもう一つの思いが生まれていたんです」

 それがなんなのか、俺は知っている。等々力は震えた声で、言う。


「草壁さんに勝ちたい。そう思ったんです。

 そのために、無藤さんにアピールしました。

 草壁さんが欲してるこの人を奪い取れば、私は草壁さんを越えられるって。

 その目論みは、当たりました」

 憧れの草壁さんが私を相手に慌ててる姿を見るの、ものすごく興奮しました。

 だから私もどんどんエスカレートして、お弁当とか、プールとか、ラブホテルとか、とてつもなく楽しくて。

 ちょっと前の自分じゃ考えられない大胆なこともやるようになってました。

 そして、気づいたんです。

 いつのまにか私、変わってたって。

 それはおそらく、草壁さんが腋毛を生やしたのと同じ。自分の殻を破る行為でした。

 だから今になって、少しだけ、草壁さんのことがわかった気がするんです。

 本当の自分になった、そんな感じがしたんです。

 ごめんなさい。引っ掻き回してしまって。そして、ありがとうございました」


 最後に頭を下げて、とても長い話が終わった。


「草壁、どう思った? 感想を一言でくれ」

 草壁はうつむいて、無表情でじっと考えこんでいる。

 そして、口を開いた。


「キャパオーバー」

 そりゃそうだ。


「無藤さんもごめんなさい。草壁さんを倒すためのこん棒みたいな使い方して」

 そこまでの扱いだったのかよ俺。


「でも今はドラゴンキラーくらいは大切に思ってます」

 どんくらいかわからんわ。結局武器じゃねえか。


「まあ俺からしたらチヤホヤされて得しかなかったから別にいいんだけどな」

「でも、どうして気づいたんですか? 私が無藤さんを……別に好きじゃないって」

 聞きづらそうに聞いてくる。等々力としても気になるのだろう。俺は正直に答える。


「だってなんか裏がある感じのオーラ出してたろ」

「ふわっとしてますね」

「それに俺とのデート、明らかに惰性でやってたからな。チェーンの喫茶店で話して映画館で寝て同じチェーンの喫茶店に戻ってくるなんてどう考えても好き感ないだろ」

「そういうの気にする人だったんですか?」

 意外と気にするんだ。


「あと前に草壁に勝ちたいって言ってたし。そのまんまの意味だったな」

「つまりドヤ顔で当てた感だしてるけど、実際には私のいないところで言われてたと」

 草壁のトゲトゲしい言葉が飛んでくる。俺にキレないでくれ。


「……はあ」

 草壁がため息をつく。色んなものが吐き出された、そんなものに見える。


「まだ整理はついていないけれど、等々力さんの行動はわかった。

 あなたが言った通り。私は変わりたいと思っていた。完璧な自分が嫌で、もっと自由な、本当の自分を探していた。今も探している。だから昔の完璧な私に憧れていた等々力さんが、私と同じように、変わってくれたなら、喜ぶべきことなのかもしれない」

 物分かりがいい。大人の対応だ。


「ちなみに、本当はどう思ってるんですか?」

「なに勝手に憧れて勝手に失望して勝手に戦って勝手に満足してる。私の悩みを返せ」

 怒りに満ち溢れていた、そりゃそうだ。


「あー草壁さんの正直な感情気持ちいいです」

 ノーダメだった。強い。


「……まあいい。つまり今回も、私の腋毛の勝利ということね?」

 なんで毎回それを確認したがるんだ。


「はい。色々、ごめんなさい、そしてありがとうございました」

 等々力は言った。

 色々、その一言は等々力にとって十年以上の積み重ね。本当に色々あったのだろう。

 だがそれも、これにてひとまず、一件落着となった。

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