第七話 私の気持ち、伝わってますよね?

 再び喫茶店に来た。さっきと同じ店舗だ。単に往復しただけと言える。


「一日に何度も同じ喫茶店に来るのって興奮しますね。店員に笑われてないかとか」

「新しい可能性を潰す感じがいいな」

『全然よくないから』

 さっきと同じ飲み物を頼んでさっきと同じ席に座る。二人とも映画を見ていないので、状況はあまり更新されていない。少しの沈黙の後、等々力は口を開いた。


「草壁さんと……」

 また草壁の話題、等々力はやはり、それにこだわっているように見える。


『……っ』

 本人にとっても自分の話題ということで、息を呑む音がイヤホン越しに聞こえる。


「草壁さんと、セクロスはしたんですか?」

『ぶっ』

 ガラガラガッシャーン

 吹き出す音と、遠くでなにかが倒れる音がした。草壁の動揺だ。


「セクースはまだしてないぞ」

「腋を見せてるのに、セクロスはしないんですか?」

『な、なんの話をしてるの!?』

「腋毛契約とセクースは別の話だ」

『あと古のネット用語の張り合いはなに?』

「ということは、私にもセクロイドの芽があると」

『なにその進化系みたいなの』

 等々力に草壁が転がされている。そんな様子を見て、俺はしみじみ思う。


「等々力は変わったなあ」

「な、なんですか急に。親戚のおじさんみたいな。反応に困るんですけど」

 意外そうにしている。自覚ないのか。


「どこが変わりました?」

「前はセクロイドとか絶対言わなかっただろ」

『そんな単語誰も言わないから』

「最初はおどおどしてて話すのも大変なくらいだったのに、今はガンガン来るもんな」

 改めてすごい変わり様だ。クラス会で一人でいたやつと、スク水で迫ってきて喫茶店でセックスの話を始めるやつ。同一人物と思えない。


「今の方が、面白くて良いな」

『褒めすぎ。黙れ』

 もはや単なる野次が飛んでくる。


「草壁も悔しがってるぞ」

『報告しなくていいから』

「ふふっ」

 等々力が楽しそうに笑う。そんな様子を見てふと思った。


「草壁と似てるかもな」

『どこが』

「どこがですか?」

 同じ反応が帰ってくる。やっぱ似てる気がする。


「完璧だった草壁は腋毛生やしてるし、おどおどしてた等々力もはっちゃけてるしな」


「そうですか……今の私は、草壁さんと、似てる……」

 神妙なリアクションが返ってくる。俺の言葉を、じっくり反芻している。


「似てないという可能性はないですか?」

「いやあるぞ。そんな真剣に受け止められても困る」

「いつのまにか、私は……それなら、もう……」

 俯いてぶつぶつ言っている。どうやら真剣に受け止めているようだ。


「無藤さん」

 顔を上げて俺の名前を呼ぶ。その表情は、決意に満ちているように見えた。


「私、行きたいところがあるんです」


 ★


 喫茶店を出ると、既に日は沈んでいた。夜の闇が俺たちの身を包む。

 等々力はずんずん歩いていく。足取りに迷いはない。さっきまでなにするか悩んでた人とは思えないスピードで進む。

 俺はただ後を追う。草壁も後ろで、黙ってついてきている。

 駅前の活気あるエリア、そこを少し離れる。そして暗い裏道を抜ける。

 その先、光り輝く看板、派手な外装の建物が見えた。


『ち、ちょっと、これって』

 久々に発せられた草壁の声は、動揺だった。同時に等々力が足を止める。


「ここです」

 そう言って指をさす。

 それは非日常が充満するビル。


 ラブホテルだった。


『ま、待って、なに急に……』

 草壁の混乱が聞こえる。当然だ。だが等々力は滑らかな声で言う。


「ここに来たかったんです」

「どうしてだ?」

 俺の当然の疑問に、等々力は平然と答える


「デートの終わりは、やはりラブホでしょう」

 シンプルな答えだ。さらに等々力は、軽く微笑みながら言う。


「それに草壁さんとはまだ、セクってないようですから。早い者勝ちということで」

 また草壁の名前が出た。


「無藤さんもここに行こうって、今日の最初におっしゃってましたよね」

「あれは冗談だったんだが」

「現実にしましょうよ」

 気の利いたことを言う。現実、俺はそれをずっと求めている。


「無藤さん、私の気持ち伝わってますよね?」

 上目遣いで体を寄せて、そんなことを言ってくる。

 等々力の気持ち。

 思い返す。

 最初に話したのはクラス会の誘い。空っぽの席に二人でいたこと。

 そこからしばらく間が空いて、草壁への手紙。

 腋毛一本吊り、盗聴、お弁当、プール、そして、ラブホテル。

 全てが、繋がる。答えらしきものが俺の中にあった。


「ああ、伝わってる」

「ありがとうございます、じゃ、受付に……」

「なあ、等々力」

 背を向けてビルに入ろうとするその姿に、俺は言う。

 決定的な言葉を、投げかける。


「お前はずっと、俺のことなんて好きじゃないだろ?」

 等々力の動きが、停止する。


『……どういうこと?』

 草壁の疑問が聞こえる。しかし返事をしている場合ではない。


「もう無理して、草壁と戦わなくていい」


『私と戦う? なに? なんの話?』

 困惑する草壁と対照的に、等々力は静かに口を開く、


「……わかってたんですか?」

 否定はなかった。やはり、そうなんだ。


「まあな」


「そうですか。さすがですね」

 

 俺たちは頷き合った。

 意思の疎通が、成った。


『二人で納得してないで、私にもわかるように言いなさい!』

 疎通できてない人が怒っている。盗聴してるくせに偉そうだ。


「とまあ、ラブホは半分冗談です。半分本気でしたが。ちゃんちゃん」

 恥ずかしそうに誤魔化す感じで、等々力はラブホを通り過ぎて歩いていく。


『どこ行くの?』


「本当は、ここにお連れしたかったんです」

 草壁にかぶせるように言って、等々力が足を止める。

 目線の先にそれはあった。

 暗闇に浮かび上がるフェンス、広い校庭、その奥にある校舎。

 小学校。

 いつかの会話を思い出す。ラブホテルの隣にあると言っていたものだ。


「全ては、ここから始まったんです」


『え?』

 草壁の困惑の声。それはさっきまでとは違うように聞こえた。


『これ、私が通ってた小学校なのだけど』


「そうですよ」


『だからそれがどうして……って、え?』

 すっとんきょうな声が響く。決定的な違和感に気づいたようだ。


「私とあなたが通っていた、小学校です」


 等々力と草壁、会話になっていた。


「ですよね、草壁さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る