アラタ危機一髪!

仲津麻子

第1話馬車の暴走

「ああああああああああっ! そんな、またぁ!」


 それは突然のことだった。

 走って来た馬車が小石を踏み、驚いた馬が暴走して、のんびり歩いていた僕の方へつっこんできた。


 逃げる暇などない。後脚立ちした馬が目の前に迫り、今度こそもうダメだと目を閉じた。


 前回は痛い思いはしなくてもすんだが、今回は大丈夫か? もしかして、また別の世界へ飛ばされてしまうのか? 


 一瞬のうちに僕の頭のなかでいくつもの考えが乱れ飛んだ。

 旅をはじめたばかりでまだ何も見ていない。


 今はまだ死にたくない。


 そう強く願った直後、カシッと首の後ろを強く引っ張られる感じがして体が浮いた。


 しばらくは茫然として、何が起こったのか考えられなかった。

 だが、ハッと我に返ると、僕は襟首を吊されてダランと宙づりになっていた。


 助かったのか?


 背後が見えないため、何に引っかかって助かったのかわからなかったが、怪我もなく生き伸びられたようで力が抜けた。


 眼下では御者が馬をなだめて落ち着かせていた。


「無事でしたか?」


 馬車から下りて来た上品な紳士が声をかけて来たが、数歩僕に近づこうとしたところでピタッと足を止めた。


「これは?」


 男性は目を見開き、あんぐり口を開けて固まっていた。


「まさか?」

「え?」

「はじめて見ます」


 僕は何のことやらわからずに戸惑った。


「あの? ええと、僕は無事でした」


「あ、ああ、スミマセン。驚いてしまって」

 男性は被っていたシルクハットを脱いで、手で額の汗をぬぐった。


「馬が暴れて、申しわけありませんでした。お怪我がなくて良かったです」


「はあ、何というか。ええと、僕はどんな状況なんでしょう?」

 あいかわらず宙づりになったままの僕は、首をかしげるばかりだった。


「そうですね。うーん」

 男性はどう言ったらいいのかわからないと言うように、顎をさすった。


「僕は何にひっかかっているのでしょうか、下ろしてもらえれば助かるんですが」

「そうして差し上げたいのですけれどね。実は……」

「え?」


 男性が何か言おうとした時。僕の襟首を引っかけている何かが動いた。


「ふわあ あああああああああああ!!」


 目の前の景色が幾本もの光の筋のようになって駆け抜けて行く。吊されている不安定な体がブラブラ揺れて、僕は舌を噛まないように歯を食いしばった。


 後にいる僕をつり下げているものが、高速で移動していることだけはわかった。

 向かい風がビュンビュン吹きつけてきて、うまく息ができずに苦しかった。


 どうなってるんだ。

 だれか! 誰か助けてくれ。


 心では叫んでいるものの、とても声にならなかった。


 飛び石でも飛んでいるように、数回ジャンプしたのが感じられた。

 ふわっと体が浮いたようだが、着地の衝撃はさほど無かった。


 やがて僕は叫び疲れて気を失ってしまった。

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