草原でのプロポーズ

三毛栗

草原でのプロポーズ


 男は、走っていた。


 ただひたすらに、走っていた。


 広い広い草原を。


 一人全力で駆けていた。



 男は、急いでいた。


 そして、焦っていた。


 愛する人のもとへ。


 一刻も早く辿り着きたかった。



 そんな男の目の前に。


 大きな虎が、飛び出した。


 そう、ここはサバンナだった。


 この草原は、サバンナだった。


 

 男は、銃を取り出した。


 そして迷わず虎に放つ。


 男は、気に留めるようなこともせず。


 また全力で、走り出した。



 男は、遂に辿り着いた。

 

 愛する人が、いる場所に。


 そこは草原の病院だった。


 ここで彼女は眠ってる。



 男は、またも走り出す。


 注意も制止も振りほどき。


 彼女のもとへと一直線。


 扉を勢い良く開けた。



 男は、目を疑った。


 そこにあるのは空の部屋。


 くしゃくしゃベッドとヒラヒラカーテン。


 そこに彼女はいなかった。



 男は、医者を問い詰めた。


 どうして彼女がいないんだ!


 ようやく薬が出来たんだ。


 これで彼女は治るんだ!



 医者は、暗い顔をする。


 彼女の病が進みました。


 彼女の病は獣化でした。


 彼女は獣になりました。



 男は、絶望した。


 それで、彼女はどこにいる。


 まだ、間に合うかもしれない。


 教えてくれよ、お願いだ!



 医者は、震えながら言った。


 彼女は、ここにはいません。


 彼女は窓から逃げ出しました。


 貴方、途中で見ませんでした?



 男は、悪寒を感じた。


 いいや、俺は見なかった。


 俺は…見なかった?


 …彼女は、何になった?



 医者は、戸惑いつつも答えた。


 予兆は前からあったでしょう?


 貴方が一番分かるでしょう?


 彼女は、虎になったんですよ。



 男は、走っていた。


 ただひたすらに、走っていた。


 広い広い草原を。


 一人全力で駆けていた。



 男は、急いでいた。


 そして、焦っていた。


 愛する人のもとへ。


 一刻も早く辿り着きたかった。


 

 男は、遂に辿り着いた。


 愛する人が、いる場所に。

 

 そこは草原の真ん中だった。


 さっき男が居た場所だった。



 男は、箱を取り出した。


 箱の中身は指輪だった。


 指輪には。


 不思議な石が嵌まっていた。



 男は、指輪を嵌めた。


 のひげに。


 虎は仄かに輝いた。


 虎は、人になっていた。



 男は、激しく咆哮した。


 彼女の真っ白な肢体には。


 無惨な銃痕一つ、二つ。


 側には転がる指輪一つ。



 男は、指輪を拾い上げた。


 そして改めて彼女に差し出す。


 左手の薬指。


 どうか、結婚してください。



 男は、ポツリと言葉を溢す。


 愛して、いたんだよ。


 愛して、いるんだよ。


 君以外、全部要らないんだ。



 男は、銃を取り出した。


 そして迷わず、自分に突き付ける。


 彼女の手をきつく握ると。


 軽快な音で命を散らした。



 男は、笑っていた。


 彼女の方に顔を向けて。


 幸せそうに、苦しそうに。


 満面の笑みを浮かべていた。



 後に残るは指輪だけ。


 キラリ輝く指輪だけ。


 男と女に挟まれて。


 ひそり輝く指輪だけ。



 これは、草原でのプロポーズ。

 

 周りが見えない愚かな男と。


 己が分からぬ間抜けな女の。


 望まなかった、プロポーズ。


 

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

草原でのプロポーズ 三毛栗 @Mike-38

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ