売春

福助

前置き、1

 事実は小説より奇なり。ならば何故人々は、眼の前の現実よりも他人が綴る幻想に恋をするのか。

 

ばい−しゅん【売春】

[名](スル)女性が報酬を得ることを目的として不特定の相手と性交すること。売淫。売色。売笑。

              (デジタル大辞泉より「売春」の意味、読み、類語)



 最近、一人の女性とお付き合いすることになった。名は伏せる。このご時世柄、「一人の女性」と表現すると、他にも恋人が云々……と面倒な揚げ足をとられることがありそうだが、何分初めてのことであり、私の方は大いに浮かれている。”浮足立つ”とは、まさに今の私のことを指すのだろう。

 こんな人間を恋人と呼べるなど、シニカルな洒落を好む人間なのだろうなと色眼鏡を掛けていた。が、蓋を開けてみるとなんとも純情な手弱女である。私の女馴れの欠落が邪魔をして、この純心の内側の狐を隠しているだけなのかもしれない。だが、恋が盲目を誘発するのならば、それも致し方のないことである。

 見えなくなることは幸せか。否、恐らくは快楽だ。たとえ、それが一瞬の産物であったとしても、時間と愛情をかけて練り上げる。この手間を好むのが我々人間である。他の生物種に見られない行為と言っても過言ではないであろう。線香花火かのような儚さの癖に、もう二度と訪れることがないと思わせる妖艶さがある。これが愛おしくて堪らない。盲目にもまばゆく感じるほどに貴い。

 ……一体、「かけがえのない」以外のどの言葉でどう表現できようか。私にはわからない。


 申し訳がないことに、この作品に於いて読み手の期待が反映されていることはないだろう。

 言い訳として、おどろおどろしい題目にて目を引き、釣られた読者諸君を嘲るような内容にするという魂胆は一切ない。勿論、全く関係がない題目などを付けるつもりもない。

 ……ただ、今まで誰にも明かせなかったような懺悔を、作品として昇華しようとしている。

 恋人を作るという、生涯をかけてもすることがないと思っていた所業(愚行とさえ考えていた)にて、私自身が過去の過ちを覆い隠そうとしているのではないかと、ふと、感じたのだ。

 そんなことはないはずなのだ。少なくとも私はそうではなく、単に好意というお転婆な感情に突き動かされたが故の恋愛だと考えている。そんな、上辺をなぞるようなものではない、はずなのだ。

 しかし、私の思い出はこれを否定する。お前は逃げているだけなのだ、と。正面から見なければならない現実から目を背けたい余りに、蜂蜜のような日々に身をおいていたいだけなのだ、と。

 

 この作品は、後ろ髪を引いてくる思い出との決別であり、私の愛情の証明である。

 しばしの迷惑となるが、どうぞお付き合い頂きたい。

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