30 神に愛された少女 >> UNTOUCHABLE GIRL ③

 『特殊』。

 その言葉に、久遠はフフンと得意げに胸を張った。



 ──この時代において、陰陽師という職業の世襲性はほぼ薄れている。


 流知だって両親は陰陽師に関係のない一般人だし、冷的だってそうだ。

 陰陽師は国家資格であるため、要件を満たせば誰であろうとなることができる。


 だが、医師の家系から医師が輩出されやすいのと同様に、陰陽師の家系というのも全く存在しない訳ではない。

 薫織の実家──園縁家もそうした家系の一つである。


 言ってしまえば、薫織はいいとこのお嬢様なのであった。



「…………別に、大したモンでもねェよ」



 えーお嬢様? このメイドが? ──という感情を隠しきれていない冷的の視線に対して、薫織は居心地悪そうに視線を横にズラしながら言う。

 メイドとしては、自分の方がお嬢様といういわば『仕えられる側』の属性を持っているのが嫌なのかもしれない。

 どういう不満だそれは。



「でも実際、薫織はさっさと家を出ているから、せっかくのご実家の恩恵はさして受けられていないんですわよねぇ」



 そう言って、流知はのほほんと薫織の横顔を眺める。



 薫織は小学校に進学する直前に園縁家を出奔し、それから以後一〇年に渡って民間陰陽師として活動を続けて来た。

 それも、園縁薫織ではなくただの薫織として、だ。


 一般家庭の出身である流知としては、せっかく恵まれた家系であるのにその力を一切使わないというのも贅沢な気もする。

 ただ──このメイドの場合はそれで身一つで活動して実際に成功を収めてしまっているのだから質が悪い。


 冷的はじとーっと薫織のことを見つめて、



「……そーゆー感じだったのか」


「薫織は奔放なんですのよ」



 薫織は何も返さなかったが、ご主人様たる流知は相変わらず鷹揚に微笑んでいた。

 このメイドの特異性をその一言で済ませられるあたり、案外大物なのかもしれない。



「奔放すぎるのも考え物なのです。わたしが物心ついた頃には、既にお姉ちゃんはお盆と正月に帰ってくるだけだったので。

 正直、感覚的には親戚の姉ちゃんなのですよ」


「妹不孝……」



 冷的の視線が、さらに冷え込んでいった。



「妙な造語作ってんじゃねェ」



 薫織は呆れながら、



「そもそも、力量に家なんか関係ねェよ。重要なのは個人の力であり努力だ。そんなモン、霊能と専用シキガミクスの関係で分かり切ってんだろ?」


 と、あっさり言ってのけた。



「家系に由来しない、完全に個人の資質で決まる『霊能』。

 それを自分の意志で拡張できる『専用シキガミクス』。

 つまり、この世界の異能は自分の資質と向き合って正しく理解し拡張できるヤツがえェんだよ。……原作者を前に語るのもなんだがな」


「いや、私としてもそこには異論がないよ」



 薫織の言葉に、ピースヘイヴンは満足そうに頷く。



「自分の意志が介在しない才能たる霊能と、自分の意志で才能を拡張できるシキガミクス。天与を自助で以て舗装するこの構造が個性を作るんだ。

 冷的君が気流操作系の霊能でサメを表現していたり、園縁君(姉)が己の霊能をメイド特化でチューニングしたりしているようにな」


「あー。そういうことだったんですの。個性が出るなぁとは思っていましたけど」


「そう言う流知ちゃんも随分だと思うけどねぇ」



 どこか他人事みたいに言う流知に、嵐殿は頬に手を当てながら言う。



「イメージした物質をゼロから創造するっていうスゴイ霊能が、『触れるだけで絵を描く霊能』になっているんだもの。流知ちゃんらしいというかなんというか……ねぇ?」


「良いじゃありませんの! イラストを描く霊能!」



 溜息を吐くような嵐殿の言葉に、流知はGペン型のシキガミクスを発現して掲げながら言う。


 流知のシキガミクス──飛躍する絵筆ピクトゥラ

 持ち手を捻ることで伸長する機能などはあるが、これ自体はシキガミクスのの特徴でしかなく──その能力は、『触れたものの表面に絵を描くこと』であった。

 鉛筆画から油絵まで、本人のイメージと技量という限界こそあれど自由に絵を描くシキガミクス。

 それが、流知が構築したものであった。


 ──その機能を『イメージした物質を創造する霊能』の改造で実現しているあたり、宝の持ち腐れというかデザイナーの前世を持つ流知らしいというか、であったが。



「それに、これはこれで便利なんですのよ? 書類系も下書きとかせず一発で書き上げられますし。書き損じもなし!」


「あっ、そっか。絵を描くって言っても、文字も絵として描いてやれば問題なく『描ける』のか……。……割と羨ましーぞ」



 ウラノツカサというのは陰陽師養成機関なので、国家資格の取得についての学習も多々存在している。

 新学期ということもあり、書類を書くことも多い生徒としては割と欲しい霊能なのであった。



「……まぁ、『原作者』的にはあまりよくないシキガミクスかもしれませんけれど……」



 そう言って、流知はちらりと横に座るピースヘイヴンの顔色を伺う。


 『シキガミクス・レヴォリューション』において、専用シキガミクスは戦闘用として描かれてきた。

 そもそも前提として戦闘用として開発されたという歴史もあり、日常で霊能の一部を便利遣いするようなことはあっても、根本的に日常生活用に作成された専用シキガミクスというのは類を見ない。


 それゆえに、流知としては原作者ピースヘイヴンが自分のシキガミクスをどう見るか心配な部分もあった。


 しかしそんな心配とは裏腹に、ピースヘイヴンは楽しそうに笑い、



「夢が広がる、良いシキガミクスだと思うがね。どんなシキガミクスだって使いようだよ、遠歩院君」


「部外者なのに透明野郎のシキガミクスの応用を考えたヤツが言うと説得力が違うな」


 もちろん、意識不明のまま今も『学生牢』──校則違反の生徒を収容する特別懲罰校舎兼学生寮──に放り込まれている打鳥だどりのことである。


 もっとも、彼については挙動が怪しかった部分もあるので、意識回復後の聴取次第では解放されることもあり得るが──。



「透明野郎? また楽しそうな揉め事イベントでもあったのです?」



 薫織の言葉に興味を持った久遠が、そう言って首を傾げる。

 薫織はそれを見て、内心で『しまった』と思った。

 ──打鳥だどりを含めた生徒会反乱の件に、久遠を巻き込むつもりは一切なかったからだ。


 これは別に、妹の身を案じて……とかといった理由から



「そんなんじゃねェよ。コイツが他の転生者のシキガミクスを原作者サマ視点で添削してボコボコにしたって話だ」


「うわ、最悪なのです……」


「二次創作に原作者からツッコミが入るとか、一番死にたくなるヤツですわね……」


「酷い言いがかりをつけられているなぁ!? 私は二次創作にも相当寛容な原作者だったつもりだが!?」



 憤慨する二次創作ガイドライン提示型原作者だが、実際の状況は似たようなものだったのが余計に始末に負えない。

 適当に久遠の興味を流した薫織は、そこで手をパンパンと叩き、



「そんじゃ、姉ちゃん達はこれから大事な話だ。久遠は向こうでゲームでもやってろ」


「えー。せっかくたくさんお客さんがいるんだし、もうちょっと遊びたいのです。わたしだけ仲間外れにするのは許せないのです!」


「……秘蔵の超高級プリン……」


「遊んでくるのでーす♪」



 流石に妹の扱いを知り尽くしている姉メイドなのであった。


 そして、もしかしなくても女中の心得ホーミーアーミーは超高級プリンすらもカバーしている最強の霊能なのであった。

 日常生活用の専用シキガミクスは類を見ないとか言っておきながら、さっきの今で日常生活特化の専用シキガミクスである。

 ある意味、このメイドにしてこのご主人様ありと言うべきなのかもしれない。


 邪魔な妹をゲーム送りにした薫織は、改めてその場の全員に向き直る。



「…………さて、本題に入るとするか」

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