29 神に愛された少女 >> UNTOUCHABLE GIRL ②
「お姉ちゃーん?」
「あァ、お客様だよ。
首を傾げながら問いを重ねる少女──久遠に対して、薫織はさらりと答える。
なんというか、どことなく遠慮のない距離感だ。
そのあたりは、やはり実の姉妹といったところなのだろうか。
久遠に答えた薫織は、そのまま冷的たちの方へ向き直って己の妹のことを紹介し始める。
「で、コイツが
そこまで言って、薫織は少しだけ言い淀む。
まるで、どう言ったものかと表現の仕方に悩んでいるかのような間だった。
そして薫織が言い淀んだ理由は、次の瞬間に明瞭となる。
「いわゆる地域猫……って言えば分かるか?」
園縁久遠。
薫織の二歳下の妹である、一四歳の少女。
その前世は────猫、なのであった。
「………………ね、ねこ………………?」
宇宙が背景になりそうなくらいの困惑を見せた冷的だったが、そもそも前提として人間しか転生できないというルールなんかどこにも存在しない。
いわゆる『輪廻転生』というのは仏教の用語であり、元々は『異なる世界に生まれる』という意味ではない。
大雑把に説明すると『その生で積んだ徳に応じた来世を迎える』という概念のことを言う。
つまるところ。
猫に相応しい徳を積んだ人間は猫に転生するし────その逆に、猫が人間に転生して、畜生道からごきげんようすることだって全然あるのである。
まして、『シキガミクス・レヴォリューション』はたまたま家に上がり込んだ猫だって見る大名作コンテンツだ。
ならば、猫が作品を知り、そしてその世界へ転生したりしたって何もおかしなことはない。
ないのだ。
ともあれ、そんな前世を紹介されて多少なりとも空気が変わった面子を見回して、久遠はぽんと掌を叩く。
そして、あっけらかんとした調子で、
「にゃ? これ転生者の集まりだったのです? 初めまして! 園縁久遠なのです。これでも園縁家の跡取りなのです。媚を売っておくと将来安泰ですよ!」
「自分から媚を推奨するなや」
べし、と薫織が久遠の頭を軽くはたく。
元地域猫のくせにすっかり人間社会の渡り歩き方を熟知している少女であった。
その様子をにこにこと眺めながら、嵐殿は未だに動揺している冷的を指し示す。
「この子は今日知り合った冷的静夏ちゃんよん。久遠ちゃんの一個上ねぇ」
「おー! 中等部の知り合いを連れてくるのは初めてなのです!」
久遠は呑気に手を叩いてから、
「あともう一人は……会長なのです?」
流石に、ウラノツカサが誇る生徒会長トレイシー=ピースヘイヴンの顏くらいは久遠も一目で分かるらしかった。
ポンコツ黒幕のくせに無駄に顏が広い女である。
無駄に誇らしげに胸を張るピースヘイヴンを横目に、久遠も負けじと誇らしげに鼻の下を指で擦る。
「高等部入学早々に生徒会長と仲良くなるとは……。お姉ちゃんも偉くなったものなのです。わたしも園縁当主として誇らしいのです」
「……当主?」
耳慣れない言葉を聞き、冷的が首を傾げる。
先程も『跡取り』という言葉が出たが──そもそも一般的な家庭で育った者にとって、家の話をする時に『当主』なんて言葉が出てくることはほぼあり得ない。
そういうのは、『
しかし、薫織は当たり前の話をするみたいに説明を引き継ぐ。
「あァ。
「ってことはオマエ、二歳の頃から……じゃなくって!」
あまりの生まれついてのメイドっぷりに思わず遠い目をしそうになった冷的だったが、寸でのところで我に返る。
それよりも、一般的な家庭の出身である冷的としては気になる箇所があるのだ。
「ってゆーか、跡目なんて原作の『五芒家』関連でしか聞いたことないぞ。もしかしてこのメイドの家って……かなりデカめなのか?」
「わたくしよりもよっぽどお嬢様ですわよ、薫織は。わたくしはしがない印刷所の娘ですし」
「そっちもそっちで何なんだよっ!?」
お嬢様を名乗る一般人の真実に、ツッコミを入れずにはいられない冷的。
どいつもこいつもキャラづけと素性が乖離しすぎなのである。
「薫織ちゃんの実家……園縁家は、陰陽師の間ではそれなりに有名な名門なのよん。『五芒家』程ではないにしても、全体で上から数えたら……両手の指を数えるうちには出てくるくらいの名門、かしら?」
「ってことは……トップ10ってことか……」
上から数えて、一〇番以内。
確かにそのあたりについては『シキガミクス・レヴォリューション』で語られることはなかった。
『五芒家』──現行の陰陽社会を支える組織上層部を構成している名門中の名門──にしたって、作中での役割はさほど多くない。
ましてやそれ以外の陰陽師の家系なんて、数あるスピンオフ作品群でもあまり触れられてきていない。
だから、その空白地帯に『園縁家』という名前が入っていること自体は、不自然というほどでもないのだが──そこに運よく滑り込めているという点については、骨の髄まで一般家庭出身の冷的としては少しばかり不平を感じる部分でもあった。
そんな冷的の不満を知ってか知らずか、嵐殿は頬に手を当てながらこう続ける。
「それに、園縁家はちょっと特殊だしねぇ……」
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