第20話 明確になった目標

「ではお先に」


「はいどうぞ」


「いただきます」


今俺は奏さんの家で茶道を教えて貰っている

元々は立花さんと3人で勉強をしていたのだが色々あってこういうことになった


お菓子はもちろん水族館土産の饅頭だ

茶道ではお菓子を頂く前には一言「お先に」と言ってから食べるのが礼儀らしい


食べ終わった後はいよいよメインのお茶である


(凄い..泡立ちもきめ細かくて..まるで水晶のような美しさだ)


美しい技に思わず見惚れてしまう

和室内に溢れる優しい茶本来の匂いに思わず唾を飲み込んでしまう


「凄い..」


「ふふ 今立てているのは京都の宇治で取れた茶なんですよ」


「京都の..」


「それに水も考えて選んでいます

 茶道で好まれるのは水道水よりも弱酸性寄りの水なんです」


おばさんは奏さんの部屋にいた時の豪快さは一切なくただまっすぐ丁寧に茶を立てている 喋り方も丁寧な言葉遣いで分かりやすい様に話してくれるので知識がスラスラと入ってくる


「茶に対するこだわりが凄いんですね..」


茶室に入った時から感じていたが部屋の各所におばさん..いや先生の強いこだわりを感じる きちんと整えられた華や掛け軸全てに意味がある様だ


俺が感動していると隣にいる奏さんが話し出す


「茶道は一期一会いちごいちえなの」


「一期一会?」


「こうやって集まってお茶を楽しむのも一生に一度かもしれない..

 この出会いは一生に一度しか無いのだから相手に対し最善を尽くしながらお茶

 を立てるという意味があるの」


「もちろんお茶を頂く側も相手を思いやる..

 そうやって心を通じ合わせるのが茶道の意義なの」


その言葉を聞いた時俺に衝撃が走った

思いやりの心 それが俺の目指す「笑顔を与える料理」なのかも知れない


「だからこそ最高の品質で最高の一杯を立てる..ほらどうぞ」


そうして出されたお茶は一言で言うなら美しかった

泡の立ち具合といい芸術品のような厳かな雰囲気がある


(飲み方は..確か..)


この茶室に入る前に奏さんに教えて貰った飲み方を思い出す


「お手前ちょうだい致します」


一言伝えた後茶碗を2回回し口をつける


「..!!」


その時口に広がったのは茶葉の香り

まるで自分が雄大な茶畑の中にいるかの様な気分になる


「これは凄い...」


甘い饅頭を食べた後に飲むと一層旨みを感じる


俺はその後味覚神経全てで茶の香りを感じた

気がつけば茶碗の中は空になっていた


**

先生から茶を頂いた後俺たちは奏さんの部屋に戻り勉強を再開した

しかし俺の頭の中は茶の香りで一杯だった


「た、鷹藤君!ノート!ノート!」


「..ん? ああごめん!!」


ぼーっとしていた俺は気がつくとノートをはみ出て書いていた


「鷹藤君さっきのお茶のこと考えているでしょ」


「!!何で分かるの!?」


「分かるよ 鷹藤君さっきおばあちゃん..じゃなかった先生の話聞いている時に

 遠い目をしてたからさ 分かるんだ」


奏さんに考えている事を見透かされた事で動揺する


「..俺さ先生の話を聞いた時にやけに納得が行ったんだ

 俺が目指す「笑顔を与える料理」っていうのは茶と一緒なんだって」


「笑顔を与える料理?」


「こうやって奏さんに言うのは初めてだけどさ俺が作りたい料理は

 なんかこう..食べるだけでヴァーって笑顔になるやつなんだ」


「今まではそういう料理を作りたいっていう目標だけあったんだけど具体的にそれが何か分からなくてさ」


「それが今日で掴めた?」


「うんやっぱり相手を笑顔にするっていう事は相手を思いやるって事なんだって..

今日ここで茶道に触れなかったら分からなかったことだったと思うんだ」


「ありがとう奏さん..それに立花さんも」


「わ、私!?私は別に何もしてないよ..!」


俺に名前を呼ばれた途端立花さんがびくっとなる


「そんな事ない..俺さ立花さんと一緒に料理に触れた事でさらに料理を好きになれた気がする」


「鷹藤君..」


「俺は本当に色々な人に助けられてる..だからこそいつかこの恩返しがしたい!」


言葉というのは一度口に出すと止まらない

立花さんや奏さん..智紀や夢美さんいや全部の人にいつか..


「いつか必ずみんなに作るよ「笑顔を与える料理」を!」


「鷹藤君!」


言いたいことを伝える事が出来た

俺が料理を始めたきっかけはもともと泣いていた妹を喜ばせるため

「たかたかチャンネル」を始めたのだって料理を通じて喜んでもらうためだった


自分の原点を思い出したかの様なそんな気分だ


(くそぅ..早く料理をしたい..!)


俺から溢れ出るモチベーション

今はこの感覚を忘れたくなかった


そしてその時奏さんの部屋のドアが開いたそしてそこにいたのは..


「あんた達そろそろ6時半だ 外も暗くなっているから早く帰ったほうが良いよ」


「先生!」


「別にもう茶室にいないんだからおばさんで良いよ」


どうやらおばさんは俺たちに時間を伝えに来てくれたらしい

だが今の俺は時間など気にならない

感情が溢れるまま先生に気持ちを伝える


「先生!俺..」


「笑顔を与える料理か..良いね 鷹藤君はやっぱり良い目をしている」


「え?」


「まっすぐな目さ 君ならきっと出来るはずだよ」


「私はもう歳だけど鷹藤君のその料理..私も食べてみたくなってね」


「ほ、本当ですか!もちろん!」


「それまではまだ死ねないかな」


「す、凄い..お婆ちゃんがこんなに人を褒めるなんて..」


奏さんが普段とは違う先生の様子に目が点になっている


「何だい私だって褒める時は褒めるさ!ほ、ほら遅くなる前に帰りな」


「むぅ..今度は怒った」


そんな奏さんと先生の会話に思わず笑いが溢れてしまう

何というか良い雰囲気だ


「確かにそろそろ帰ろっか遅くなるし」


「そうだね 今日はありがとうゆきちゃん!」


「いやいや2人とも良かったらまた来てね!」


「なんなら明日も来る?」


「げっ..それはいいや..」


テスト期間だからと言い毎日人の家で勉強なんかしたら気が参ってしまう

奏さんのお誘いをきちんと断らせて頂く


「まぁいいや じゃあ明日学校でね」


話している間に玄関についた奏さんと先生に見送られながら俺と立花さんは出る


「「お邪魔しました」」


**

「ふぅ..今日色々あったね」


「まさか茶道を教えてもらうなんて来る前は考えても無かったよ」


「でも目標が明確になった!今日はこれて良かったよ」


「...」


「..ん?どうしたの?」


駅に向かって話している途中で急に立花さんの足が止まる

そして完全に止まった時立花さんが口を開いた


「鷹藤君は凄いね..明確に目標があってそれに向かって突き進める..」


「中途半端な私とは違って..その..」


「かっこいいよ 凄く」


「た、立花さん!?」


思わず言われたかっこいいという言葉に凄く反応してしまう

今まで「凄い」は言われた事があったけど「かっこいい」なんて言われた事が無かったから嬉しくて死にそうになる


「私も鷹藤君みたいに..正直になれたら..良いのにな..」


「立花さん..」


そうやって言葉を紡ぐ彼女は悲しい目をしていた


「立花さんは夢とかあるの?」


「..夢か..」


「あるよ 小さい頃からの夢が」


「でも私は臆病だから..まだそれは届かないの..でもいつか!」


そうやって夢について語っている彼女からは強い意志の様なものを感じた

俺が料理に対する気持ちの様な熱いものだ


「その気持ちがあるならきっと大丈夫だよ

 でももしあったら俺が力になるから」


「鷹藤君..ありがとう!」


「わ、私も何かあったら鷹藤君の力になりたい!」


「ふふありがと」


そうやって俺たちはまた歩き始める

この先お互い躓く事があったって力を合わせれば乗り越えれる..そんな気がした


それからお互い談笑しながら歩いているとあっという間に駅に着いた


「じゃあ立花さんまた明日!」


「うん!また明日!」


**

立花さんと別れた後俺は電車に揺られながらスマホのメモで今日あったことを記録していた 


(今日は本当に疲れた..けど良い時間だったな..)


今日は本当に色々あった 茶道の事もそうだけど..先生が『たかたかチャンネル』のリスナーだという事も衝撃だった


(今日の動画のネタどうしよう..)


どんなに疲れていても毎日投稿を厳守している

これから長丁場になるが頑張ろう..


そうやって気を引き締めているとスマホがピコンとなる

気になって確認すると智紀からのLoinだった


(ああ..そういえば智紀達..大丈夫だったのかな)


色々あって忘れていたが今日はちょうど智紀は夢美さんと2人で話していたのだ

すれ違いが原因で一度はバラバラになった2人だけど無事解決したのかな..


そんな気持ちで智紀から届いたLoinを開く


「...え?」


俺は思わず電車の中にも関わらず声を漏らしてしまう

周りからジロッと見られるがそのメッセージに俺は驚きが隠せなかった


(ま、マジで..)


そのメッセージはだった1文だった


智紀「俺、夢美と付き合う事になったから」


その日はうまく寝付けなかった俺だった



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