冒険者の先輩方曰く。
白千ロク
冒険者には語りたい時がある
なんの前触れもなく、突如として世界各国・各地にダンジョンが現れてから七十数年経った現在においては、冒険者という職業は誰もが聞いたことがあるものとなっていた。俺が生きる現代日本を含めた世界中で。日本では昔と変わらずに教育機関は大学までだし、職業選択に幅が出来た感じかなー。
ダンジョンが現れてすぐは混乱や困惑が多かったであろうが、娯楽に溢れた現代日本では若者から順々にそういうものなのだと受け入れたらしい。また、ダンジョンが現れた影響なのか、魔法のようなものも使えるようになっていたのには世界が歓喜したようだ。当時のことは資料が開示されていたりするので、資料館に行くといい。近くにあるから。
俺が働く冒険者ギルドの食堂では、今日も登録したての子や新人冒険者たちに対して、先輩冒険者たちからのありがたいお言葉が流されている。大抵の先輩方は飲みながらなので、酔っぱらいの戯言のように思われるだろうが、やれあの時は大変だった、やれその時は危機一髪だったなあなど、これがなかなかに面白いから困る。声がデカすぎるのだけが難点なのだが、もはや日々の一部となっていた。売上に貢献しているからなのか、長時間の滞在もお目溢しである。酔っぱらいのセクハラにはそれ相応の反撃があるが。
あちこちから聞こえてくる話の中で、一際人耳を引く危機一髪話を繰り広げている者がいる。饒舌に語られる武勇伝の中には、新人たちを含めた素面の者は疑いの目を向けることもあったりするが、『なにが起こっても不思議ではない』と言われているのがダンジョンだ。本当かどうかは、その時そこにいた者にしか解らないであろう。口裏を合わせられるとますます解らなくなるね。
そのテーブルの注文品のつまみ――ひとくち厚切りベーコンステーキのモッツァレラチーズ添えを運ぶ俺は、見てのとおりに命を賭ける冒険者よりも、堅実性を選んだ。冒険者のように一攫千金こそないが、ただのフリーターにはお似合いだろう。それなりに毎日が充実しているのでこれでよいわけだ。
どうやら危機一髪話は佳境となっているようだった。一度倒したダンジョンボスたるガーゴイルだが、最後の力を振り絞りながら再び立ち上がった。大きく口を開けるガーゴイル。このダンジョンボスはドラゴンブレスのような攻撃手段があるようで、いままさにその攻撃を――一撃を放とうとする!
五人組の冒険者パーティーに緊張が走る! 条件反射で武器を握る手に力を込めた瞬間、しかしガーゴイルからの攻撃はなかった。なぜなら、魔核がふたつに割れて落ちたのだ。小さく響いた音に気づくのには時間を要したようだが、それまでの戦いで入っていたヒビがまさかのタイミングで広がり、命を救ったのだ!
狂喜乱舞、泣いて喜んだ冒険者パーティーは魔核を含む戦利品とともに帰還した。
割れていなかったらもっと高値だったんだがなあと愚痴る男は残りのレモンチューハイを一息に煽る。
冒険者はいついかなる場合においても油断してはいけない。
格好良さげにそう続ける男は、仲間とともにひとくち厚切りベーコンステーキを口にした。出来上がった野郎どもは上機嫌だ。
話を聞くに、やっぱり俺には冒険者は向いていないな。ダンジョンはとても気になるんだが、死んだら終わりだしね……。飲みながらなので何割かは盛っていそうなんだが、先のとおりに真実は謎である。だがしかし、何事も死んだら終わりなのは確実なので、自分から死に近づくのはダメだよな。
まあ、転職はしないつもりだから、このまま平穏に生きるだけなんだけどさ!
(おわり)
冒険者の先輩方曰く。 白千ロク @kuro_bun
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