ある日女の子を助けたら、責任取って一緒に住むことになった。幸せ過ぎて手を出すのを我慢していたら、手を出して良いよと言われた話。
空豆 空(そらまめくう)
第1話
「あぶない!!」
仕事帰りの交差点。俺は思わず叫んで、走り出した。
――キキキキキー!!
危機一髪だった。トラックにひかれる直前の女の子を、俺は咄嗟に助けていた。
「だ、大丈夫ですか!」
声を掛けてみるものの、俺が助けたその女の子は俯いたまま何も言わない。
けれど無事だったことを確認すると、運転手はそそくさと走り去ってしまった。
しばらく沈黙が流れた後。女の子はぽつりと言った。
「なんで……なんで助けたのよ! あのまま死にたかったのに!」
「はあ?」
「あんたが助けたから……また、死に損ねてしまったじゃない」
見れば10代後半くらいのその子は、目にたくさん涙を溜めていた。どうやら死にたくて、わざとトラックの前に飛び出したらしい。
けれど俺はそれが許せなかった。俺の妹はまだ中学生だった頃、部活帰りに居眠り運転のトラックにひかれて、後遺症に苦しんだ後死んだんだ。夢も希望も抱いたまま、生きたくても涙を流して死んだ子だって世の中にはいるのに、ふざけんな。俺にはその気持ちの方が強かった。
「うるさい。自分から飛び出して死ぬなんて迷惑だ。お前があのまま死んでいたら、あのトラックの運転手はその瞬間から一生殺人犯になるんだぞ。俺だって目の前で誰かがひかれる場面を見なきゃいけない。死んだお前の死体だって、泡になって消えるわけじゃないんだぞ」
だから、俺は見ず知らずのその少女に説教を垂れた。すると少女は怒り出した。
「うるさいのはどっちよ。知らないわよ、他人の迷惑なんて、死んだ後の私には関係ないもの」
「なんだと、なんて無責任なやつなんだ。少しくらい他人の迷惑考えろ!」
すると、彼女はさらに泣いたまま大声を上げた。
「だったら! 私の面倒みてよ! 家も親も失って、親戚には迷惑顔してたらい回しにされて、施設に行けば虐められて、みじめな私の面倒見てよ!」
「な、なんで俺が初対面の女の面倒見なきゃいけないんだよ」
「……うん。そうでしょ。そうだよね。みんな口では綺麗ごとばっかり言うんだよ。でも、いざ責任が振りかかると、そうやって手のひら返すのよ。知ってる。分かった。……誰もいないところで死ねばいいんでしょ。じゃあね」
そうして彼女は冷ややかな顔に戻って山の方に向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待て! ……分かった。俺がお前の面倒見てやる」
気付けば俺は、そう言って彼女を引き留めていた。
◇
「……散らかってるけど、入っていいよ」
……本当に、連れてきてしまった。見ず知らずの女の子を俺の一人暮らしのマンションに。それも、めんどくさそうな自殺志願者を。
「お邪魔します。うわ、ほんとに散らかってるじゃん、この部屋」
――そして、今。俺は猛烈に後悔している。
なんだよ、この子。超――失礼じゃないか。
「失礼だな。なんだ、もう出て行きたくなったか。それともまたトラックに飛び出してひかれに行くか」
カチンと来たからそんな皮肉を言った。すると彼女の答えは少しだけ意外なものだった。
「はあー? 何言ってんの。それしたら迷惑だって言ったのはそっちでしょ。もうしないわよ、そんなこと。私だって死ぬのは怖いのよ。やっと勇気を出して飛び出したのに。……死んだ後の他人の迷惑まで考えてなかった。あの時なら知らないまま死ねたのに、誰かさんのせいで助かってしまったから――」
「助かってしまったから、何」
「また、死ねなくなってしまった。だから、責任取って面倒見てね」
そう言って振り返った彼女の顔は、さっきまでの強気な顔ではなくて、少し弱さを伺わせる、捨て犬のような寂しげな顔に見えた。
「……おう」
だから、それ以上は何も言い返せなかった。
「ねー。この部屋、片付けてもいい?」
そして、彼女は上目遣いのまま首を傾げてそう言った。不覚にも、その顔は可愛いと思ってしまった。
「……おう」
だからまた、一言しか返せなかった。けれど彼女はにこっと笑って、腕まくりをして。
「よーし! じゃあ、片付け開始させてもらいまーす!」
少し元気を取り戻したように、部屋の中を片付け始めた。
◇
「ねー? ゴミ、溜めすぎじゃないー? それに、カップ麺とかコンビニ弁当ばっかりじゃん。自炊とかしないの? 身体に悪いよ?」
あらかた部屋が片付いた後、彼女はそう言った。
「いや、俺、料理一切出来ないし。面倒だし。やる気もないし」
「ふーん。その割には、お鍋とか一通り揃ってるじゃん」
「ああ、それは昔、妹が使ってたやつ。妹が生きてた時は、ここで一緒に暮らしてたんだよ」
俺の言葉に彼女は一瞬目を見開いた。
「……妹さん、死んじゃったの?」
「うん。トラックにひかれて」
「……そっか。ごめん」
「いや」
彼女が謝った意味は分からなかったけど、なんで謝ったのかを聞くことも出来なかった。
代わりに、知りたくなった。彼女の名前を。
「なあ、お前の名前は?」
「……
「
「ふーん。これからよろしくね、朝陽」
「……いきなり呼び捨てかよ、失礼だぞ。小春」
「えーじゃあ、なんて呼ばれたいの? 朝陽さん? 朝陽様? あっくん?」
突然呼び捨てして来たくせに、俺の失礼だという言葉を気にしたのか、そんな事を言ってきた。こいつ――意外と素直なんだろうか、ふとそんな事を思った。
「……いや、なんかいいや、朝陽のままで。お前こそ、なんて呼ばれたい?」
「……私も、別に小春でいい。少なくとも小春ちゃんって呼ばれるより、ずっといい」
「そっか。わかった」
含みのある言い方だなと思った。けれど、踏み込まなかった。正確にはどこまで踏み込んでいいのか分からなかった。こいつが自分から話したくなったその時、聞けばいいかなと思った。
「ねーそんな事より、朝陽。スーパー行かない? 食材買ってくれたらご飯作ってあげるよ?」
「え、お前料理出来んの?」
「……まあ、一応。一通りは。お世話になるんだし、それくらいは。何食べたい?」
そして小春はまた上目遣いで首を傾げた。この仕草……自覚あるんだろうか。男の俺から見たらすごく、可愛いって思ってしまうこと。
「……じゃあ、ハンバーグ」
なのに。
「えーめんどくさーい。野菜炒めにして」
「はあー?」
そして、一気に言動と怪訝な顔で、それを台無しにしていることも。
◇
そうして小春と一緒にスーパーに行った。いつもコンビニで済ませるから、スーパーに行ったのは久しぶりだった。
買ったのは、適当な野菜類と、ひき肉。
野菜炒めにしてとか言ったクセに、最初っからハンバーグの材料選んでて驚いた。
しかも、付け合わせは何がいいかと言われて、ポテトサラダと答えたら、めんどくさいと言いつつポテトサラダの材料まで買っていた。
まあ、金出すのは俺だけど。こいつが作る料理はどんなものなのか、楽しみでもあったりして、出費だとも思わなかった。
◇
俺の部屋の食卓に、久しぶりに手作りの料理が並んだ。ハンバーグに、ポテトサラダ、みそ汁に、炊き立てのご飯。――豪華だ。
食べてみると、普通に美味しかった。
「うまいじゃん、小春、料理上手なんだな」
「ふふーん。まあねー」
小春は少し顎を上げて、得意げな顔をして見せた。
「でも、別に野菜炒めでもよかったのに」
「えー。朝陽が食べたいって言ったから頑張ったのに。そういうこと言う?」
俺の言葉に、今度は膨れっ面になった。
「やっぱり。俺が食べたいって言ったから頑張ってくれたんじゃん。……ありがとな」
「うん。……こっちこそ。助けてもらったし。……ありがと」
小春は照れた顔を隠すように俯いて、小さな声でそう言った。
「……お前、そうやって素直にしてたら可愛いのに」
明らかに照れてる小春が可愛くて、思わずそう言った。
「う。か、可愛くなくて悪かったわね!!」
言い返して来る小春の顔は真っ赤になってて。
「可愛くないなんて言ってない。素直にしてた方が可愛いって言っただけ」
ちょっと面白くなって、からかい半分でそう言った。
「う!! ……そういう事、言わないで。……なんて言ったらいいのか、分からなくなるじゃん」
すると小春は真っ赤な顔のまま、言い返してくることもなく、顔を隠すようにまた俯いた。そのしぐさと表情が急に女の子っぽく感じて。変に意識してしまいそうになったから、空気を変えたくなって。
「なにー。急に素直になって。俺が素直な方が可愛いって言ったから、意識しちゃった?」
わざと茶化すように言ってみたのに。
「うん。ちょっと、素直になってみようかなと思った」
ますます素直になる小春が……やけにしおらしく、可愛く感じてしまって。
「……いや、うそうそ。無理しなくていいって。小春は小春らしくいたらそれがいいから」
急に恥ずかしくなってきて、言葉を訂正しながらなんとなく小春を見てみれば。
「……ほんと?」
小春はまた、上目遣いのまま首を傾げた。
う。まずい。小春はこの仕草、ただただクセなんだろうけど。たまらなく俺のツボに刺さる。
意識しないようにしてたけど、小春は普通にしてても可愛い顔をしているのだ。それを強気な物言いが帳消しにしていた。なのに、急にこんな顔されたら……逆にギャップ効果で俺がうっかり惚れてしまいそうになるじゃないか!
「うん」
だから、俺もまた、顔を隠すように俯いてそう答えた。なのに。
「朝陽って、かっこいいのに何で彼女出来ないの?」
急に褒めながらストレート過ぎる事を言ってきた。
「は? 俺のどこがかっこいいんだよ。それに、なんで俺に彼女出来ないことを……」
思わず素で聞き返してしまった。
「え? お節介焼きで優しいところがかっこいいけど、彼女いたら部屋の中あんなことにはならないでしょ。お鍋だって、妹さんしか使ってなかったみたいだし」
「……まあ、お節介なのは自覚してるけど。彼女いるけど部屋に入れた事がないだけかもしれないじゃん」
「そうなの?」
「……いや、いたことないけど」
すると小春は嬉しそうな顔をして笑ったから、笑った顔も可愛いなと思った。
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