15話目 天使と暮らし始めて、生活が潤っていく
クリスが来てから、3ヶ月は経とうとしていた。
毎日美味しい料理と、権能が与えられた
仕事が見つからない以外は。
さすがにこれは権能でもどうにもならないらしく、多田は感謝はされるのに社会の歯車からは追い出されていると感じていた。
確かに働きたくない、働きたくないが働かねば食っていけぬのがこの日本の仕組みだ。
今も死にたい気持ちはあるが、クリスを養う為にはお金が必要だ。くそ、世知辛い世の中だ。
多田は、今日もふらついていたお婆さんを助け、感謝されていた。
「ありがとうございますね、ちょっと今日は日差しが強くて……」
「ああ、そうですね。帽子があっても厳しい日差しですね」
「私が倒れたら喜ぶ人が多いんですよ……ああ、私は𓏸𓏸会社の社長夫人ですの。名刺はこれね」
ふふふと微笑む婦人は𓏸𓏸会社という多田でさえよく知っている会社の社長夫人だった。
「ありがとうございます、俺は今名刺がなくて……」
「あら、そうなんです?失礼ですがお名前は?」
「多田、多田克典と言います」
「多田さんね。もし良かったら会社までのボディガード頼めるかしら?また倒れて貴方みたいな親切な方がいるとも思えませんし」
「はあ…構いませんが」
「あら、お優しい。それではよろしくお願いしますね」
多田はそれからボディガードよろしく婦人を会社まで送っていくと受付嬢が慌てたようにまろび出てきた。
「
「いえね、こちらの方に送ってもらったのよ。
多田さん、こちらに居らして?大切な時間を私に費やしてしまったんですもの、お礼はしなくちゃだわ」
「あ、いや、……」
多田が断ろうとすれば婦人は受付嬢と何やら話し込み、電話をどこかに掛け始める。
「VIP応接室が空いてます、夫人」
「あら、ではそちらで。多田さん、こちらへ」
あれよあれよという間に多田は夫人に連れられ、エレベーターで最上階へ。
通された部屋は流石VIPルームらしく、豪華なものだった。だが華美過ぎすオシャレに纏められている空間は多田を落ち着かなくさせる。
案内されソファに腰掛けたら体が柔らかく沈んだ。
夫人自ら煎れた紅茶が差し出される。
「ありがとうございます…」
「ふふ、私、紅茶入れるのだけは上手いの。どうぞ召し上がって? 」
多田には紅茶の味など知らぬ。それでも繊細な茶器で出された紅茶を薦められるままに口つければ
「とても美味しいです。紅茶はたしなみがないのですが、これは美味しい」
そう言うと夫人は嬉しそうに唇を綻ばせた。
「まあ、嬉しい。忌憚ない意見が一番嬉しいわ、ありがとう」
ところで、と夫人もテーブルの反対側に座ると切り出した。
「多田さんは今日はお休みでいらして? スーツ姿であっても鞄を持ってらっしゃらない、私のお誘いに乗っていただけた、つまりは時間に囚われない……間違っていたかしら? 」
夫人が綺麗な所作で紅茶を少し飲み、多田は言葉に詰まった。
スーツなのは長年の癖で着替えてしまうものだし、時間は余りある程ある。
鞄は権能に振り回されている内に邪魔になり、持つのをやめてしまった。
何より、今、多田は仕事は無い。
夫人は微笑んでいる。
何でも受け入れてくれそうな雰囲気に、多田は気づけば、職がないのだと話していた。
夫人は突然の打ち明け話を聞いてくれ、所々口を添える。その流れのままに、多田は天使関連は伏せていたが、他は話しきってしまった。
「そうだったの……多田さん、もし良ければうちで働かないかしら? 子会社の一つなんですが、新年度前に数人辞められてしまって。人が足らないのですわ。多田さんさえ良ければ、ですが」
夫人は子会社と言ったが、まさかの一流企業だった。ブランドバッグなどを手がけている企業で、多田でさえも知っている企業だった。
こんなことがあって良いのか。
多田が渋っていると、夫人はまた一つ名刺を差し出そうとして一度考え、裏返し、テーブルからペンを取ると何やら文字を走らせた。
そして書ききるとそれを多田に渡してきた。
受け取ると日時が書いてある。
「あの、これは……? 」
「この時間にまたお会いしましょう。気兼ねなくいらしてね? 」
ふふ、と微笑む夫人がまた案内してくれ、多田はビルから出た。
胸元には日時が指定された名刺が残っていた。
多田にはよく分からないが、時間潰しにはなる。また出向こうと思った。
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