第8話 管理職はベビーシッター

48歳で会社を辞める前、僕は管理職だった。

具体的には部内に3つあるグループのうちの1つを率いるグループ長だった。


そのグループ長に昇格した時、嬉しかったか?

答えはNoだ。


そして実際、管理職は苦痛でたまらなかった。


チームの運営や部下の管理ばかりに追われて自分のことなど何もできやしない。


朝、出社すると昨日の部下の残業を承認する。

夕方になると当日の残業申請が届いたりする。

それもまた内容をチェックして承認する。


その他にも部下からいろんなメール連絡が来る。


「お腹が痛いので今日は休みます」

「子供が熱を出したので早退します」

「部長から今期目標の修正を命じられました。どうすれば良いですか?」

「今日の打ち合わせ、どこの会議室にしますか?」

「親会社に提出する報告書の数字チェックをお願いします」


イライラが募った。

「オレはベビーシッターじゃない!」

心の中で何度もそう叫んだ。


部下に不満はなかった。

ただ、いちいち彼らの面倒を見なくてはいけないのがベビーシッターと同じだと感じたのだ。


管理職に向いてない?

そのとおりだ。僕は管理職には向いていなかった。


一方で管理職に向いている人もいる。


僕の前任者がそうだった。

その人はいわゆる調整能力に長けていたしグループ運営に徹することのできる人だった。


お隣のグループ長のオジサンも同様のタイプで、会議室の予約やオフィスの各種備品の手配まで自ら率先して行う人だった。


ただし、問題があった。

そういう人達の共通点は、仕事(実務)には一切関与しようとしないこと。


あくまでも(中間)管理職としてグループ運営というマネジメント業務しかしない。

どんなに実務が忙しくて皆が疲労困憊していてもそこには関わろうとはしないのだ。


会議室の予約とかオフィス備品の手配とか部下の勤怠管理だけに専念する。


僕は小学校時代の用務員さんを連想してしまったほどだった。


ゴミ捨て場を掃除する

窓ガラスが壊れたら交換する

冬になれば教室にストーブを設置する、みたいな。


冒頭にも書いたとおり

そのグループ長に昇格した時、嬉しかったか?

答えはNoだ。


どうせ昇格するならば、グループ長を飛び越えて一気に部長になりたかった。


そうしたら親会社から出向で来た嫌われ者の部長に代わって

自分がベストだと思う方向に部を運営できると思ったからだ。


でも、それも叶わなかった。


なぜなら、嫌われ者の部長は親会社でも評判が悪かった為

子会社である僕の会社にそのまま残留になったからだ。


今、思うと、それも良い経験だったとは思う。


自分は管理職には向いていない。

組織の中で生じるストレスが嫌なのだ。

他人の世話ではなく、自分のやりたいことに集中したいのだ。


それが分かる貴重な体験になったと思う。


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