あと7秒!!
@wizard-T
安心の反動
「よしよし、まあオッケーオッケー」
1区、区間14位。トップと1分23秒差。
想定タイムより20秒ほど早いタスキ繋ぎ。
順位はともかく、タイムとしては悪くない。
「清水もここは行けるって言ってたからな。往路10位と2分以内目指すぞ」
橋川先輩の声もあったかい。
鶴見中継所にいたのはほんの気まぐれだとか、走らない俺はこの後小田原まで行って世話しなきゃならねえとか愚痴をこぼしていたが、それでもその顔は既にやり切った人間のそれだった。
「もう、今年はあんな悔しい意味でのドキドキは嫌だからな」
「テレビで見てましたよ」
僕は一年生だが、高校生の時から箱根駅伝をテレビで見ていた。
今僕がいる学校はここ最近は予選会の常連で落選まで経験していたが、僕が小学校の時はそれこそ史上最強とでも言うべきチームで、文字通り雲の上の存在だった。
それが去年、あと1分20秒の差でシード権を逃し総合11位と言う屈辱を味わったのに、お客さんから出た言葉はあまりにもひどかった。
「名門復活とかさ、ふざけんじゃねえよって歯を食いしばってやったつもりなのによ」
シード権を取れたのならばともかく、11位も最下位も箱根駅伝では一緒だ。
それなのに。
「無性に腹が立ちますね!」
「だろ?」
名門とか言っておきながら、11位で満足するチームだと思われているのか。僕自身、腹が立ってしょうがなかった。
僕は真の意味での名門復活を祈りながら、車に乗り込んだ。行先は無論芦ノ湖。一刻も早く先輩たちを迎えたい。その思いを込めて、祈りに回った。ああ、明日は9区を走る先輩を迎える役目があるけど。
「まあ今は清水の活躍を祈ろうぜ」
今僕にできる事は、他になかった。
で、果たして。
「清水!見事な走りで6人抜き!8位まで上げました!」
前が早すぎたせいかトップとの差は開いたけど区間4位の快走で清水はうちのチームのタスキを8位まで押し上げた。でもこうなって来るともっと僕も頑張れたとか後続の先輩たちは大丈夫かとか、いや早くも復路の心配まで浮かんで来る。
「這えば立て立てば歩めの親心かよ」
僕の心境をサラッと言い当てる先輩と来たら、まったくかなわない。箱根本戦は未経験でも全日本の本戦や箱根予選は走って来た橋川先輩の言葉は重い。
自分のレースは終わったけど、安堵も何もない。むしろ緊張はこれからが本番かもしれない。
「え、何?清水も見てたのか?」
だがいきなり橋川先輩の顔色が曇った。清水も既に僕と同じように車に乗っているはずだ。その清水が一体何を見たと言うのか。
「何があったんですか」
「ちょっとこれ見ろよ」
橋川先輩に渡されたスマホに映っていたのは、まだタスキをかけたランナーだった。
「ああっと、脚が上がりません!まだ1キロある!」
僕より3秒だけ遅く1区を飛び出した大学の選手。清水と同じぐらい期待されていたはずの三年生の人。
足元が定まらず、ペースも上がらない。1キロ走るのに、上り坂とは言え3分30秒。清水と一緒に走っていたから真ん中ぐらいの順位のはずだったが、いつの間にか最後尾。
「おいあと2分だぞ!」
あと2分。あまりにも重い数字。
そう、往路鶴見中継所と戸塚中継所では、トップから10分遅れるとタスキをつなぐ事ができず繰り上げスタートになってしまう。冗談抜きで最大の屈辱であり、例えシード権なんか無理でもそれだけは御免こうむりたいと言う声を山と聞いて来た。
「頑張れ!」
口から気が付くとそんな声が出ていた。同じ大学の仲間ではなく、清水と僕たちのライバルだった存在に向けて。
「…頑張れ!」
「頑張れ!」
その声に答えるように、先輩たちも声を上げた。そりゃ全員最後までなんて無理かもしれないけど、それでもこんな所である意味ゲームオーバーみたいになってもいい事はない。少しでも長く、タスキをつないでもらいたい。自分の所だけじゃない、どこでも同じはずだ。
そして、全く関係のないはずの大合唱が聞こえた訳でもないが、そのランナーはトップと9分53秒差でタスキを渡した。文字通り力尽きたように倒れ込み、清水のような笑顔を浮かべる事もなければ歩く事さえもできない。
うちにも起こらないとは限らない、悲しい現実。
「彼はまだ三年生!まだ、箱根の借りを箱根で返すチャンスは残っています!」
そのアナウンサーの言葉は現実でもあり、絵空事でもある。
今の彼にとっては「危機一髪の状態から逃げきった」ではなく、「危機一髪の状態に追い込んでしまった」なんだから。
そこからどう立ち直るかは本人次第であり、チームメイト次第だ。
さすがに、そこまでは干渉できない。まず、うちが何とかしなきゃならないから。
あと7秒!! @wizard-T
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