第55話 闇闘技場の終幕

「……あ、そういや嬢ちゃん」

「ん?」


 凪沙がジャスカーを制圧してすぐ、ギルドから派遣された増援がジャスカーの身柄を拘束し連行していく。


 これは、その途中のこと。


「まだ嬢ちゃんの答えを聞いてなかっただろ?」

「答え……? って、あぁ……」


 戦いの中、ジャスカーは瑠奈に言った。


 ――ダンジョンでモンスターを斬るのも、闇闘技場でモンスターを殺すのも結局やってることは同じ。


 その言葉に対する返答を、瑠奈は自らの手でジャスカーの腐った根性を叩き直してから告げるつもりだったが、残念ながら力及ばず敗北してしまった。


 ゆえに、瑠奈の口からジャスカーの問いに対する答えを告げることはない。瑠奈自身もそう思っていた。


 しかし、EADを取り上げられ、後ろ手に手枷を嵌められた状態のジャスカーが最後に尋ねてきた。


 瑠奈は少しの間答えようかどうか迷ったが、両者の勝負に勝ったのはジャスカーだ。瑠奈は勝者が聞かせろと言うのならそれに従うことにした。


「確かに、結局その命を刈るんだからダンジョンの内でも外でも大差ないって言うのも、わからなくはないよ」


 そう。瑠奈としてもそこを否定するつもりはなかった。

 モンスターの立場からすれば、結局同じ末路を辿るのだから殺される場所に大した意味はない。


「でも、殺され方は違う。最終的に死ぬんだとしても、ワタシは死に至る過程が大切だと思ってる」

「死に至る過程、だと?」


 瑠奈は一つ頷いて続ける。


「闇闘技場じゃモンスターはあらゆる抵抗の術を封じられ、絶対的安全地帯に立つ人の手によって殺される。現実離れした刺激と快楽を求める人間の欲望を満たすためにね」

「おいおい、嬢ちゃん。それを言うならお前さんの配信も同じことだろ? あれだって、モンスターとの戦いのスリルを、安全なところにいる視聴者に届けるためにやってんじゃねぇか」

「あははっ、確かに。正直それを言われると耳が痛いよぉ」


 瑠奈はジャスカーの的確なツッコミを受けて思わず破顔する。

 しかし、すぐにその笑いを納めると、肩を竦めて言った。


「だから、ワタシは別に見世物を否定してるわけじゃないよ? 言ったじゃん。死に至る過程が大切だって」


 瑠奈はどこか恍惚とした表情で、酔ったように語る。


「同じ見世物でも、ワタシの配信と闇闘技場には大きな違いがある。それは“自由意思”と“対等”」

「……は?」

「いい? 勝負は自由でなきゃいけない。戦いたければ牙を剥き、そうでなければ逃げれば良い。強制された勝負なんて論外。そして対等――同じ皿に互いの命を乗せてこそ真の勝負。勝者は生き敗者は死ぬ。最初から勝ちが決まった戦いなんて面白くもなんともない」


 それが瑠奈の美学。


 唯一この世の絶対法則である弱肉強食の摂理の下、対等に互いの命を懸けてそれを奪い合う。


 やってみなければわからない結末に辿り着く過程にこそ血が沸き立つような高揚があるのであって、ただのサンドバッグと化した相手を嬲り殺しにしても意味がない。


「だから、ワタシは闇闘技場なんてものを認めない。今はまだこの街の闇の底に届かなくても……いつか必ずワタシの大鎌は、ワタシの美学に反する悉くを斬り捨てるよ」

「……ははっ、そうかい」


 果たして瑠奈の言葉がどれだけジャスカーの心に響いたのか。

 それは誰にもわからない。


 ただ一つ確かなのは、最後にジャスカーは満足げに笑っていたということだけだった――――



◇◆◇



 後日――――


「んもぅ! だから私は反対だったんですっ!」

「あはは……ゴメンねぇ、鈴音ちゃん……」


 ジャスカーとの戦闘で決して浅くない怪我を負った瑠奈は、病院で治療を行ったあとしばらく学校も休んで自宅療養をしていた。


 医者曰く、半月……出来れば一ヶ月はダンジョン探索禁止。一週間は絶対自宅で安静にとのことだ。


 ゆえに、ジャスカーが捕縛されたあの日の翌日から、瑠奈は自宅のベッドで退屈な一日を過ごすことになっていた。


 唯一の楽しみと言えば、毎日必ず放課後に鈴音が看病しに来てくれることくらい。


 ただ過保護すぎるのがやや困りもので…………


「料理なんてダメです! 私が作りますから瑠奈先輩は寝ててください!」

「ちょっと瑠奈先輩? EADなんか持ってどこ行く気ですかぁ~?」

「包帯新しいのに巻き替える? って、そんな雑に巻いたら駄目ですよ! 貸してください、私がやりますから!」


 ……と、そんな具合で必要以上に世話を焼いてくれるのだ。

 もうどちらが年上かわからない。


 今日も今日とて…………


「いっつぅ……! しみるよぉ……」


 鈴音が作ってくれた夕食を食べ終わって、鈴音が食器を洗っている間に風呂を済ませようとしていた瑠奈。


 流石に湯船に浸かることは出来ないが、それでも清潔を保つためにシャワーは浴びておきたい。


 もはや見慣れた自分の肢体が縦長の鏡に映る前で、シャワーヘッドから降り注ぐ湯に、改めて負った傷の多さを教えられる瑠奈。


 口から悲痛な声を漏らしていると、タッタッタと小走りの足音が洗面所に入ってきて、次の瞬間――――


 ガラガラァ。


「大丈夫ですか、瑠奈先輩?」

「ひゃぁ!? だっ、だいじょばない! 今この状況がだいじょばない!!」


 躊躇なく浴室の横開きの扉が開けられ、瑠奈は咄嗟におみ足を内股に寄せ、その付け根の部分を両手で隠す。


 やはり真っ先にその部分を隠そうとするのは前世が男子だったからなのだろうが、すぐに上半身の膨らみも無防備になっていることを思い出して、片手をそちらの防御に当てる。


「何言ってるんですかもぅ。その怪我じゃ、身体洗うのも大変ですよね? 私が手伝いますよ」

「えっ!? ちょ、ちょちょちょ……!?」


 瑠奈の視線の先で、そそくさと制服のブレザーを脱ぎ始める鈴音。

 続いてシャツの袖を折り畳むように捲り上げていく。


 その様子を見て、どうやら全裸になるワケではないようだと一安心する瑠奈。


 だが、そう思った矢先、鈴音が自身のしなやかな脚を包む黒タイツを脱ぎ始めた。


 瑠奈の身体を洗うということは当然浴室に足を踏み入れるということで、確かにタイツを脱ぐのは自然な流れである。


 鈴音からしたら女の子同士。

 しかし、瑠奈からすればそんな単純な話ではない。


 瑠奈がその慎ましやかな双丘の奥で鼓動を激しくさせているとも知らず、鈴音は両手でスカートの裾を持ち上げる。


 まさに見えるか見えないか。

 恐らく鈴音は両手の親指でタイツの上側を捉えているのだろうが、その詳しいところまでは重力に従って垂れるスカートによって隠されている。


 だが、ホッと一息つくにはまだ早かった。


 スゥ、と鈴音が黒タイツを下ろしていく。

 それに従って外気に晒されていく白い生脚。


 別に下着が見えているわけでもないにもかかわらず、妙に背徳感を抱かせるその光景に、瑠奈の身体は茹ダコ状態になりつつあった。


 そこへ、トドメを刺すかのように、鈴音が膝上丈のスカートを折って更に裾の位置を上げる。


 露出する膝上。

 しなやかながらも徐々に太さを表す下太腿。

 そして、眩い上太腿。


「よいしょっと……って、あれ? 瑠奈先輩?」

「あ、あうぅ…………」


 腕を捲くり、タイツを脱ぎ、スカートも折った。

 多少シャツやスカートが濡れるくらいは問題ないと考え、今まさに浴室に入ろうとした鈴音だったが、瑠奈の様子を見て首を傾げた。


 熱々の湯銭に浸かったわけでもないのに、既に瑠奈の白い肌はかなり血色良くなり、意識は朦朧とし……つまりは、のぼせていた。


「る、瑠奈先輩しっかりしてくださいよぉ~!!」

「きゅぅ…………」


 このあと、鈴音は素っ裸の瑠奈を慌てて浴室から引きずり出すのだった…………






【あとがき】


 くっ、これほどイラスト付きで見たいシーンはない……!


 とまぁ、そんな作者の意見はともかく、これで第六章は終わりです。

 次話から第七章に入りますが……うぅん、絶対安静後の瑠奈がどんな行動に出るかは言うまでもないですねw


(はい、暴れますw)


 しばらくの休載を経てもこうしてお付き合いいただけている読者様におかれましては、本当に感謝の言葉しかなく、ムーンサルトジャンピング土下座を繰り出してお礼を申し上げます。


 シュバッ、クルクル!

 スタッ、ザァ~!!


「ありがとうございます! 感謝感激大興奮です!」


 是非、引き続き第七章もお付き合いください!!


 ではっ!

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