第39話 初めてのモデル撮影

『えぇ!? 瑠奈先輩、配信者からモデルになるんですか!?』

「あはは、違うよ~。配信者活動は続けながら、ちょっと試しにモデル活動もしてみようかなぁって」


 ダンジョン・フロートの有名モデルである一色アリサや、そのプロデューサーである佐藤花枝からスカウトを受けた翌朝。


 瑠奈は自宅で身支度を整えながら、スマホで鈴音と通話していた。


 いつぞやから鈴音の方から連絡を寄こしてくる頻度が多くなり、こうしてやり取りをするのも今では珍しくない。


 どうしてこんなによく話すようになったのかは瑠奈本人も少し不思議だが、可愛い女の子との交流は至福の時なので、むしろ望むところであった。


『なるほど、そういうことでしたか』

「これでまた一つ、ワタシの可愛さが世に広まっちゃうね」

『瑠奈先輩が載ってる雑誌が出たら、絶対買いますね』

「えぇ~、ホント!? ありがと鈴音ちゃん~!」

『ふふっ、なんたって私。瑠奈先輩の大ファンですから』

「じゃあ、ワタシもファンの期待に応えないとね~」


 瑠奈は鈴音とそんな話をしたあと、早速今日モデル撮影の待ち合わせをしている場所へと向かうのだった――――



◇◆◇



 ――パシャッ! パシャパシャ!


「おっ、良いねアリサちゃん! もう少し身体捻れるかな?」

「もちろんですわ!」

「完璧ぃ~!」


 ――パシャッ! パシャッ!


 南部第二地区にある撮影スタジオ内。

 西部劇のようなセットをバックにして、カウガール風の装備を身に纏ったアリサが被写体となっている。


「どうかな、瑠奈ちゃん。コレがモデル撮影の現場よ」

「凄く良いですね! アリサちゃん可愛いしカッコいいし……それをスタッフさん達が更に引き立ててて……」


 アリサの撮影を少し離れたところから花枝と並んで見学しながら、瑠奈は感動していた。


 この空間は可愛さを、カッコ良さを、美しさを生み出す夢のような場所なのだと。そして、その魅力を世に発信しようという熱意で溢れている。


「ダンジョン・フロートのファッションモデルはね、日常生活で着こなす服だけじゃないの。今やってる撮影みたいに、探索者のためのオシャレを届ける役割もあるのよ」


 そんな花枝の言葉に瑠奈も納得した。


 もちろん装備は品質・性能重視という正統派の探索者も多くいるだろう。それはそれで、一つの正解だ。


 しかし、瑠奈も配信者として自身の可愛さを広めるため装備のデザインをこだわったように、探索時にもオシャレしたいと思っている層はそれなりに厚い。


「私達がオシャレ装備を着てその魅力を伝える。それを見て良いなと思った人がオシャレ装備を買いに行く。すると装備店もお客が増える。そして装備店は私達にまた宣伝をお願いしてくる……ね、好循環でしょ?」

「オシャレスパイラル、ですね」

「良いわね、そのネーミング」


 あはは、と瑠奈と花枝が小さく笑い合っている間に、撮影を終えたアリサが戻ってきた。


「ふぅ、疲れましたわ~」

「アリサちゃんお疲れ様! 流石は有名モデルだね。すっごく可愛かったよ~!」


 瑠奈が両手を合わせながらそう褒めると、アリサは「ふふん」と腰に手を当てて胸を張る。


 そのとき、瑠奈の視線は自然とアリサの顔から二、三十センチほど下に吸い寄せられた。


 流石は日本人とイギリス人のハーフ。

 体型を維持するための努力はもちろんしているのだろうが、どうしても遺伝子レベルで決定されるその双丘の大きさは、瑠奈が逆立ちしても得られないものだ。


(お、大きい……って、まぁ別に気にしてるわけじゃないけどね。確かに胸も一つの武器だけど、実際戦うときに邪魔そうだし、重くて肩凝るって言うし。それに私、セクシー路線じゃなくて可愛い路線だし!?)


 可愛いは正義。

 可愛いこそが正義なのだ。

 セクシーなんぞに負けてはいけない。


「ん、瑠奈ちゃん? どうかされまして?」

「あっ、ううん。何でもないよ~」


 そうやって首を横に振りながらも、瑠奈は内心で打倒セクシーを誓っていた。


 すると――――


「よぉし、セットの入れ替え終わったから瑠奈ちゃん撮ってみようか~」


 気の良さそうなカメラマンのおじさんが、セットの前で手を振ってきた。


「さっ、瑠奈ちゃんの番ですわ」

「気楽にね!」


 瑠奈はアリサと花枝に背中を押されて、セットの方へ向かった。


「よ、よろしくお願いします!」

「はい、よろしくね~!」


 瑠奈がペコリと一礼すると、カメラマンのおじさんがにこやかに笑う。


 セットの背景は、剣のように鋭く高く聳え立つ山々に少し霧が掛かって霞んでいるような絵で、中華風に仕上げられていることがわかる。


 それもこれも、今瑠奈が撮影のため着用しているチャイナドレス風味の装備に合わせてのことだろう。


 鮮やかな赤色に金の刺繍が入ったチャイナドレス。

 ピタリと瑠奈の身体にフィットしており、アリサのように凹凸こそあまりないものの、スリムでしなやかなボディーラインがくっきりと表れている。


 また、何と言っても特徴的なのがそのスリット。

 膝より少し上くらいの丈のスカートの横には足の付け根辺りまで切れ込みが入っており、瑠奈の白い素足がかなり露出していた。


 瑠奈はモデルとしては素人。

 流石に初めての撮影で、こういった衣装は多少なりとも恥ずかしくなるものだろう。


 しかし…………


「おぉっ! 良いね良いね瑠奈ちゃん!」

 ――パシャッ!

「もしかして天才? 瑠奈ちゃんモデルの才能あるよ~!」

「ありがとうございます~」

 ――パシャパシャ、パシャッ!!


(わかってる……! この装備作ったメーカーわかってる!)


 瑠奈は感心していた。


 確かに瑠奈は凹凸に富んだ身体つきではない。

 そして、背も同年代の女子と比べて小柄な方だ。

 それを悩んでいる女性も世の中に多くいるだろう。


 しかし、チャイナドレスの魅力はそこを見せることではない。


 上下一体であるデザインゆえに、見る者の視線が上半身と下半身で分散されないのだ。


 胸の膨らみや腰つきといった前後の凹凸ではなく、正面から見た上半身から腰に掛けてキュッと締まっていく曲線美で魅せることが出来る。


 また、この一見際どいスリット。

 男子諸君を喜ばせられるのはもちろんのこと、スタイルと言う点においても脚を長く見せることが出来る。


 だが、瑠奈が感心しているのはそこだけではなかった。


「じゃあ瑠奈ちゃん。次はちょっとそこの椅子に座って足組んでみようか!」

「わかりましたっ!」


(このカメラマンのおじさん、流石アリサちゃんを撮影しているプロなだけある……)


 瑠奈は心の中で称賛を送っていた。


 チャイナドレスで椅子に腰掛け、足を組む。

 すると何が起こるか。


 そう。立っているときはスリットの切れ目からしか見えなかったおみ足が、足を組むことによってスリットから出てくるのだ。


 際どい。非常に際どいが、際どいに留まっている。

 組んだ足の太腿の裏もバッチリ写真に納まるが、決してその奥が映ることはない。


 この見えるか見えないかの境界。

 見る人の焦れったさを掻き立てる、最高の構図。


 瑠奈とカメラマンのおじさんの息が妙に合っており、撮影は順調に進んで行った。


 そして、昼を過ぎた頃撮影が終了して瑠奈はアリサらと昼食を取った。


 今日はこれで終わりかと瑠奈は思っていたが、昼食休憩終わりに花枝が「よしっ」と言って手を叩いた。


「それじゃ、行こうか!」

「えっ、行くってどこに……?」


 瑠奈が不思議そうに首を傾げると、隣に腕を組んで立っていたアリサが説明してくれた。


「今のはセットを使った撮影。まぁ、実際に外に出て良い感じの景色を背景に撮るのと合わせて、一般的な方法ですわよね?」

「う、うん……」

「けど、私達は普通のファッションモデルじゃありませんわ。探索者のファッションモデルですの。つまり――」


 先程までカウガールの衣装を着ていたからだろうか。

 アリサが右手で銃の形を作って、バーンと瑠奈に向けて発砲しながら言った。


「ダンジョン内での撮影をしてこそ、映えるんですのよ!」

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