第33話 一難去ってまた一難!?

 瑠奈がゴブリンの群れと戦っている同時刻。

 彼女もまた、別の場所で戦っていた――――


「【アイシクル・レイン】ッ!!」


 鈴音の周囲に形成され浮かんでいた無数の氷の槍が、長杖を振ると同時に発射される。


 ズザザザザザッ!!

 と、肉を穿つ音。


 大きなネズミのようなCランクモンスター五体を一掃。

 串刺しとなったそれらは、やがて身体を黒い塵と化して四散していった。


「ナイス鈴音ちゃ~ん!」

「流石Sランク【剣翼】さんの妹だね~。終い揃って天才だぁ!」


「あはは、恐縮です」


 鈴音は同じチームとなった前衛職の男女からの称賛に対して控えめに笑って答える。


 ここまで探索自体は順調に進んでおり、Bランクダンジョンでも今のところ危険と言える状況には陥っていない。


 しかし、フラッグはまだ見付からない。

 これは試験であり、どれだけ探索が進もうともフラッグを持ち帰らなければBランク探索者にはなれない。


「いやぁ~、それにしてもフラッグどこかねぇ~?」

「もっと奥の方なのかなぁ?」


 前衛の二人も鈴音と同じことを危惧していたらしく、周囲を見渡すがやはりフラッグの『フ』の字さえ見当たらない。


「流石にまだ五本のフラッグが取り尽くされたってことはないだろうし――」


 と、前衛の男性が頭をガシガシ掻きながらそう言ったとき、


 ダダダダダダァアアアンッ!!

「――っはは! あはははははっ!!」


 この場所から東に少し離れた方から、爆音と共に狂気的な少女の笑い声が響いてきた。


 前衛の二人が顔を見合わせる。


「……な、何だ!?」

「た、戦ってる……!?」


 距離がある上ここは森の中。

 視界が開けていないため戦闘の様子は見えないが、聞こえてくる爆音やモンスターの断末魔、そして悍ましい笑い声から、相当激しい戦いを繰り広げていることがわかる。


 戸惑う前衛二人の後ろで、一人何かを察していた鈴音が「まったくもぅ……」と呆れたように手で顔を覆っていた。


「で、でもこんなに激しい戦いしてるってことは……」

「そ、そうね! あっちの方にフラッグがあるのかも!」


 一切フラグのヒントがない以上、他のチームの動きなどを手掛かりにする他ない。


 そう考えた前衛二人が戦闘音が聞こえてくる方に向かおうという流れを作り出す。


 しかし、鈴音はそれを制した。


「いえ、待ってください」

「どうした、鈴音ちゃん?」

「あちらとは別方向に行きましょう」

「「えっ?」」


 折角の手掛かり。

 様子を見るだけでもヒントになるかもしれない。


 それでも鈴音はどこか曖昧に笑って言った。


「行くだけ無駄ですよ。ああなっちゃってたら、フラッグは確実に取られてますから……」



◇◆◇



「残るは君一人だねぇ……【ゴブリン・ジェネラル】君?」


 そこら中に転がっているゴブリンの屍が黒い塵となって消えていく景色の真ん中で、瑠奈が大鎌の先を向けながらニヤリと笑う。


 対する【ゴブリン・ジェネラル】は、まさか三十体以上いた自分の兵士達が全滅するとは思っていなかったのか、少し動揺しているような素振りを見せる。


 しかし、流石はBランクモンスター。

 すぐに気持ちを切り替え、目の前の獲物――いや、敵である瑠奈に殺意の籠った黄色い目を向ける。


 シュルリ、と抜き出すのは巨大な鉈のような刀だ。

 斬り裂くための刃というよりは、叩き斬るための刃。


「グオォァアアアアアッ!!」

「あっははは!!」


 ゴブリンが轟かせる咆哮。

 瑠奈が響かせる笑い声。


 両者が動くのは同時だった。


 片や筋骨隆々とした大きな体躯で走りって大鉈を振り上げ、片や少女の華奢な身体で飛ぶように疾走し、大鎌を身体に引き付けるようにして引き絞り――――


 ギャィイイイイインッ!!


 ゴブリンが振り下ろした大鉈と瑠奈が横薙ぎに払った大鎌の刃がぶつかり合い、その威力が拮抗する。


 しかし、やはり身体が大きく筋肉量も多いゴブリンが力で上回るか。


 徐々に徐々に瑠奈の大鎌が押し込まれ、大鉈の分厚い刃が瑠奈の頭上に迫ってくる。


「グガゥ、グガゥ、グガゥ……!」

「ったくもう……ワタシが可愛いのはわかるけどさ……そんなに息荒立てて近付かないでくれるかなぁ……!?」


 瑠奈の金色の瞳がカッと見開かれ、全身から赤いオーラが吹き荒れる。


「綺麗な花には棘があるように、可愛い花にも毒があるってことを――」


 グッ、と力の上下関係がひっくり返った。

 スキルによって大幅にブーストされた身体能力で、瑠奈の大鎌がゴブリンの大鉈を押し返し――――


「――教えてあげるねッ!!」


 ガキィイイイン!!


 振り抜かれる大鎌。

 弾かれる大鉈。

 そして、大きく体勢を仰け反らせる【ゴブリン・ジェネラル】。


「スキル――【バーニング・オブ・リコリス】……」


 シュバッ、という発火音を立てて深紅の焔が大鎌を包み込む。

 その炎の明かりに照らし出される瑠奈の顔は、笑っている。


「あっはははッ!!」


 ゴブリンが一歩後退りながら慌てて体勢を立て直し――

 瑠奈が焔を纏った大鎌をもってゴブリンに詰め寄り――

 大鉈が振り下ろされ――

 大鎌が空気を切り裂き――


 ズシャァアアア!!


「グルゥゥ…………!!」

「……あはは……!」


 ゴブリンの大鉈は確かに振り下ろされた状態で止まっているが、その頃には既に瑠奈は懐に入り込んでおり、大鎌を横薙ぎに一閃していた。


 刃を交えた者同士で決着を確信。

 そんな戦いの一部始終を見守っていることしか出来なかった洋輔と美穂も、両者の立ち位置的に勝敗を理解した瞬間、


 ボゥ!! と瑠奈が斬り裂いたゴブリンの胴体を起点にして炎が上がり、燃え広がり、炭となって宙に消えていった。


 瑠奈はそんな炎の様子を満足そうに見詰めてから大鎌を器用にクルクル回転させてから肩に担ぎ、振り返った。


「やったね! これでフラッグ回収完了。あとは持ち帰るだけだよっ!」


「……さ、流石は、る、ルーナたん……!」

「わ、わぁ……す、凄い……ねぇ……!」


 狂気的な暴れっぷりに気を取られていて、とてもにこやかに反応出来る余裕など残っていない洋輔と美穂だった。


 ともあれ、これで瑠奈達三人班はフラッグを見付けられた。

 回収し、持ち帰るべく三人でダンジョンゲート側へ戻っている途中――――


「おぅおぅ、まさか配信者の探索者もどきちゃんがフラッグ見付けてきてくれるなんてなぁ」


 運が良いぜ、と木陰から姿を現したのは一人の男性受験者。

 チームメンバーと思しき二人の男性も、瑠奈達三人を囲むようにして現れる。


 試験前に瑠奈の悪口を言っていたアンチ達だ。


「わざわざフラッグ取ってきてもらって悪いんだけど……それ、ここで置いて行ってもらうぜ?」


 遠足は帰るまでが遠足。

 修学旅行は帰るまでが修学旅行。


 ダンジョン探索も、ダンジョンゲートを潜り抜けるまでがダンジョン探索。


 まだ、瑠奈達のBランク昇格試験のダンジョン探索は終わっていない――――

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