第32話 波乱の二次試験

「――ルーナたんは下がって!」

「――ここは僕がっ!!」

「――ぐっ!? これしき……!」

「――ルーナたんのためにぃいいい!!」


 フラッグ探しのBランクダンジョン探索は、瑠奈――いや、ルーナの狂信的なファンである洋輔の奮闘によって割と順調に進んでいたのだが…………


「うぅん……」

「あの人ちょっと怖いけど、楽々探索出来て良いね――って、どうしたのルーナちゃん?」


 闘志に燃える洋輔の後ろで、何やら不服そうに眉を寄せて唸っている瑠奈に、美穂が首を傾げた。


「な、何でもないよ! あはは……!」

「ん?」

 

 瑠奈は慌てて愛想の良い笑顔を取り戻して両手を振るが、内心では不満が募っていた。


(うぅ……ワタシも狩りたいぃ……!!)


 確かに洋輔のお陰で探索は楽に進んでいる。

 自分が何もせずに事が上手く進んで行くというのは最高だ。


 瑠奈も探索者として駆け出した当時はそう思っていた。


 だが、今は違う。


 ダンジョンという名の弱肉強食の世界に身を投じて、その食物連鎖という絶対の理の中で数多のモンスターと命のやり取りをする喜び。


 あぁ、早くこの大鎌を手にその世界へ――と、瑠奈の身体の奥底で熱い感情が沸々と煮え滾っていると、


「あ~! あれ、フラッグだよ~!」


 美穂がその手に持つ木製の長杖で示す先には、確かに赤い旗があった。間違いなくギルドが隠した五本のフラッグの一つだ。


 しかし…………


「でもどうしようか……周りのゴブリン……」


 美穂が困り眉を作る通り、フラッグがあるのは目算三十体を超えるゴブリンの群れの中。


 それも、ただのゴブリンではない。

 防具を身に付け、研がれた武器を携帯する【ゴブリン・ナイト】に、怪しげなローブを纏い杖を持つ【ゴブリン・シャーマン】といったCランクモンスター。


 そして、それらの群れを取りまとめるかのように最奥に堂々と腰掛けているのは、重厚な金属鎧を身に纏った巨大なゴブリン――Bランクモンスター【ゴブリン・ジェネラル】。


 Bランクモンスターを含めた三十体超えの群れを前に、瑠奈のために奮闘していた洋輔も流石に表情を険しくする。

 しかし、それでも洋輔は丸眼鏡をクイッと持ち上げて一歩足を踏み出した。


「ルーナたん安心して……ここも僕が――」

「――いや」


 瑠奈が肩に担いでいた大鎌をスゥと下ろして、洋輔の言葉と行く手を遮る。


「ワタシがやるよ」


 そんな瑠奈の宣言を聞いて洋輔と美穂が慌てた様子で止めようとするが、瑠奈の表情を見た途端口から言葉が出てこなくなった。


 笑っていたのだ。

 見た者の肝を冷やすような笑み。


 金色の瞳はまるで恋人と出逢った乙女のように爛々と輝かせ、口角は不気味に持ち上がっている。


 腰を落とし、大鎌を構え、足で地面を――――


(数は多いけどまだこっちに気付いてない、ならッ!)


 ――蹴り出した。

 踏み締めた地面を抉り上げ、グンと掛かる推進力に身体を乗せ、油断しきっているゴブリンの群れに、


「あはっ!!」


 ザァアアアアアンッ!!


 大鎌を振り抜いた。


 流石は名工鉄平作の大鎌。

 ミスリル製の透明な刃が、五、六体ほどのゴブリンを一気に薙ぎ払った。


 奇襲によって警戒レベルを一気に天井まで上げるゴブリンの群れ。

 最奥で立ち上がった【ゴブリン・ジェネラル】の指示によって、前衛に【ゴブリン・ナイト】後衛に【ゴブリン・シャーマン】が陣形を整える。


「良いね良いねぇ。どれだけ数がいてもただの烏合の衆だと興醒めだからね」


 その言葉を挑発と捉えたのか、【ゴブリン・ジェネラル】の雄叫びによって開戦の狼煙が上げられた。


 武器を手に、隊列を組んで突進してくる【ゴブリン・ナイト】。

 その後ろで杖の先に火球を灯し始める【ゴブリン・シャーマン】。


「行くよ――ッ!!」


 器用に大鎌をクルリと回転させてから、瑠奈も真正面から突っ込んでいく。


「「「キシャァアアア!!」」」


 決して業物とは言えないが粗悪品でもない武器の数々。

 刃に当たれば当然服は裂け、肉も斬られる。


 だか、瑠奈は構わず――むしろ勢いを増して迎え撃ち、


「あはっ! あっははは!!」


 大鎌を振って、振って、振り回す。


 次から次へと迫り来る【ゴブリン・ナイト】の攻撃を身体捌きで躱しながら、間隙を縫って足を踏み込み、体重の乗った一撃を一閃。


「「「グエァアアアアア……!?」」」


 胴体と頭部が、上半身と下半身が……サヨナラする部位は様々に、瑠奈が大鎌を振るう度に宙に打ち上げられるゴブリンの亡骸。


 粘性のあるどす黒い血の飛沫を巻き散らしながら、瑠奈の金色の瞳は獲物を狩る猛禽類の輝きを灯している。


 だが、そこへ――――


「「「ギシャァ!!」」」


 後方で準備を終えた【ゴブリン・シャーマン】が火球を一斉に放つ。

 それらは緩やかな放物線を描いて飛んでいき、瑠奈へ炎の雨として降り掛かる。


(こんな燃えてるだけの球、あの斬撃の雨に比べたら……凪沙さんの【弧月】に比べたら――)

「――遅いねッ!!」


 瑠奈の主観的に時間の流れが緩やかになる。


 ゴゥ、と唸りを上げて迫る火球の雨。

 その一つの球を、瑠奈が振るう大鎌の刃が迎え撃つ。

 透明な刃が火球をゆっくり斬り進んで行き、その芯を捉えて両断――――


 ダダダダダダァアアアンッ!!


 秒針の進みが元の速さを取り戻す。

 舞い上がる爆炎と土煙の中で、瑠奈が大鎌を手に笑って佇んでいる。


 その光景に【ゴブリン・シャーマン】らが動揺。

 既に前衛を支えるはずの【ゴブリン・ナイト】は壊滅状態。


 自分達を守る盾はもう、ない。


「さて……」


 ブシャァアアア――――


 もはや描写するまでもない一瞬。


 音もなく距離を飛ばし、なすすべを失くした【ゴブリン・シャーマン】を大鎌の一振りで一掃した瑠奈が、血の池と屍の山、それらが黒い塵となって霧散していく景色の真ん中で小首を傾げて言う。


「残るは君一人だねぇ……【ゴブリン・ジェネラル】君?」

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