人とカラスと寄生虫
@d-van69
人とカラスと寄生虫
今日はお父さんと散歩だ。
坂道をのぼり、土手を通り、橋を渡る。
公園までくると、そのそばを通る道路の端に、何か黒い塊のようなものが見えた。
なんだろうと思いながら歩くうち、それはカラスだとわかった。3羽いる。ぼくたちの気配を察し、それらはバタバタと飛び立った。
そのあとにはネコの死体が残されていた。車にひかれたようでぺしゃんこだ。
ぼくは電線にとまったカラスを見上げると、
「最近カラスが増えたよね」
「そうだな。都会のほうじゃずいぶん前から問題になっているようだけどね」
しばらく進み、ぼくらが離れるにつれ、さっきのカラスは1羽2羽と再びネコの死体の上に舞い降りた。
「カラスと言えば、この前新しい寄生虫が発見された、ってニュースを何かで読んだな」
聞きなれない言葉にぼくは首を傾げると、
「きせいちゅうってなに?」
「動物の体に入りこんで、その栄養分を吸い取る生き物のことさ」
「それがカラスと関係あるの?」
「あるんだよ、これが」
お父さんはぼくがこの話題に興味を示したことを喜んでいるのか、嬉しそうに話し出す。
「その寄生虫にとって、カラスの体が一番住み良い場所なんだ。だからそこで子孫を増やそうとする。つまり卵を産むわけだね。本来なら卵はカラスの体の中で孵化するはずなんだけど、中には卵のまま、フンと一緒に体の外に出てしまうものもあるそうだ」
「じゃあその卵はかえらないんだ」
「そうとうも限らない。卵はとても小さいからね。いろんな方法で他の動物の体内に入り、そこで孵化することもある」
「そんなこと、ある?」
「あるさ。例えば、さっき死んでいたネコがまだ生きていたとき、もしかすると卵入りのフンを踏んだかもしれないよね。するとフンに混じっていた卵がネコの足にくっつくだろ。ネコは毛づくろいをするために手足をなめるから、そのとき卵はネコの口から体内に入ることができる」
「じゃあネコの体の中でかえるの?」
「そうなんだ。その寄生虫はどんな動物の体でも生きることができるんだよ。と言ってもそこは仮の住処だ。だから住み心地のいいカラスに戻ろうとする。そこでそいつは寄生した動物を操る、という手段に出るのさ」
「操るって、どうやって?」
お父さんは指で頭をとんとん叩くと、
「脳に入り込んで、恐れを感じないようにするんだよ」
「なにも怖くなくなる、ってこと?」
「その通り。動物が恐れを感じなくなると、敵が来ても逃げようとしなくなったり、あえて危険な行動に出たりするようになるんだ。つまり、そいつは寄生した動物を操って、自ら死ぬように仕向けるのさ」
「え?でも死んだらまずいんじゃないの?」
「ところがそうでもないんだ。だってほら」
お父さんは来た道を振り返ると、
「カラスは死肉を食べるんだよ」
その視線の先で、カラスがネコの死体をくちばしで突っついていた。
なるほど。あれがもし脳を操られて死んだネコなら、寄生虫はまんまとカラスの体に戻ることができるってことだ。面白い話だけど気持ちが悪い。それにちょっと心配だ。
「ちなみにその卵ってさ、人間の口に入ることはないの?」
「大丈夫さ。人間は外から帰ると、ちゃんと石鹸で手を洗うんだから」
お父さんは笑顔を浮かべるけど、ぼくは余計に不安になった。
手を洗い忘れたこと、なかったっけ?
しばらく行くと人だかりができていた。パトカーも停まっている。
集まった人たちの話を立ち聞きしていると、どうやらマンションから誰かが飛び降りたらしい。
「怖いね、お父さん」
隣を歩くお父さんの顔を見上げると、なぜかぼんやりとした表情になっていた。
「ああ、怖いね……。そういえば、なんだか最近、近所で続いているよな……」
「続いているって、なにが?」
お父さんはふわふわと辺りを見渡すだけで、何も応えてくれない。
「お父さん?」
じっとその顔を眺めていると、突然うれしそうに笑いながら駆け出した。
そのまま勢いよく道路に飛び出したせいで、お父さんは走ってきたトラックにはねられた。
飛び降りの現場にいたおまわりさんが慌てた様子でぼくのそばまでやってきた。
どうしたんだ?と訊かれたぼくは、倒れたお父さんを見つめたまま答えた。
「多分、手を洗い忘れたんだと思います」
人とカラスと寄生虫 @d-van69
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