第15話 革命

「どういうつもりなんですか綾辻先輩!? 綾辻先輩なら、あの三人くらいなんとかなるでしょう? どうしてわざわざ決闘なんて、それも見逃すなんて条件を付けたんですか?」

「安心しろ。見逃すつもりはない。既にこの決闘場は他の生徒会役員によって包囲されている。何かあっても大丈夫だ。お前たちはただ、あいつらと本気で戦えばいい」

「……八雲様への特別処置。今回の事件の対応。どちらかといえば綾辻様は八雲様の力量をもっと見たいんじゃありませんの? わたくしは巻きこまれたということかしら?」

「小波には悪いが、そのとおりだ。こちらの方が話を八雲と黒島の再決闘の流れに持っていけそうだったんでな。この事件は解決したようなものだ。小波には巻き込んだお詫びとして後で特別処置を与える」

「いえ、結構ですわ。シングルの方の戦いと八雲様の他のスキルを見れるのであればそれで十分ですもの」

「そうか、なら何か生徒会の力を借りたくなったら言ってくれ。よほどのことではない限り手を貸そう」

「二人とも待ってくれよ。二人はともかく、俺が今の状態で黒島に勝てると思うのか? あっちは今度こそ油断せずに初めから全力で潰しに来るぞ」

「八雲は最強になるんじゃないのか? お前は本当に【不調で絶好調ダウナーズハイ】だけで最強になれると思うのか? ここで黒島に勝てないと、お前は生徒会長どころか、夜月も超えることはできんぞ」


 ……痛いとこ突いてくるな、綾辻先輩。ここで日和ってるようじゃ、最強どころかシングルにすらなれねぇ。俺は会長を超えたいが、まずは俺にとっての身近な最強である夜月を超えたいと思っている。そうでなければ、言いたいことも言えやしねぇからな。


「分かりましたよ綾辻先輩。この勝負、引き受けました。ただ一つ質問に答えてください。俺が強いことを確認することが、生徒会にとって何のメリットになるんですか?」

「ふむ、もっともな意見だ。答えは……この勝負に勝ったら後日教えてやる。それでは駄目か?」

「いいですよ。その代わり、黒島がどうなろうと知ったこっちゃありませんからね」

「ふっ、やってみろ」


 俺たちは揃って前方の三人を見据える。あちらも準備は整ったのかこちらを睨みつけている。結果がどうなろうが捕まるとも知らずに気の毒な奴らだ。ま、今からそれ以上に気の毒な目に合わせてやるんだが。


「先鋒は私が務める。中堅が小波、大将が八雲で構わないな?」

「「はい、構いません(わ)」」

「それでは行ってくる。八雲、シングルがどのようなものか、なぜ私が前年度九位だったのか、しっかりと解説してやれ」


 しばらくして、決闘場の所定の位置に二人が現れる。相手は黒ずくめの服を脱いだ。その体はとても鍛えられており、屈強な体つきをしていた。見た目もスキンヘッドとかなりいかつい。綾辻先輩がこちらを見つめる。


「これより、バトルを行う。カウントダウンの後、始めの合図と共に開始する。五、四、三、二、一、始め!」

「ふははははは、相手は強そうな方の姉ちゃんか。最初からぶっちきるぜ! 【混ぜるな危険ドッペルゲンガー】!!」

「っ! 何ですのこのスキルは! 相手が二人に分身しましたわ!」

「魔力量も引きつかがれてるな。そのまま相手が二人に増えたと思ったほうがいい」


 相手のスキルは自分自身をもう一人増やす能力。数の有利というのはバトルにおいて重要。分身の方は耐久力はないだろうが、魔力による防御と攻撃はそのままできる。魔力量も両方が五十以内に入れそうなほどの魔力を持っている。厄介な能力だな。


「中々面白いスキルを持っているじゃないか。悪さに使わなければ、どこかで活躍できただろうに。まあ、手加減するつもりはない。それはお前が選んだ人生だからな。こちらも本気で行かせてもらおう。【月華雷鳴流水転化げっからいめいりゅうすいてんか】」


 場内に轟く雷鳴と共に一振りの刀が現れる。それは雷を纏い、びりびりとした魔力を放っていた。


「凄い魔力量と迫力ですわ。これでも九位ですの……」

「まあな。綾辻先輩を含め、現シングルは全員が歴代で一番と言っていいほど強い。だからこそ、綾辻先輩が九位なのには理由があるんだ。まずは戦いを見ていこう」


 相手は驚いている様子であるが、諦めてはいない。数の優位が減ったわけではないからな。さて、その優位がいつまで続くかな。


「はあああっ!!」


 ほとばしる雷と共に一気に距離を詰め、男の眼前に現れた。その速さは小波と戦ったときの夜月よりも優に超えている。綾辻先輩が刺突の構えをする。


「くそがっ! 速すぎる!!」


 一人の男をもう一人が後ろから覆うようにして、同時に集中防御をする。この魔力の密度なら、刀の刺突は止めれるだろう。雷属性は瞬間的な速さが特徴ではあるものの、直線的かつ反動ダメージが大きいため、移動には優れているが、その速さを攻撃力には生かしにくい。だが、


「はあああああああああ!!!」

「なんだこれは! 雷撃か!」


 刀から放たれる雷撃が男を襲う。すかさず男が魔力防御を全身に回すが、その分だけ集中防御の密度が下がる。これでは刺突を防げないだろう。これが【月華雷鳴流水転化げっからいめいりゅうすいてんか】の強み。雷撃で相手のガードを広げ、薄くなったところを刀で斬る。魔力の比重を考えて対応してもシングル並みの魔力がないと防ぎきれない。今回は相手が犯罪者なこともあって、刺突を選んでいる。容赦がないな。


「……仕方ねえ。悪いな相棒」


 後ろの男が前の男を突き飛ばし、突き飛ばされた男は集中防御で刺突を防ぐも、耐えられずに刀で貫かれる。すると、貫かれた男は煙となって消えてしまった。後ろの男は全身防御で逃げながら雷撃をいなし、刺突の勢いは分身によって止められていた。


「ほう、これをいなすとはやるじゃないか。少し甘く見ていた。よくないな、こんなことでは」

「【混ぜるな危険ドッペルゲンガー】!! もう一度頼むぜ相棒。おい姉ちゃん、それじゃあ俺は倒せねぇぞ」


 再び分身が現れる。これでは、綾辻先輩の基本戦術はいなされてしまう。ずっと続けていけばじり貧になるのは綾辻先輩だ。


「ふっ、次はどうかな!!」


 綾辻先輩が再び雷撃と共に突っ込んでいく。男は相手の軌道を読み、分身を前方に待機させる。分身の体全体に薄く、両手に凝縮した魔力を纏っている。分身は何度も出せる。雷撃をガードしながら、相打ちさせるつもりか。


「八雲様、このままでは!」

「落ち着けって小波。綾辻先輩はシングルだぜ」


 分身目掛けて突っ込んでいく綾辻先輩。しかし、その動きが途中で変わる。直線と思われた軌道は途中で分身を避けるようにして弧を描きながら半回転し、そのまま男を切りつけようとする。


「何!? どうなってやがる!? 雷属性にそんな動き出来るはずがない! ……水属性への変化ができるスキルか!!」

「ご名答。ほう、やっぱりおしいな。なぜそんな道を選んでしまったんだお前は」


 男が変化した軌道を予測して集中防御をするが、そこからさらに軌道が変化し、男の脇腹をとてつもない魔力を纏った刀がクリーンヒットする。切れてはいない、流石に峰打ちか。


「ぐおおおおっ!! ぐっ……くそ、が……」


 男は悶絶しながら片膝をつき、そのまま崩れ落ちる。どうやら意識も途絶えたみたいだ。呆気ない幕引きだな。


「勝者、綾辻沙奈!」


 俺が勝利を宣言した瞬間、決闘場の外から中へ生徒が複数人入ってくる。その生徒たちは倒れた男を場外へと運んでいった。


「貴様、どういうことだ! 勝ったら見逃してくれるんじゃなかったのか!」

「ああ勝ったらな。だが、負けたまま放置しておくわけにはいかんだろ。起きて逃げ出されても困る。安心しろ、勝ったら見逃してやる」

「くそっ! おい、次は絶対に勝てよ! 何かあってもいいように一人は減らしておくんだ!」


 ここで黒島は悟ったようだ。勝っても安全が保障されないことに。もはや詰んでいるかもしれないことに。それでも一縷の望みにかけて戦うしかないだろう。それに、俺をぶっ飛ばせる可能性は残っているわけだしな。


「これがシングルの実力。初見で戦うことにならなくてよかったですわ」

「綾辻先輩のスキルは雷属性の速さと水属性の柔軟さを使い分けて戦うことのできる能力だ。原則として、火、水、雷、土、風の五大属性は混ざり合わない。だから、一緒に発動することはできないが、切り替えることはできる。雷の速さが来ると思わせて、水属性の変則的な軌道での攻撃。いわば、野球でいうところのストレートと変化球を使い分けているようなものなんだ。対応するにはかなり時間がかかるし、その前に雷の合わせ技を止められないこともある。いかに相手に対応されないように動くかという練度も大切なスキルだ。一筋縄ではいかないぞ」

「さっきも質問しましたが、どうしてこれで九位ですの?」

「簡単な話だ。あの魔力量に加えて、雷属性と水属性では火力が足りないんだ。シングルにはもう一つ壁があってな。それがある人の防御力の壁なんだ。綾辻先輩ではその防御を崩すことができない。これがシングルのレベルを底上げしている理由でもある」


 ある人とは実は荒武のことである。【白亜紀の栄冠ティラノクラウン】の強さは力とは別にその防御力にある。ティラノサウルスの体でシングル並みの魔力を纏っているのははっきり言ってズルなのだ。人間とは基礎スペックが違いすぎる。

 ゆえに七位からは荒武の防御力を突破できる手段を持っている人物となる。……俺も同じようにならなければならない。荒武を超えるためにはまずは力が必要だ。【不調で絶好調ダウナーズハイ】が手っ取り早いが、もっと他の方法も考えないとな。


「なるほどですわ。本当にシングルとは強いんですのね。次は私の番ですわ。勝てるように応援してくださいまし」

「おう、任せたぞ」

「任されましたわ!」


 小波が決闘場の中央に向かう。その足取りは確かで、不安など一つも感じなかった。大丈夫だ、小波なら勝てる。


「綾辻先輩、お疲れさまです」

「……ああ、ありがとう。勝ったとはいえ、不甲斐ない姿を見せてしまったな。最初から水属性への変化を使うべきだった。私もまだまだだな」

「相手もやり手だったと褒めるべきでしょう。普通ならあれで決着がついていますから」

「現実は普通ではないことばかりだ。あいつが最初から分身での相打ち狙いを考えていたら危なかった」

「いや、綾辻先輩なら見てからでも対応出来ましたよ。そんなに悩まなくてもいいんじゃないですか?」

「その相手がもしシングル並みの人間であったら、確実にダメージを負っていたということだ。相手がやり手でもあの程度だから良かったんだ。上を見据えるなら相手の戦法をもっと考えるべきだった」

「……その通りですね。俺の考えが甘かったです。軽率な発言をしてすみませんでした」

「気にするな、別に謝ってほしいわけじゃないさ。よし、この話はこれで終わりだ。小波を応援するとしよう」


 綾辻先輩のスキルは雷属性の速さを存分に見せることで、水属性の変化が対応しづらくなる。最初の攻撃は上手くいけば勝ちまで持ち込める強い技ではあるが、それだけでは駄目なのだろう。

 俺は扱いづらくても持っている手札は多い。どう使うか、自分のスキルの理解度をもっと高めないとな。俺たちが反省会をしているうちにどうやら次の相手と小波が位置に着いたようだ。相手は金髪の派手そうな男。どんなスキルを持っているのやら。


「これより、副会長である私の立会いの下、二回戦目のバトルを行う。カウントダウンの後、始めの合図と共に開始する。五、四、三、二、一、始め!」


 まず動き出したのは小波。どちらもスキルはまだ使わない。相手のスキルを先に引き出すつもりらしい。俺は小波の戦い方は夜月に動かされたものしか知らない。普段の小波はどうしているんだ。


「おや? 八雲、この動き」

「はい、似ているというより、取り込んだんでしょう。夜月の動きを」


 小波は相手の懐まで距離を詰めると、ノーガードの殴り合いを選択した。相手は意外だったのか防御を選択するも、小波の攻撃は鋭い。相手は防戦一方となった。


「この感じ、意地でも相手にスキルを発動させたいと見える。小波は夜月と一戦交えたと聞いた。もしかしなくてもカウンター型のスキルか?」

「おそらくは。そして、夜月の戦い方から相手にスキルを発動させるには夜月の戦法がベストだと思ったのでしょう。ですが、小波では夜月と同じ動きはできない。どうアレンジしていくか見ものですね」


 左、右、右下と左上、正面と真下というように様々な角度から攻撃を仕掛ける。夜月とは違い、魔力によるブラフを多用している。両手に魔力を集中させておきながら足を使った攻撃。右腕に魔力を凝縮させたかと思えば、左手によるジャブの連撃。相手はガードを広くしてもいいが、そうすれば魔力で凝縮させた右手によって防御を貫かれる。

 相手は何処からくるのか、どうすればいいのかを考えるのに必死になっているようだった。あの夜月の攻撃を途中まで耐えていた小波だ。そこら辺のやつよりも戦闘センスはずば抜けて高いだろう。


「うざったいな。こっちが守ってばかりだと思うなよ!」


 相手が小波の弱攻撃に合わせて魔力を攻撃に回す。多少のダメージは覚悟して、状況を変えるつもりだ。小波は一歩引きながら全身に薄く魔力を纏わせる。そして、残った魔力で魔力弾を作った。それを放出せずに手のひらに残しておく。相手のパンチが魔力弾に当たる。すると、魔力弾は暴発して周りを吹き飛ばした。


「ぐおっ! ぐうう、面倒臭いな本当に!」


 吹き飛ばされた相手は爆発のダメージを受けている。ダメージが小さいとはいえ、さっきまでの防御と攻撃への転換におけるキレは出せない。


「夜月とは違って、徹底的に相手の思考へ負担をかけるような動きをしているな。この状況を面倒くさいと思わせることで、相手の無理やりな攻撃やスキルを引き出す。素晴らしい応用じゃないか」

「小波がカウンターのスキルとすれば、魔力量と戦闘センスだけで学年八位になったということですからね。俺たちが思っている以上に彼女は強いかもしれません」

「はぁー、全く仕方がないな。スキルの先出しは強くないが、やるしかない。ちっこい娘だと舐めすぎていた。ふぅー、【闇に抱かれて爆ぜよダークフレイム】」


 次の瞬間、相手の魔力量が跳ね上がる。これは……さっきの男よりも強いぞ!


「相手も強いが、小波もスキルを発動している。魔力量は五分だ。後は両者のスキルの詳細次第だな」

「魔力が五分で今の相手の状態なら先にスキルを明かすはずです。後は小波を信じましょう」

「では、いくとするか。おりゃあああああ!!」


 叫びと共に両手が炎を纏う。その炎は普通の炎ではなく、漆黒の闇を纏っている。不味いな、火属性と闇属性の複合型のスキルか。五属性同士では混ざり合わないが、その他の属性では混ざり合うことができる。

 闇属性の特徴は弱体化。相手の魔力の質や威力を弱める性質がある。炎属性の火力を持ちながら、相手の魔力は弱体化させる。火力特化の強い組み合わせだ。


「ほら、いくぞ!!」


 男が漆黒の炎を纏った魔力弾を放ちまくる。数重視ではあるものの、属性の特徴が相まって全身防御で守り続けるには無理がある。小波は動かない。まさか、このまま受け止めるつもりか!

 魔力弾が数メートルに迫ったところでようやく小波が動き出す。そして、小波が取った行動は俺たちを驚かせるのであった。


「なっ! なんだと!? 俺と同じ闇を纏った炎!? 馬鹿な、全く同じスキルだというのか!」


 小波は直前で黒い炎の壁をつくりだし、魔力弾の弾幕をすべて防ぎ切った。スキルが同じなら、当然相手の攻撃は相殺できる。しかも、


「なぜだ! 俺の攻撃が負けているだと!? 同じスキルだとしても、コピーのスキルだとしてもそれだけはあり得ない! 俺のスキルを超えるほどの出力を持っているなんて!!」

「相手のスキルをより高いレベルでコピーする。これがわたくしのスキル、【スぺ3返しイリーガルジョーカー】ですわ。同じスキルであれば出力が高い方の勝ち。あなたに勝ちの目はありませんでしてよ!」

「だとしても! スキルの練度には差が出るはずだ。俺は生まれたときからこのスキルを持っていたんだぞ。今日手にしたばかりの小娘に負けてたまるかよ!!」

「あはははははははは! ……残念ですわ。わたくし火属性は得意ですの。それとあなた、誰が小娘ですって? ああん?」


 小波が特大の爆炎を放つ。相手はなんとか炎の壁を張り続け、防ぐことに成功していた。


「ふざけるなよ!! 俺より強いなんて許せるわけないだろ……待て。あいつは何処に行った?」


 爆炎と炎の壁で相手の視界が防がれている間に小波は相手の視界から姿を消していた。周りを見回す相手が最後に上を見た。


「そこか!」

「おっせえですわああああああああああああああああああああああ!!!」


 逆さになって急降下し、両手から炎をロケットのように放ち推進力を得る。相手は手を交差してガードする。小波は敵の直前で体を丸めて半回転、黒い炎を纏ったかかと落としが相手の両手に炸裂する。


「どおおおりゃあああああああああああ!!」

「負けるかあああああああああああああ!!」


 相手はガードを続けるが、出力が自分よりも高いスキルが速度を伴って襲い掛かる。防ぎきれるわけがなかった。相手はガードが崩れ、そのまま地面に打ち付けられる。地面は陥没し、破壊される。破壊された地面の大きさが、その攻撃の壮絶さを物語っていた。


「勝者、小波紬!」

「二度と小娘とぬかすんじゃねぇですわ!」


 倒れた相手に吐き捨てた後、こちらに手を振る小波。本当に強い奴だな。夜月との勝負、意外と紙一重だったかもしれん。


「小波は強いな。いつか、シングルにも届くだろう」

「そうですね。炎を使った推進力による上空への上昇、そこからの速度を保ったままのかかと落としも素晴らしかった。何より、反動を受けないようにするための全身の身体強化と魔力防御の塩梅が良い。思った以上に技術力と対応力が必要なスキルでした。上手く扱うために相当な努力を重ねたことが伺えますね」

「次はお前だぞ。これが一番大事なんだ。勝てるように期待をしている」

「任せてください。絶対に勝って見せますよ」


 いよいよ戦いは俺の出番となった。二人がここまでお膳立てをしてくれたんだ。負けるわけにはいかねぇよな。俺は決闘場の中央まで歩いていく。仲間がやられて焦っていると思っていたが、よっぽど俺と戦えるのが嬉しいのか、不利な状況だというのに黒島は口元に笑みを浮かべていた。


「ふふふふふふふ、あははははははははは!! 全く副会長も何を考えているのかまるで分からないな! この私に復讐のチャンスをくれるとは! なあ、八雲隼人!」

「あー、そうだな。俺が聞きてぇぐらいだよ。なーんで、わざわざもう一度お前と戦わなきゃならねえのかってな!!」


 俺の叫びに反応するものは誰もいない。あの二人は俺が戦う意思を持っていることを知っているからだ。もう辞退するつもりはない。思うがままにあいつをぶっ飛ばさせてもらう。あの時とは違う。今の観客席にいるのは俺の勝利を願うもののみ。三人の思いは一つになっていた。


「これより、副会長である私の立会いの下、最終戦のバトルを行う。カウントダウンの後、始めの合図と共に開始する。五、四、三、二、一、始め!」

「ふははは! 調子が悪くないお前など怖くもなんともないわ! 【作用点Pムービングペイン】!! 今度こそ私のスキルでお前を、ぶっ殺してやる!!」

「やってみろよ、編入生!!」


 黒島が虚空を殴りつける。前回と同様、音だけが場内を走り回る。俺もスキルを発動する。少しだけではあるが、魔力が上昇する。俺はあふれ出る魔力を使いこなせる分だけ身体強化に回し、残りを右手に凝縮し続ける。


「八雲隼人! 何をやっているんですの!? その状態でスキルが直撃すれば、骨の数本では済まねぇですわよ!!」

「いいんだよこれで! 俺にとっちゃ、このバトルはただの実験、お遊びさ。やりたいようにやらせてもらうぜ!!」


 俺のやっていることは無謀もいいところ。ガードへ一切魔力を使わずに、あいつの集中防御を貫けるまで魔力を溜め続ける。すなわち、裸の状態であいつの攻撃を避け切ると言っているのだ。小波が叫ぶのは無理もない。


「ふざけた真似をしやがって……ならばこちらも遠慮はしない。潔く死ぬがいい!!」


 黒島が再び虚空を殴りつける。二つの音が場内を反響している。どこから襲われても、当たれば一巻の終わり。しかし、俺にはあいつが襲ってくる方向が分かっている。前回は前から攻撃して失敗した。今回も前から攻撃してくるに違いない。前回の失敗を成功へ変えるために。俺は足に力をためる。俺は見逃さない。音が前から近づいてくるその一瞬を。


「はああああああああっ!!」

「何!? しまった!」


 攻撃が前からくる瞬間に俺が全力で前に飛び出す。二つの音が体を通り抜ける。さっきまで俺がいた地点で衝撃が起こった。これが黒島のスキルの弱点。攻撃地点をずらしている間は攻撃判定がない。

 さらに、六十キロも速さのある攻撃はしっかりと相手の居場所を予測して発動しなければ当たらない。この技は繊細なコントロールと読みが必要なスキルなのだ。復讐に囚われた頭でそれを可能にするのは難しい。弱点はまだある。


「こ、こいつ! 俺に接近戦を挑むつもりか!! ガードもしないで避け切るつもりか!」

「どうかな?」

「ひっ! く、くそったれ……くそったれええええ!!」  


 スキルを発動すれば、殴った地点には攻撃が発生しない。また、何個もスキルを発動すると、操るのに意識を使いすぎて近接戦闘がおろそかになる。まとわりついてしまえば、自分に攻撃を当ててしまう恐れがあるため、容易にスキルを発動できない。黒島の【作用点Pムービングペイン】は本来は前衛を張るスキルではない。優秀な前衛やタンクがいて、初めて真価を発揮するサポーターなのだ。


「ふざけるな! ふざけるなよ!! 私をおちょくりやがって、どうして私がこんな目に!」


 黒島はスキルで上昇した魔力を使った近接戦闘に切り替える。俺は魔力量で負けているし、防御に魔力を回していない。ひたすら攻め続ければきついのはこちらだ。黒島は体に薄く魔力を纏いながら、両手に魔力を凝縮させる。どうやら、前回よりも魔力の使い方が上手くなっているみたいだな。

 俺を殴り続ける黒島。俺は間合いを見計らいながらバックステップを繰りかえし、ひたすらに退いて躱していく。黒島の間合いの一歩外をうろつきながら相手の攻撃を誘う。黒島の両手に魔力が再び凝縮する。どうやら、魔力弾をぶっ放すみたいだ。防御をしていない俺にとっては数重視の弾でも致命傷となる。


「おらよおおおお!!」

「ひいっ!! ……ぐぎぎぎぎぎ、ぐぎぎぎぎぎ」


 俺が拳を振りかざすと、一気に魔力がお腹に集中する。俺の腹パンへの恐怖が黒島の攻撃への手をためらわせていた。そんなこんなで動き続けること二分。お互いに息を切らし、俺の右手には黒島の集中防御を貫けるほどの魔力が溜まっていた。ここが正念場だと思ったのか、黒島はガードの魔力を身体強化と両手に回す。奇しくもお互いにノーガードの形となった。


「……私は乗り越える。お前という存在を。乗り越えて次に進んでやる。これは私の覚悟だ。お前のその攻撃さえ避ければ、お前は私の防御を破る手段を失う。逃げ続けても意味がない。私は逃げる男ではないのだ。お前の攻撃を避けて、お前に必ず一発ぶち込んでやる」

「いい覚悟だ。それじゃあ俺からも最後に一つ質問をしよう。お前はトランプの大富豪の中で何が一番好きだ?」

「何をいきなりと言いたいところだが、答えてやろう。そんなものジョーカーに決まっている。ジョーカーさえあれば何でもできる。ジョーカーを組み合わせれば勝てるものは存在しない。逆に聞こう。お前は何が好きなのだ?」

「俺か? 俺が好きなのは……11の革命だ」

「11の革命?」

「そうだ。イレブンバックと革命が同時に起こることで、最初は何も変化せずに進んでいく。だが、革命は既に始まっている。しばらくすれば役の弱い札が強くなる。時間差ってところがロマンだと思わないか?」

「私は大富豪の革命など嫌いだ。強い奴が弱い奴に負けるなどあってはならない。今の私のように、あってはならないのだ! 御託は終わりだ。さあ、攻撃してこい。お前の、最後の一撃で!!」

「望むところだ……いくぞ!!」

「来い!!」


 俺は左足を踏み出し殴りに行く……と思わせて右手を突き出し、魔力弾を放つ。黒島は予想外だったのか驚きの表情を見せる。勝負の行方は……、


「……私の勝ちだ!!」


 黒島は驚きこそしたものの、狙っていた場所が分かっていたのか、体を捻って回避した。俺が狙った場所は前回と同じ、黒島の腹であった。


「これで……終わりだああああああ!!」


 魔力を右手に全集中させて俺に飛び込んでくる黒島。……俺はふと目を閉じてある人の言葉を思いだす。


(「いいか、夜月の言う通り、素の攻撃はスキルありの魔力で簡単にいなされることが多いが、これを解消する手段が一つだけある。それは相手の攻撃タイミングにあわせて収束させた魔力で攻撃することだ」)


 ありがとう八重先生。あの時の教えは決して無駄にはならなかったよ。


「「っ!!」」


 静かになった空間で二人が息をのむのが分かった。それはなぜかって……答えは簡単さ!!


「何だ、この音は? 何が起こって、ぐはっ! ぐがああああ!!」


 先ほど放った俺の魔力弾が、後ろから黒島の腰に直撃していた。放った魔力弾が任意のタイミングで戻ってくる俺のスキルによって。


「言っただろう、編入生。このバトルは俺にとっちゃお遊びだと。革命は既に始まっているのさ」

「くそっ……くそがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「【進んで戻れイレブンバックレボリューション】」


 絶叫しながら吹っ飛んでいく黒島。前回と同様、観客席の壁に勢いよく激突した後、ずるずると地面に落ちていった。


「ふっ、勝者、八雲……」

「ま……まだ、まだ、だ……」


 ゾンビのように立ち上がった黒島ではあったが、目から光は消えており、魔力を練る力すらもないようであった。この執念だけは認めてやらないとな。俺は黒島の元へと歩み寄る。


「わ、わたしは、へんにゅうせい、へんにゅうせいじゃない……わたしのなまえは……」

「黒島秀吉だろ」

「……ははっ、そうだ。わたしのなまえはくろしまひでよしだ。ようやくおぼえたかっ」

「ああ、覚えたぜ。もう忘れることはないさ……最弱に二度も負けた男、黒島秀吉?」

「ぐぎっ!!! ぎっ、ぎっ、ぎっ、ぎぎぎぎぎ、ぎいいい……」


 壊れるんじゃないかと思うほどの歯ぎしりをした後、魂が抜けたかのように白目をむいて意識を失った。ふぅー、これでようやく終わったな。


「まったく、冷や冷やさせるんじゃねぇですのよ。お前が攻撃を外した時、終わったと思いましたわ」

「お疲れさまだ。随分と使い勝手の良さそうなものを持っているじゃないか。本当に底が知れない男だな」

「背後から攻撃するってのはどうかなと思いますがね。意外と難しいんですよ、このスキル」

「今回の件、本当によくやった。後処理は総務に任せて私たちは帰るとしよう」

「ほら、もっと喜んだらどうですの? 一番おいしいところを持っていった後で、両手に花を抱えているんですのよ?」

「まあ、確かに二人は魅力的な花かもしれんが、悪いな。俺は夜月咲耶一筋なんだ」

「ぷっ! ふははははははははは!! 全く、隅に置けない男だな」


 俺は勝利の美酒に酔いしれながら、あれやこれやと質問攻めにあうのであった。

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