第23話 賊

 シャングリラを出た俺は、約束通りエミリーの店へ向かう。

 気がつけば日も陰り、もう夕方が近い。

 ちょっとだけ顔を出して、一度、家に帰るとするかな。


 開店準備を始めた店もあり、ぽつぽつと灯が点いて昼間より少し活気が出てきた歓楽街の通りを進み、真っ黒な外観に派手な看板のエミリーの店が見えてきた。


 その時、俺のアンテナに何か引っ掛かるものを感じる。

 現役の時から戦争で鍛え上げられた、危険察知能力のようなものだ。俺はこの直観力を決しておろそかにはしないことにしている。


 関心のない通行人の振りをしてさりげなく観察すると、エミリーの店と隣の店との間にある暗がりに、不審な男が通りを見張っているのを見つけた。


 ではコイツは見張りか。ということは中にも賊がいるな。

まず見張りのコイツから排除しておこう。


 一度、エミリーの店をゆっくりと歩き過ぎ、ぐるっと通りを回り込んでから、隣の店の屋根にフワッと飛び乗った。

 屋根伝いに見張りの居る路地の奥へ進み、その背後に近づく。


 まだ俺に気づいていない見張りの男に、気配を消したまま飛び掛かった。薄暗くても目立つ派手な金髪ロン毛の男に背後からパッと口を押さえながら首に手を廻し、路地奥の暗がりに引きずり込む。

 背後から相手の首に回した手を、チョークスリーパーの要領で頸動脈を押さえると、金髪ロン毛男はあっけなく気絶する。


 念のため、こいつが着ていたシャツを脱がすと、破って紐代わりにして手足を縛っておく。

 ズボンのポケットにナイフを持っていたので取り上げ、財布も奪っておいた。


 エミリーの店に入る前に、ベルトのポウチから鉄球を取り出すと、両手にいくつか分けて握り込んだ。

 営業中、の札がひっくり返されて、準備中になっている店のドアを開けて入る。


「邪魔するでー」

「リュカさん!」

「おいおい、そこは緊急事態なんだから、いらっしゃいませーとか言うべきとこだろ」


 カウンターの内側で椅子に縛りつけられ、蒼い顔をしているエミリーが、俺を見て叫ぶ。

 俺は店に入って声を掛けながら、同時に素早く店の中を見回すと、エミリーにタガーナイフを突き付けていた若いチンピラのナイフをにぎった手とこめかみに、俺の右手に持った鉄球を指弾で撃ち込む。


 指弾が当たって右掌を鉄球が貫通し、ナイフが弾き飛ばされたうえ、こめかみに受けた強烈な衝撃で崩れ落ちるチンピラを横目に、カウンターの外で立っていた帽子の男が懐から短銃を取り出そうとしているのを見て取った。


 素早く左手の指弾で男が抜き出した短銃を狙って撃つと、鉄球に弾き飛ばされながら暴発したフリントロック式短銃の弾が、エミリーを掠めてカウンター後ろのドアに穴を開けた。


「ヒィィッ!」

 悲鳴を上げるエミリー。


 何が起こったが分からず、呆然としながら俺に向き直った帽子男の右膝と鳩尾に、左手に持った鉄球を指弾で叩きこむ。

「グェェッ・・・・・・」


 あまりの激痛に胃液を戻しながら、膝と頭を床につけて蹲る帽子男に歩み寄ると、背中の腎臓付近を踵で踏み抜き、失神させた。


「大丈夫か、エミリー。怪我はないか?」

「ありがとう、リュカさん。助かったわ」


椅子に縛りつけられていたエミリーの縄を解きながら、怪我がないか尋ねてみたが、どうやら大丈夫のようだ。


 次に男達から短銃やポケットに忍ばせていたナイフや財布を抜きとり、さっきまでエミリーを縛っていたロープで縛りあげる。

 路地に放置していた見張りの男も店の中に担ぎこむと、同様に縛っておく。


 俺は三人から取り上げた財布の中身を検めたが、流石に身分証のようなものは入っていなかった。財布から取り出した金はエミリーに差し出す。


「ドアの修理代に貰っとけ」

「まあ、遠慮なく貰っとくわ。それでこいつらどうするん?」

「まずはいろいろと聞かないといけないことがあるからな。それにしても、俺がシャングリラにいる間に、なにがどうなったらこうなるんだよ?」

「ウチかて、よう分からんわ。リュカさんに言われた通り、マルボーナファミリーとルーストの情報を集めていただけなんやけどなぁ。突然、押し入ってきたと思たら、縛りつけられて、誰に頼まれた? どこまで知ってる? ってナイフを突きつけられて・・・・・・」

「ふむ・・・・・・」


 俺は気絶している三人の男達に近づくと、着ている服を開けさせ、肌着をめくると首や胸を顕わにする。

 すると、帽子の男の首周りには蛇のタトゥーが、ぐるりと取り巻いていた。

 チンピラは左手首に、金髪男は左手の人差し指に、同じような蛇のタトゥーが巻き付いている。

「ルーストの構成員である印のタトゥーやね・・・・・・。帽子男のタトゥーって下士官クラスのヤツやわ。ということはやっぱこいつらはルーストってこと? 今まで情報屋やってて、ルーストから実力行使なんて受けたことなんて無かったんやけどな」


 エミリーがショックを受けたような、複雑な表情で俺を見る。


「それだけ、奴らも必死ってことだろう。しかし簡単に馬脚を露してくれたなぁ。これじゃまるでバーバラの手のひらの上な感じがして気に食わんけど。おいっ!起きろ!」

 俺は帽子男の横っ腹を蹴りつける。

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