第19話 指弾

「情報が少し古いな。もう俺は魔王軍を辞めている。それにその二つ名は好きじゃない」

「ふーん、完全には辞めてないって聞いたけど、間違っていたのかしら? 今回、いろいろと嗅ぎまわってくれて、ちょうどよかったわ。あんたに聞きたいことがあったのよ。

あの郊外の家に住み着いて、いったい何を企んでいるの?」

「なにも企んじゃいないさ。戦争も終わった事だし、ゆっくり暮らしたいと思ってね。

 自然豊かな場所で暮らそうと思ってあの家を買ったんだが、近くにハエが集ってる糞溜めがあったとは気がつかなかったよ」


 俺の言葉に取り巻いた野郎どもが気色ばむのが感じられた。

 殺気が俺に向けられるのが感じられ、空気に電気が通ったかのようにピリピリしてきた。

 こういう雰囲気、嫌いじゃないぜ。


「あんまり刺激しない方がいいわよ。こいつらの中には、あんたら魔王軍に身内や友人を殺されたヤツもいるんだから。仇を討ちたいって私に訴えてきたのもいたくらいよ」

「それはお互い様だろう。俺の親兄弟や親族は皆、人間軍に殺された。それを水に流して共に手を取りあおうって言うのが和平の謳い文句じゃなかったか?」

「そんなキレイごと、どうだっていいのよ。そう簡単に人の恨みは消えやしないわ」

「そうだな、それは俺たちの側も同じだ。それでも長い間続いた戦争が終わったんだ。これからはこの平和が束の間に終わるのか、それとも長く続けることが出来るかを問われている時だと思っている。なんとか折り合いをつけられなければ、再びあの暗い日々がやってくることになるだろう。俺はそれだけはゴメンだ」

「そうね、それは私たちも頭では理解しているつもり。でも人間って感情の生き物でね。

 バカみたいだけど、こればっかりはどうにもならないのよ」

「そうか、よくわかった。どうしてここに呼んだのか。要するに俺に喧嘩を売ってるんだな」


 俺は抑えていた殺気を全開にする。

 その途端、その部屋に居た全員が、重力が何倍にも感じられ、空気が物理的に重くなったように感じたはずだ。

 そして俺の身体が何倍にも膨れ上がって見え、身体全体から発せられた黒い靄のような殺気が、部屋中を吹き荒れるのを幻視したことだろう。


 実際に取り巻いていた野郎どものうち、何人もがへたり込んで歯をガチガチいわせながら全身が瘧を起こしたように震えているのが見えた。

 見た目ばかり厳ついくせに、だらしない奴らだ。所詮、弱い者いじめしかできない屑野郎なのだろうな。


 赤毛の女は、俺の殺気を受けて少しひるみ、思わずゴクッと唾を飲みこむ。

 それでも気丈に声を張って言った。


「早まらないで。なにもアンタと戦争しようって訳じゃないのよ。お互いの遺恨をここらで清算しておこうって話だわ。ウチの代表と手合せでもしてくれないかしら。それからゆっくりと話をしましょう」

「なんで俺がお前らと手合せしなければならないんだ? 後でゆっくり? 人に銃口を突きつけといてよく言うぜ」


 俺はそう言うと、ベルトのポウチから取り出しておいた直径一センチほどの鉄球を、両手に幾つか握ると、素早く両手の親指で弾き飛ばす。


 これは「指弾」という虎鳴流忍術にある暗器術の一種だ。

 前世の記憶によると、もともとは古代中国の暗器術で、直径一センチほどの鉄球や硬貨などを親指で弾き飛ばし、礫として使う事で不意を突く攻撃に用いられたものだ。

 それでも達人クラスだと、瓦に穴を開けたりするほどの威力があったらしい。


 この技を人狼である俺が使うとどうなるか。

 至近距離などではなく、本気で弾けば100メートルくらいは飛ぶだろう。もっとも、そんなに離れている相手なら別の手段で倒すから、飛ばしたことないけどね。

 だから、室内で10~20メートル程の距離なら、ほとんど前世の拳銃弾と初速や威力は変わらない。何なら人体くらい簡単に貫通させることもできる。

 

 しかし、今は殺すつもりではなく相手を無力化させるために少し手加減して撃つ。

二階やカーテンの影から俺を狙っているヤツら三人に、それぞれに一発づつ素早くお見舞いした。


「「ギャッ!」」

「ウゲッ」


 指弾を喰らって、たまらず得物を落としながら三人の男が転がり出てくる。

 落とした得物を見ると、短弓と単発銃だ。

 この世界ではまだ銃はそれほど一般的ではない。もちろん軍隊では使用されているが、原始的な燧石を使うフリントロック式の単発銃だ。

 俺の指弾が当たったらしく、銃は機関部がバラバラになり、使い物にならない。

銃を構えていた男の人差し指の先っちょが、バラバラになった部品と一緒に落ちていた。


 赤毛の女の顔が青ざめていた。


「待って! あたしはそんな指示なんかしてない!」

「悪いが信じられないな。まあ、ギャングってのは基本的に嘘つきだし、小汚い真似しかできないんだろうから、俺は驚かないがな」


 俺の言葉を聞いて、取り巻いていた男たちの中から、両手剣を持った男が進み出る。


 こいつ、人間なのだろうか、まるでオーガのような顔と体格の男だ。

 額に角が生えてても違和感がない、鬼のような形相は、怒りなのか元からなのか分からないが真っ赤になっている。2メートル近い身長と分厚い胸板や太い腕からは、暴力の世界で生きてきた男特有の嗜虐的な臭いすら感じられる。

 まあ、俺はどちらかと言うと細く見えるから、ヒョロイ奴と舐められやすいんだよね。

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