第18話 シャングリラ

 ラーメンの替え玉は諦めて、飯屋の勘定を済ませて外に出ると、エミリーの案内で指定された店へ向かう。


「そう言えば、若頭ってどんな奴なんだ?」

「バーバラ・フォリツシアーノ、25歳。赤毛の美人で、ファルトーネ・マルボーナの娘とも言われてるわ。もっとも、本妻ではなくて愛人の子だったって噂やけどな。

 性格は勝ち気でイケイケ。女だてらに剣術が好きで、なんでも二刀流を使うらしいで」

「ふーん、女だてらにねぇ。ただの親の七光りってわけじゃ無いんだな」

「まあ、なかなか面倒見もいいらしくて、ファミリーの中では割と人気あるほうみたいやなぁ。もちろん、それをおもろないと思うてる派閥もあるわけやけど」

「それで、マルボーナファミリーはバンパイアと何か関係はありそうなのか?」

「うーん、そこやねんけど、なにやらバンパイアとは揉めているような感じの方がするかなぁ。これからもう少し裏取ろうと情報を集めにかかってたら、いきなり若頭の使いが来たって感じやねん」

「えらく反応が良いな。手回しが良すぎると言ってもいい。何かありそうだ」

「こうなれば悪いけど、あとはリュカさんで直談判してもらうしかないかなあ」


 エミリーが申し訳なさそうに、俺の顔を窺ってくる。


「まあ、気にするな。なんとかなるだろう」

 そう言って、俺は隣のエミリーの頭をクシャクシャと撫でる。


「うわっ! なにすんの! やめてよ! セクハラやで!」

「はいはい、どうでもいいけど、この道で合ってるのか?」


 ギャーギャー騒ぐエミリーを無視して、俺は頭の中でマルボーナファミリーへの対応をどうするか、何パターンか考える。

 敵対か、話し合いか。それとも・・・・・・?

 あまり信用できるような相手でもないし、間違いなくひと悶着はあるだろう。

 まぁ、でも考えても仕方ないか。向こうの出方次第で、出たとこ勝負だな。



 歓楽街に戻りしばらく歩くと、大きな店が集まっている一番華やかな区画に出た。


 その中でも目立つのは、5階建てで城のような造りの娼館だ。

 看板にはでかでかと「シャングリラ」の文字が躍っている。

 

「あれがマルボーナファミリーの経営している店【シャングリラ】や。一階は食事や酒を飲ませるテーブル席がぎょうさん並んでいて、客はそこで腹ごしらえしながら女の子を選ぶってシステムなんやて」

「選ぶって、飯食いながらどうやって選ぶんだ?」

「食事や酒のメニューと一緒に、女の子の写真が載った冊子が出てくるらしいわ。それを見ながら酒飲んで、決まったら給仕に言えば、指名の女の子がいる部屋へご案内ちゅうわけやな」

「ふーん、悪趣味だねー」

「ホンマにな。あと、あの店には地下室もあってな。地下一階は厨房や酒蔵になってるんやけど、地下二階もあるらしいんやわ」

「らしい、とは?」

「地下二階に連れていかれた人で、誰も戻ってきた者はいないらしいわ。怖い話やと思わん?」

「怖いって言いながら、お前、笑ってるじゃねーか」

「だって、ウチは店の外の此処までで、店に入っていいのはリュカさんだけって言われてるしな。他人事って楽しいわぁ」


 ニヤニヤしながら俺を眺めていたエミリーは、俺の背中を平手でポンッと叩くと、真顔に戻る。


「冗談はさておき、リュカさん、マジで気ぃつけてな」

「任せとけ。お前はもう少し、他の情報当たっといてくれよ」

「わかったで。じゃあ、帰りに私の店に寄ってみてくれる?」

「そうしよう」


 俺はエミリーを見てフッと笑うと、またその頭をクシャクシャと撫でまわす。

 そして、触るな! とかセクハラ! とか騒ぐエミリーに背を向けると、シャングリラのドアを開け、中に入った。



 中に入ると、そこにはだだっ広い空間が生まれていた。


 エミリーの言っていたたくさんのテーブル席は、部屋の隅に片づけて積み重ねられ、ちょっとした闘技場くらいのスペースがつくられている。

 闘技場、と言ったのは、その広げられたスペースの周りには、ガタイは良いが、ガラの悪い野郎どもがズラッと並んで取り巻いていたからだ。

 こんな見た目だと、どうしても野球のダイヤモンドくらいとか、テニスコートほどとかの比喩は使い難いわな。

 そして野郎どもはそろいもそろって、俺に殺気を向けて睨みつけてくる。

 これはまた、ずいぶんと盛大な歓迎っぷりだな。


 俺は思わず、唇の端が吊り上がり、笑みがこぼれたのを自覚する。


 一階の一番奥に二階へ上がる吹き抜け階段があり、その階段が左右に分かれる踊り場近くの階段に赤毛の女が座っていた。

 赤毛の女は、俺が店の中に入ってくると、ジロッと睨め付けるねめつける


「あんたが魔王軍諜報部忍者部隊ナイトウォーカーの長官、リュカオーン?

 それとも二つ名の”黒狼”のほうで、呼んだらいいのかしら」

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