6-4 一花ちゃんには、知られたくなかったな。
私の目から大粒の涙がこぼれてくる。
溢れてくる気持ちを抑えることができなかった。
「仁美は、私の夢だけじゃなくて、私の最低なところや汚いところ、全部受け止めてくれたのに。なのに私は、私の都合で約束守ってあげられなくて。頑張っていた仁美に冷たくして、酷いことたくさん言っちゃって。だから、仁美の気が済むなら私なんて、仁美になにをされても仕方ないのかなって……。でも、やっぱり私、まだ生きていたくて。だから、また仁美の事を傷つけたりして。私、もうどうしたらいいの?」
みくりは、一花の懺悔に対していっさい口を挟まずただただ聞き続けていた。
その視線は乾いていて、つまらないものを見る眼差しだった。
私の話が終わると、
「はぁ、分かった、もう充分」
みくりは大きくため息をついた。
「もうなにもかも辻褄が合っちゃったわね」
「やっぱり、仁美が憎んでるのって私ですよね? ううん、恨まれて当然だと思ってる。あの子はただ、私と一緒に夢を追いかけようとしていただけなのに。私はあの子の気持ちを徹底的に踏みにじってしまった。みくりさん、私が仁美に命を差し出せば、彼女の恨み、晴らせるんですかね?」
「アンタ、勘違いしてるわ」
「え?」
「アンタは自分のワガママのために、仁美の心を深く傷つけた」
「……………………」
「でも、それはイコール、仁美がアンタを憎む理由にはなってない」
「え?」
みくりの目はとても真剣なものになっていた。
「まぁ、傷付いて深く悲しんでたのは当然だけどね。でもね、仁美がアンタに向けているのは、あくまでも純粋な愛情よ。だからアンタが彼女に命を差し出したところで、あの子の恨みは晴れないわ」
みくりは自分の頭を抑えてかぶりを振った。
「はぁ、何もかも裏目に出ちゃったわね。こんなことならお姉さん風吹かして安易にあの子をデビューなんかさせなきゃよかった。親の因果が子に報う、か……」
「それってどういう……」
彼女が何を言っているのか分からなくなり訊ねたが、しかしみくりはこちらの質問を無視して質問をぶつけてくる。
「一花、一つ聞かせて。あなたにとって仁美は何? ただの友達? それともストレスのはけ口のための便利な道具? それとも、ほんのちょっとでも、あの子と同じように恋愛感情を持っていた? あの子にとって、一番大事なのはそこなのよ?」
「……………………」
そう訪ねられるが、今の私は、いろんな感情が入り混じってまったく整理がつかない。
「そんなの、もう考えたって意味なんかないですよ」
こんなことを言ってはいけないのはわかっていたが、それでも私は諦めきった、投げやりな言葉を口にしてしまう。
「それにどうせ仁美はもう生きてはいなくて、私は仁美に恨まれてる。だったらもう、私が自己中なワガママで振り回したのと同じように、私も仁美のワガママに振り回されてあげれば……」
「はぁー。アンタ、何も分かってないのね。あのね、そもそもあの子が恨んでいるのはアンタじゃなくて、――――うっ!」
みくりが突然苦しそうな声を上げて、自分の顔を抑える。
「みくりさん!?」
「あ、ああ……………! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」
突然、みくりの端正な顔が苦痛に歪み、ドロついた原色の液状に溶解する。
そして何度となく聞いた、仁美の振るおもちゃのガラガラの音が鳴り響く。
「口が軽すぎるおしゃべりなみく姉ぇは――」
「――――ッ!」
仁美の声が聞こえたとたん、みくり顔がさらに苦痛で歪んだ。
「おいしいアイスになって溶けて消えちゃえ!」
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」
断末魔の叫びをあげ、みくりだったそれは地面にべちゃりと落ちたアイスのように潰れ、そして溶けていった。
「あはははははははははははは♪ 一花ちゃん、みーつけた♪」
「ひっ、いぃっ…………」
突然すぎるみくりの死を目の当たりにし、私はその場に腰を抜かして倒れてしまった。
そんな私を見下ろして仁美がどす黒い悪意に満ちた目で笑う。
「フフ♪ 怯えてる一花ちゃんも可愛いなぁ♪ 震えてる声も、かわいい♪」
「なんで、なんで、こんなこと……」
みくりが私の目の前で命を落とした。
仁美に命を奪われた。
おぞましい最期を迎えたみくりを見て、私はもう錯乱していた。
「なんでって、言ってるじゃない。みく姉ぇ、私の事を詮索するし、一花ちゃんに私のパパの事とか、余計なことばかり吹き込んでる。それで私たちの二人きりの時間を台無しにしようとするんだもん」
仁美はなにが面白いのか、クスクスと笑いながらそんなことを言う。
「私は過去も未来も将来の夢も何もかも捨てて、ただ一花ちゃんと一緒にいたいだけ。私は一花ちゃんと、余計なしがらみを全部捨てて、いつまでも楽しく遊んで暮らすの♪ それが私の幸せ♪ 本当に望んでいること♪ あはは♪ 邪魔する奴は全員殺しちゃうんだぁ♪」
「う、うぅ……」
仁美がゆっくりと私に近づいてくる。
「ねえ一花ちゃん、一花ちゃんが私に命を差し出したら、私と同じになってもらおうかなぁ? そうしたら、私一花ちゃん、ずーっと一緒にいられる?」
「ひっ――!」
私は罪悪感に負けて、仁美に命を差し出してもいいと、さっきまで思っていた。
たがさっきまで感じていた罪悪感すら吹っ飛んで、私は狂乱した。
「いやだ! いや! やめて! 助けて……!」
私はみっともなく命乞いをしてしまった。
そんな私を、仁美は愉快そうに見ていた。
「あはは♪ 一花ちゃん、そーいう声も出せるんだねー♪」
仁美の手が私の顔に触れる。
「もっと聞かせてよ、一花ちゃんの声♪」
彼女の吐息が感じられるほどに、彼女の顔が近い。
――と、
「うっ――!」
突然仁美の身体が、見えない力によって私から引きはがされる。
「逃げなさい! 一花!」
アイスのように溶けて消えたはずのみくりが背後から仁美を拘束した。
「みく姉ぇ……!」
「私の魂が消え去るまで、なんとか仁美を抑え込む! 私が調べたことは全部あなたにゆだねるから!」
「……………………ッ!」
仁美はみくりの言葉に一瞬動揺した。
「あなたが仁美の魂を負の想念から解放して、魂を救ってあげなさい!」
「一花ちゃん!」
みくりは再びアイスのようにドロドロに溶けて消える、仁美を巻き添えにして。
「絶対に見ちゃダメ!」
そして仁美とみくりは溶けて消え去った。
現実離れした光景に呆然とする私。
まるで何もかもが嘘だったかのようだ。
私は精神的にも肉体的にも限界で、もう何も考えられず……、
私は家にたどり着くなり、そのまま倒れるように眠ってしまった。
やがて目を覚ます。
そしてみくりの言葉を思い出し、郵便受けを探ると、封筒が届いていることに気付いた。
それは仁美のカセットテープと、それからみくりが書いた手紙も入っていた。
そこには仁美の負の想念の根源、私が知らない事実が端的に記載されていた。
「…………そんな」
みくりの手紙を、私は落としてしまう。
「そんなことって…………」
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