3-3 私たち、ずっと仲の良いお友達だよね?

「いーちーかーちゃーん♪」

「ひっ――――!」

 遠くから仁美の声が聞こえてびくりとする。

「ああ、もうここまで来ちゃったわね。アンタは先に行きなさい」

「分かりました」

「あ、一花……」

「は、はい」

「一応クギを刺しておくけど、もしなにか隠し事があるなら包み隠さず言った方が身のためだからね? あの子が一緒にいたがるってことは、あなたが恨みの対象ってわけではないだろうから問いただすのはやめてあげるけど。でもアンタと話してて、アンタがなにかを隠したがってることはうすうす勘付いたわ。なにを隠したいのかは知らないけど、それは自分の命よりも大事な隠し事なわけ? 仁美の事を想うなら、ちゃんと考えることね」

「………………………………」

 私はみくりの言葉になにも言い返せず、

 そのまま教会から出た。


 外はあの不思議なアトラクションのような世界ではなく、いつもの学校の風景が広がっていた。

 夕焼けに照らされた仁美の姿が目に入る。仁美もこちらに気付いて、手を振りながらこちらに近づいてきた。

「一花ちゃん、良かった。さがしてたんだよ、いきなり飛び出すから心配しちゃったよ」

「ご、ごめん」

 私は仁美を刺激しないように、彼女の顔色を窺う。

(この仁美が、怨霊で妖魔?)

 にわかには信じられない話だ。

 でも、私は既に何度も、イリュージョンまがいの怪奇現象に見舞われてしまっている。

 こうしていると、何もかもが悪い夢だと思いたくなるし、実際に私は何度もそう思った。

 でも、やっぱりそうなんだ。

 仁美は私の頭に手をポンと乗せる。

「もう放課後になっちゃったから、かえろ? 先生には掃除は終わりましたって伝えたからさ」



 今日は仁美は放課後にどこかに寄ろうとも、家で遊ぼうとも言ってこなかった。

 たぶん放課後に二人きりでお掃除ができて、それで満足したのかもしれない。

 私は家に帰るなり、自室のラップトップを起動させ、真っ先にあのことを調べた。


 ――仁美が自殺したことだけでなく、仁美が声優としてプロデビューしたことが"なかったこと"にされてるの。


 仁美が声優デビューしたことが本当に抹消されているのか。

「蓼原仁美」で検索して、すぐに気付いた。

「……ホントに全部消えてるんだ」

 ニュースでヒットしないのと、出演予定だったアニメのキャスト情報にも、蓼原仁美の名前は一切掲載されていなかった。

「じゃあ、あっちはどうなってるの?」

 私はアプリを立ち上げて動画サイトを見る。

 そして私と仁美の二人で、少し前までやってたチャンネルを探した。

「……ウソでしょ? こっちまで消えてるの?」

 指を噛んで、得体のしれない恐怖を抑え込もうとする。

 私と仁美の二人で作ったはずのボイスドラマの動画。

 それがアカウントごと無くなっていたのだ。

 もしかしたらこちらは、仁美が私に何も言わずにひっそりとアカウントごと消した可能性も捨てきれない。

 だが、だとしても動画をアップするたびにSNSで拡散はしてたし、他の人たちも私たちの動画について話したりしている投稿を見かけたことがある。

 しかし、SNSを知らべてもそうした投稿は一つも存在しない。

 つまりこちらも仁美の声優デビューの件と同じく"無かったことになってる"のだ。


 ――もう半年くらい前にね、仁美がいきなり"声優になりたい"とか言い出して驚いたわ。

 ――"みくねぇ"としては、夢を叶えて幸せになってほしいと思うのは当然でしょ?

 ――だからこそ、どうしてその夢まで消し去っているのか、それがとにかく気になるのよね。


 みくりの話を聞く限り、みくりは私が声優を夢見ていたことは知らないようだった。

 一花が先に声優に憧れてて、そんな私に仁美が付き合う形で一緒に夢を見てくれてた。

 これを知ってたら「仁美がいきなり"声優になりたい"とか言い出して驚いた」なんて言わないはずだし、もっと強く問いただされていたことだろう。

(もしも、仁美が声優デビューしたことや、私と一緒に活動してたことまで全てをなかったことにしたのなら――)

(やっぱり、仁美が恨んでいるのは私だよね?)


 昨日私は、そのことを謝ろうとした。

 でも謝ろうとした瞬間に怪奇現象が起きて、私の意識は失われた。

 つまり仁美は、私から謝罪されるのを拒んでいるのかもしれない。


 ――もし一花ちゃんとやり直せるなら。

 ――今度は普通に恋がしたいな。


 それが望みで妖魔になっているから、恨みの気持ちを取り除かれたくない?


 ――もしなにか隠し事があるなら包み隠さず言った方が身のためだからね?

 ――なにを隠したいのかは知らないけど、それは自分の命よりも大事な隠し事なわけ?


 全てをみくりに伝えるべきなのだろうか?

 仁美の願いをかなえて、人見と一緒にいて上げた方がいいのだろうか?

 ふと、仁美から送られたあのカセットテープを押し込んだ引き出しに触れる。

 本当なら、このカセットテープをみくりに渡すべきなのだろうが……、

 やっぱり、まだ私は醜い自分に向き合う勇気が持てなかった。

 と――、

 ブー……ブー……ブー……。

 背後でバイブ音。

 それは自室に入った時、ベッドの上に放り出したスマホだった。

 ベッドに移動してスマホを見ると、それは仁美からの通話だった。

 応答を拒否しようかとも思った、だが。

 みくりの話を聞く限り、仁美の意に反するようなことをして刺激をしない方がいい。

 恐怖で手が震えるのをぐっとこらえて、私はベッドに座って応答した。

「もしもし、仁美」

「こんばんは、一花ちゃん、ごめんね。夜に急に電話しちゃって。なんか一花ちゃんの声が聴きたくなっちゃったの。もしかして寝てた?」

「あ、うん。なんかもう疲れが酷くて……」

「あ、ごめん、起こしちゃったかな?」

「大丈夫、ちょっとウトウトしてただけ。仁美は何してたの?」

「私はさっきまでお風呂入ってたの。でもなんか夜に静かだとすごく寂しくなっちゃって、それで一花ちゃんの声が聞きたいなーって」

「そうなんだ」

「私、一花ちゃんの声が大好きだから。ねぇ、一花ちゃん。もっと一花ちゃんの声、たくさん聴かせてほしいな」

(…………なら、なんで)

(なんで、私たちのお芝居の思い出まで消しちゃったの?)

 そう聞きたい気持ちをぐっとこらえる。

 恐らくそれは、仁美が妖魔となった"負の想念"と関係している。

 私はきっと、そのことにもう気付いている。

 私のせいだ。

 仁美はこんなことになってしまったのは、私のせいなのだ。

 ――でも、その事実に向き合う勇気は私にはない。


 ふと、昨日仁美から手渡されたベビーチャイム、あのガラガラのオモチャが目に入る。

 それでも、もしもこれが仁美が望んでいることなのであれば、

 私にとって彼女の願いに付き合い続けることが罪滅ぼしになるのかもしれない。

 でも――、


 ――このまま放置していれば間違いなく彼女の負の想念は暴走を始める。

 ――周囲に災厄を振りまき、そして最終的には人を呪いの力で殺してしまうでしょうね。


 みくりの話が本当なら、きっと彼女と一緒にいられる時間はそんなに長くないはずだ。

 どういう結末であれ、遠くない未来、いずれお別れなのだ。

「一花ちゃん?」

「ごめんね、仁美」

「なにが?」

「あ、その、ぼーっとしちゃってさ。……ねぇ、仁美」

「うん?」

「こうやって二人で話してるの、私、なんかすごく懐かしく感じるね」

「えへへ♪ 一花ちゃん、変なのー♪ 私たち、ずっと仲の良いお友達でしょ? これまでも、これからも」

(お友達、か……)

「そうね、私たち、友達だもんね」

 そんな感じで世間話をしていた私だが、

 私は次第に、強烈な眠気に襲われてしまう。

 そしてベッドの上で、私はうとうとして眠り込んでしまった。

「すぅー……すぅー……すぅー……」

「一花ちゃん? もしかして寝落ちしちゃった?

「………………………………」

「………………………………」

「………………………………」

「おやすみなさい♪ フフフフフフフ♪」


 ガラガラガラガラガラガラガラガラ…。

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