わたくし、リカと申します

若奈ちさ

わたくし、リカと申します

 もうすぐバイトがあがる時間だなと時計を見上げたときだった。

 店内にチャイムが鳴った。電光板を見ると7番テーブルからの呼び出しだった。

 注文の品はすべて運んであるので、追加の注文だろうか。

 もしもクレームだったら面倒くさいなと思いつつ、純也は「お待たせ致しました」と声をかけた。


「これなんだけど」


 と、若い女性客が見せたのはスマホだった。

 クーポンか何かだろうかと、画面をのぞきこむも、なにも表示されていない。

 チラリと女性客の様子をうかがう。


「さっき、電話が鳴っててね、テーブルの下をのぞいたらこれが落ちてたの。前の客の忘れ物なんじゃない?」


「あ、すいません」


「自宅って表示されてたから、持ち主がかけてきたのかも。面倒くさかったからとらなかったけど」


「ありがとうございます。こちらから連絡を取ってみます」


 やっぱり面倒なことだったかと思いながら丁重にスマホを受け取る。

 裏側の感触が変だった。

 ひっくり返すときらめいた小さなストーンがデコレーションしてある。

 自分でやったのかはわからないが、明らかに女性ものだった。

 機種はずいぶんと古いように思う。

 頻繁に買い換えられない中高生あたりが持ち主だろうか。


 しげしげと見ていると着信音が鳴った。

 確かに、相手は『自宅』だ。

 自宅に戻ってスマホがないことに気づき、家の電話からかけているのだろう。

 

客が早く出ろといわんばかりにこちらを見ているので、軽く頭を下げて裏へ引き返しながら電話に出た。


「もしもし」


「あ、もしもし。わたくし、リカと申します。そのスマホの持ち主ですけど」


 電話に出たのは遠慮がちながらも甘えた声をした女だった。

 若いといったら若そうな声だ。


「やっぱり持ち主の方でしたか。勝手に出てしまってすいません」


「いえ、どこで落としたからわからなかったものですから。そちらはどこでしょう?」


 純也は店の名前を告げた。


「ああ、そこか。よかった。でも今からそこまではいけないなぁ……」


「自分、ここの店員だけど、こちらで預かっておきますよ」


「うーん。でもないと困るし。駅まで来られません?」


 なんて厚かましいことをいうのか。

 店から駅までは歩いて15分くらいのところだ。

 自分は原付バイクだからそれほどには時間はかからないが、そこまでしてやるのはさすがに業務外だ。


「あ、ちょっと待ってください。店長とかわりますね」


 レジで接客を終えた店長に駆け寄り、事情を説明して交代してもらう。


「はいはい。ええ、わかりました。今、バイトが終わる者がいるので、彼に届けさせますよ」


 嫌な予感しかなかった。

 電話を切ると店長は純也にスマホを突き出した。


「バイクで来ていたよね。バイトも終わりだし、届けてくれない?」


 なんと答えようか迷ったがとりあえず不服そうな顔をしてみた。


「一時間付けるよ」


「え?」


「バイト代、一時間付けるから。ちゃんと持ち主に返してきて」


 一時間なら割に合う仕事だと純也はすんなり受け取った。

 店長もSNSで逆恨みのようなことを書かれるくらいなら安いものだと思ったのかもしれない。


 純也はすぐに帰り支度をし、バイクで駅に向かった。

 自宅の方向とはちょっとズレているが、反対方向というわけでもない。

 早く来てくれればいいのだが。


   ※


 駅に着くと着信が鳴った。

 見ればまだ『自宅』だった。


「もしもし? もう駅に着いてるんだけど」


 いらついた口調に、相手は少しひるんだようだった。


「ごめんなさい。ちょっとしたハプニングがあって。アサヒ公園って知ってます?」


「知ってるけど。なんなの」


「そこまではすぐなんで。こられますか?」


「わかったよ。すぐに来て」


 もめることさえも面倒になってそう答えていた。

 その公園は純也が住んでいるアパートから近いところにある。

 ちょうど通りかかるのでそこまでなら持っていってもいいだろう。


 純也はまたバイクを走らせ公園までやってきた。

 こんな時間とあってひとけもない。

 公園の中にあるいくつかの灯りが辺りを照らしているが、なんとも心許なかった。


 ほどなくしてまた着信が鳴った。

 相手は2台もスマホを持っていないだろうから、今度も『自宅』からだと見る前から予想がついた。

 怒りにまかせて通話ボタンを押す。


「なにもたもたしてんの。自宅まで届けさせる気?」


「ダメですか? ミサキJコーポっていうアパートなんですけど」


「は? そこは……」


 と、言いかけて口をつぐんだ。

 そんな偶然があるだろうか。

 そこは純也が借りているアパートの名前だった。

 ――この女はオレの自宅を知っているのか。

 なんとなく自分が住んでいるところを知られたくなくて知らないふりをする。


「不動産屋じゃあるまいし、知るかよ。これは明日駅前の交番に届けておくから」


 そういってスマホの電源から切った。

 店長には駅で1時間待ったけど相手が現れなかったので交番に届けたといっておこう。

 振り回されてはいるが、バイト先を出てからさほど時間を要したわけでもないし、まぁいいかと納得させる。


   ※


 自宅に戻って明かりをつけた。

 同時に着信が鳴ってビクリとした。

 自分のではない。

 あの落とし物のスマホの着信だ。

 なぜだろう。電源の落とし方が違っていたのだろうか。

 ポケットから取り出してみると、相変わらず『自宅』からの電話だった。


「もしもし?」


「……ねぇ、なんで、わたしの部屋に、いるの?」


「え?」


 部屋の窓に映る自分と不意に目が合った。

 自分の後ろに人影が映ったような気がして振り返る。

 いや、誰もいるはずがない。

 いるはずなんてないじゃないか。


 ただ、そこには――下駄箱の上には、前の住人が忘れていったという昔ながらの黒電話が置かれてあった。


   ※


 純也は部屋を飛び出るとそのあしで不動産屋へ向かい、あのアパートで過去に何かが起こったのではないかと問いただした。

 前の住人はストーカー被害に遭っていた若い女性で、殺されたのだという。スマホを落としたことがきっかけで自宅を知られてしまったらしい。

 そんな話しは聞いてないというと、息絶えた場所は玄関を出た共有スペースの廊下で、室内ではないといいわけをした。


 この世に呪いがあるかなんてわからない。

 だから九死に一生を得たのかもわからない。

 だが、純也はすぐに引っ越しをして、今も穏やかに日々を過ごしている。

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