第15話 幸と不幸(中編)
色々な感情を抑えて、智久は機上の人になっていた。忌明けの為の帰郷で、日帰りの弾丸日程である。正午の予定で納骨を済ませ、その脚で蜻蛉返りをして帰京する。
だが飛行機の時間上、二時間程蒼子と話す時間がある。二時間で全てが解決する筈はないのだが、智久には必ず確認しなくてはいけない事が幾つかある。それ次第で、今後の関係が決まるだろう。そんな思いを抱いて、智久が乗る飛行機は故郷へと向かっていた。お寺さんとは、琴美家の墓がある霊園での待ち合わせになっている。蒼子も霊園で現地集合という事になっているのだが、智久は実家に向かう事にしている。何故ならば、お位牌に遺影、そして遺骨など絶対に必要な物を持って来ない可能性があるからだ。自分の親であろうが何だろうが、自分に直接関係の無いものと捉えて非常識な判断や行動をとる。琴美蒼子とは、そういう人間なのだ。
空港に着き、タクシーに飛び乗って実家へと向かう。当然、蒼子には何の連絡もしてはいない。何せ蒼子からは、携帯番号を削除してくれと言われているのである。実際に削除はしていはないが、取り敢えず相手に合わせておく事にしている。
空港から渋滞にも引っ掛かり、小一時間ほど掛かって実家に到着する。智久はタクシーを待たせたままにして、実家のインターホンを押した。二十秒程して、驚いた感じで蒼子か応答する。
『あっ・・・・あれ?少々お待ち下さい。』
暫くすると、慌てて蒼子が出て来た。派手な赤いTシャツという、ラフな部屋着で出て来た。困惑した感じで、何とか蒼子が言葉を絞り出す。
『今日は、如何いった御要件でしょうか?急に来られても、こちらとしても迷惑なんですが!』
ゆっくりと話しながら、ゆっくりと憎たらしいいつもの蒼子になっていくのが智久にはっきりと分かった。玄関から出て来はしたが、門の所で立ち止まり施錠をしないまま智久を睨んでいる蒼子に軽い感じで応えた。
『いや、今日は貴方に用があって来たんじゃないんでご心配なく。そんな事よりも私は本日、亡き母・絹子の忌明けに伴い納骨をいたしますので。亡きお袋様の、遺影に位牌と遺骨を受け取りに参りました。大至急受け渡して頂きたいので、門の解錠をお願いします。正午にお寺さんと、霊園で待ち合わせていますので。』
無言で解錠する蒼子を横目に、智久はズカズカと実家に入って仏壇の前まで留まる事なく向かった。遺骨と位牌を初めにタクシーまで運び、その後数珠や線香などを手早く運んだ。忘れ物がないかを確認する為にもう一度戻ると、甲高い声でチャロが激しく絡んで来た。腰を下ろすと、顔中を舐めて大変な歓迎ぶりである。そうしている所に、蒼子が話しかけてきた。
『あらあら、普段は愛想がないのにエライ歓迎ぶりやないね。現金な犬やねぇ。そのまま東京に、連れて行ってもらえばいいのにさ。』
憎まれ口をきく蒼子に、智久は無感情なまま忠告をした。
『チャロの事はいいとして、貴方は如何なされるおつもりですか?世間一般的に納骨には、遺族は出るものですがね。喪服を着ていないって事は、欠席されるという事でよろしいですか?何分こちらも、時間に余裕がないものですので。出席されるのであれば、急いで準備して頂かないと迷惑なんですが。』
智久がそう言うと、蒼子は顔を引き攣らせながら自室へと走って行った。
待つ事十分、喪服を身に纏った蒼子が憮然として現た。
『お待たせしました。』
智久は抱いていたチャロをソファーに乗せ、軽く頭を撫でて待たせているタクシーへと向かった。
『すみません、〇〇霊園までお願いします。』
助手席に蒼子が乗り、乗務員に世間話しをしながら霊園へと向かう。相変わらず外面が良いと言うか何と言うか、そう思いなが数年前に大学病院へ向かう道中も同じだったと回想していた。
霊園に着くと、既に住職が到着して待っていた。そして、二十分程お経をあげて納骨を済ませる。墓の掃除をして一段落すると、帰る準備を始めた蒼子に智久が問い掛けた。
『何か俺に、話しをしなくちゃいけない事があるんじゃないかな?』
口元を緩ませながら、蒼子が智久に聞き返す。
『私が・・・・?』
『そう、・・・・何かあるんじゃないかな?いや、・・・ある筈なんだけどな!』
蒼子は戯けた様に、オーバージェスチャーで返す。
『いいえ、・・・・なぁ〜んにもありませんが。』
溜め息を吐きながら、智久が口を開く。
『ふぅ〜・・・・・じゃあこっちには、如何しても確認しておきたい事があるんで聞かせてもらうけどさ。貴方は、個人情報保護法って知ってるかな?氏名・性別・生年月日・住所など、携帯電話の番号から勤務場所や家族構成や写真とか。今の世の中あらゆる個人情報を悪用されないように、厳しく取り締まって保護しようって法律があるんだ。ニュースとか見ねぇのかな?何勝手に俺の、住所や銀行口座番号を無断で不動産屋に垂れ流してんだ?刑事罰で一年以下の懲役か、百万円以下の罰金になるんだけどさ。貴方は、それを承知でやってんのか?』
蒼子は当然、都合が悪い事には黙秘である。
『それと、遺産分割協議って知っているのかな?遺産相続の話し合いなんだけどさ、貴方と鷲巣さんもかな?遺産の総額を、俺に隠したまま何やら進めているみたいだけど。相続税の納付は十ヶ月以内と決められている、・・・・それを分かってて俺に何も教えずに話し合いもしないって事をするのかな?それとも、今から話し合いをするつもりなのかな?』
『・・・・・・・。』
『お互いに弁護士をたてて、一から話し合いをする事にしようか?何を聞いてもダンマリなんだし、会計事務所での話し合いも来やしねぇんだからさ。誠意のない人間は何にも感じないんだろうし、弁護士同士の方が良いんじゃないかな?』
すると、蒼子が珍しく下手に出たきた。
『それは、申し訳ありませんでした。弁護士をたてるのはやめて下さい。』
『でも、話し合いにはならないでしょ?携帯番号は削除しろって事は、縁を切ってくれってのと同じ事だろ?そんな手紙と、銀行口座なんかを他人に教えられた事が同時に起きるんだもん。貴方の事を、信用しろって言うのは虫が良すぎるでしょう?』
『・・・・・。』
『半月後に、初盆でもう一度帰郷します。その時に、誓約書を書いて頂きます。私の個人情報を垂れ流さない事や、相続に関しての約束事を誓約してもらいそれを書状にします。それに、署名捺印をして下さい。そうじゃないと、貴方の事は全く信用できませんから。』
『・・・・分かりました。』
『それと相続税の納付は、世間一般的には相続人が一緒に申告します。貴方には、そのつもりがあるんですか?無いようでしたら、初めから別々に申告すると言う事にしましょう。』
『一緒に申告します。』
『分かりました。貴方は、税理士と契約していますか?』
『いいえ・・・・。』
『(有)コトミで、契約している税理士もいないんですね?』
『はい、・・・・税理士と契約してはいません。』
『じゃあ、こちらで用意した税理士でも構いませんか?』
『はい。』
『連絡取れないとか、非協力な行動をするんじゃないんですか?』
『いいえ、・・・・・しません。』
『分かりました。ではその事も含めて、八月十四日に帰郷した時に誓約書を持って来ますんで。それに署名捺印してもらいます。良いですか?』
『はい。』
『次に会社継続の件ですが、私は貴方の会社継続に一切関係しません。貴方がやりたいのであれば、ご自由になされるが良いでしょう。不動産においても同じです。相続の総額を、
『・・・・・分かりました。』
『最後に、・・・・如何しても私と縁を切りたいのであれば構いませんよ。今すぐにでも、琴美家の戸籍から抜いて差し上げますけど。如何致しますか?』
『・・・・・・。』
『返事が無いと言う事は、戸籍から抜いて構わないと言う事ですね。分かり・・・』
すると、蒼子が被せてきた。
『いえっ・・・・、戸籍はそのままにして下さい。』
『えっ〜、・・・・・携帯番号は削除してくれって言っといて。私と赤の他人になりたいんでしょう?無理しなくても良いんですよ!良い機会なんで、他人同士になってスッキリしましょうよ!』
『・・・・・・。』
『ふっ、・・・・・取り敢えず戸籍の事は置いておくとして。そう言う事で、お盆に誓約書に署名捺印してもらうんでよろしくお願いします。こちらとしては、話し合いなど無駄だと言う事が解ったんで現金での請求以外には応じません。鷲巣会計士と相談されて、入金日までの入金をお願いします。まあ何回かの分割払いになるとは思いますが、この支払いにおいても音信不通などの事態になる事が想定されます。その時には、裁判所に申し立てを致します。私からの話しは、以上になります。』
『・・・・・。』
『色々と持って帰っていただく物は、お任せしてもよろしいですか?』
『はい。』
『私は帰りの飛行機の時間がありますので、ここで失礼させて頂きます。では。』
智久は、待たせておいたタクシーに乗って空港へと向かった。睨みつけている蒼子の視線を、痛いほど背中に感じながら。
智久は、タクシーに揺られながら考えた。蒼子と鷲巣が、何を考えているのかを。
鷲巣が相談に乗っていて、いろいろ助言しているのは間違いない。そして、事務所で口論になった際に言っていた事。
「私は、お姉さんに依頼されている・・・・」
だが今蒼子は、税理士とは契約していないと言った。
「如何いう事だ?」
どちらにしろ、こちらが依頼した税理士の下申告する事になれば分かるだろう。相続の全貌も、二人が何をしようとしていたのかも。
智久を怒りの視線で見送った蒼子は、鷲巣の事務所に向かうか如何かを暫し考えていた。勿論今智久に言われた事を相談したいのだが、鷲巣では解決出来ないのではないかとも思っていた。鷲巣の計画とは、正反対の智久の対応。
「一度弁護士に相談するべきなのか?でも・・・・・、出来る訳がない。」
一瞬そんな思いが頭を過ったが、取り敢えず現状報告を兼ねて鷲巣の事務所へと向かう事にした。智久が言っていた(有)コトミの資産価値は、鷲巣の資料では一億四千万円になったいた事を蒼子は解っていた。その半分を、現金で請求すると言うのだから只事ではない。こんな事は、鷲巣の言っていた予定にはなかった。父親の代から会社の会計士として関わっていた鷲巣が、親身になって相談に乗ってくれた。
そうして辿り着いた結論が、父親亡き後母絹子の看病をしながら一人で琴美家の舵取りをして来た蒼子が75%に。東京で好き放題暮らしている智久には、残りの25%を相続してもらう。これが何十年も実家にいて、苦しんできた蒼子の当然の権利であると。遺族である智久にも権利があるが、全ての面倒臭い事を蒼子に押し付けて来たのだから少ないのは当然だと。
この話しを聞いた時に、蒼子は勿論当然の事だと思った。特に何をしている訳ではないが、東京で好き放題生きている智久が優遇されるのは可笑しいのは納得できる。
しかし(有)コトミの資産総額の半分を請求されるとなると、初めから半分ずつの話し合いをしておけば良かったのかもしれないとも思いだした。その後から、智久を除外していく事も出来たかもしれないと。
そんな事を考えながら、蒼子は厳しい表情で鷲巣の事務所のドアを開けるのだった。
一方蜻蛉返りした智久は、早く報告してほしい絵里の視線を感じながら風呂上がりの一杯に喉を鳴らしていた。
『トモ君!ねぇ〜・・・・如何だったの?早く教えてよ!』
少しニヤけながら、智久がグラスを置いて話し出す。
『分かったよ!特別、変な展開にはならなかったよ。絵里と相談した通りに、色々な約束事を制約してもらう事に同意してもらった。そして会社の継続には反対なんで、会社の資産価値の半分を現金で要求する事もね。』
絵里は頷きながら、口を尖らせて聞く。
『だったら、不動産の書類は送り返して良いんだよね?』
『うん、返していいよ。不動産の経営は、一人でやって下さいっていう事は言ってきたんでね。まあ取り敢えず、話し合いをする気がないのは分かっているんだから。現金で払うのがいつなのかは知らないけど、こちらの方針はしっかりと伝えてきた。まあどちらにしても、老朽化したマンションを手放す良いチャンスなんじゃないかな。それが分からないんだったら、どの道不動産経営なんて出来やしないよ。』
『じゃあ、誓約書を作っとかなきゃね。それって、弁護士に頼まなきゃダメなの?』
『いや、パソコンで作っときゃ良いよ。あの人が納得して、署名捺印すれば良いだけだからさ。逆に、それができない時の方が問題だしね。』
『・・・・如何して?』
『だって話し合いもする気はないし、自分達のやる事以外認めませんって事になるからさ。そうなると、本腰入れて弁護士に頼む事になるよ。』
『約束してくれないのかなぁ・・・・。』
『ん〜・・・・それはお盆に帰んないと解んないな、何しろあの人は普通の思考回路では動かないからさ。それに俺が一番気になるのは、誓約書を書いたところで約束を守らないんじゃないかなって事。』
絵里が、不思議そうな顔をして聞いた。
『・・・・・如何言う事?』
『「分かったぁ〜」とか言っておいて、なぁ〜んにも守んない。そんな事を、当たり前のようにやる人なんだよ。例えばさ、「お金がないんで税金払えません。」みたいな幼稚な言い訳を平気でする人なんだ。』
『じゃあ、如何するの?』
智久は、少し戯けながら返す。
『相続税の関係があるから、先ずは総額を含めた情報開示をさせる事。相続するならば、十ヶ月以内に相続税を払わなけりゃなんないしね。兎に角、お盆で誓約書に署名捺印してもらってさ。税理士と契約してないって言うから、こっちで税理士探してあとは任せる事になる。そしてそれが絵里に近付けさせない、抑止力にもなるって思ってるんだけどな。直接会わなければ、すんなり行くんじゃないかな。』
『そんなもんなの?』
『ん〜・・・・、希望的観測って感じかな。相手は、相続の総額を隠しているんだ。このまんまだと、いくら相続税を払わなければならないのか分かんない。この状況を利用して、相手は何かを考えているんだろう。単純に考えると、俺が支払額が解らずに税務署に叩かれる。「それが嫌なら、私の言う事を聞きなさい。」って事かな。それ以外の事を、企んでいても可笑しくないけど現実的ではない。だったら第三者を挟んだほうが、泥沼になないと思うだけだよ。』
この後智久と絵里は、二人で相談して誓約書を作成していった。結婚と子供ができた事は絶対に悟られないようにしようと言う事も含めて、敢えて琴美智久と琴美蒼子間での誓約書を。またネットで探して新宿の大手税理士事務所の税理士に、理由を説明して依頼を受諾してもらい体勢を整えた。
こうして、約半月後の帰郷に備える事となる。
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