第4話 アラブのコンビニと少年
旅の末に大きな街に着いた。日干しレンガ色の緑の少ない街だった。通りにはラクダを引いた男だけでなく、全身を黒い衣装で覆い頭に荷物を乗せた女たちや、遊ぶ子供たちの姿が沢山あった。テレビで視たようなやせた子供が多かった。
通りに面した家々は商店で、様々な商品が並び、店主が怖い顔をして商品が盗まれないように見張っていた。
モクモクと煙をはくのは蒸気機関車だ。
「初めて見たわ」
感動すると、救世主が鼻で笑った。
店の看板はアラビア文字だ。なのに読むことができた。そうしてやっと、救世主と話ができたのは、彼が日本語を解していたからではなく、自分が彼らの言葉で話していたからだと気づいた。
私、やっぱり転生したらしい。
救世主は1軒の店を訪ね、荷物を売り、優奈を見せた。
「異国の女だな。こいつは面白い」
店主は品定めをする。人間がペットショップで犬や猫を品定めするのと同じだ。顔をじろじろと眺め、腕や足を握って肉付きをみる。身体の隅々を見て、性病にり患していないことも確認した。
「病気はないが肉付きが悪い。それにお前さんたち、ずいぶん使ったな」
ひとを中古車みたいに言わないで!……睨んだが無視された。
「最初は暴れたが、今は自分の立場をわきまえている。それを教えるためには仕方なかろう。第一、商品にするなら、このくらい鍛えられていたほうがいい」
どこの国の男も自分の都合のいいように言うものだ。
店主がアハハと笑う。
「モノは言いようだな」
それからも店主は欠点をあげて値引きを要求。どうにか取引は成立した。
救世主が去り、店主が残る。
「ワシはモフセン。何でも売り買いする便利店の経営者だ。今日からワシがお前の持ち主だ。ご主人様と呼ぶのだ。異教徒でもそのくらいは分かるだろう?」
「分かります。ご主人様」
とんだメイド喫茶だ。
優奈はブルカという民族衣装をまとう。それが、モフセンが経営するコンビニの制服なのだ、と思うことにした。
「ワシの店では何でも売っている。食料も武器も女も」
「平和も売っているのですか?」
「平和?……そんなものは、この世にはないよ」
「買われた女はどうなるのです?」
「妻になるか、奴隷になるか。商品をどのように扱うかは、お客様の自由だ。そうそう、店に来た者のことは、お客様と呼ぶのだぞ」
モフセンの口調でコンビニMの店長を思いだし、状況は良い方に向かっている、と考えることにした。街にいれば逃げ出すチャンスもあるだろう。どこかに話の分かる日本人がいるかもしれない。
優奈は、日干しレンガ造りのコンビニに並べられた。今のところ、売り物の女は優奈ひとりだ。商品の多くは、小麦粉やトウモロコシの粉、拳銃やライフル銃といった武器と弾薬だった。
「トウモロコシはいかがですかー。干し肉もありますよ。ライフルの弾はどうですかー。私もついでに買ってください」
食料品や武器を売りながら、自分を売る。馬鹿げた話だ。
その日、身なりの良い少年が店を訪れた。彼は優奈を見つめ「奴隷か。哀れだな」と言った。
中学生ぐらいだろうか。……顔には、あどけなさが残っていて、瞳が澄んでいる。この少年なら、
少年はナイトとしては頼りないけれど、贅沢は言っていられない。ナイトと手に手を取って汽車に飛び乗れば、人身売買のない文明の地へ逃げられるかもしれないと妄想した。
しかし少年は、ナイトでもスーパーマンでもなかった。女の身体を求めにきた、ただの男だった。
彼は優奈の全身を
「女を買うって、お父様は知っているの?」
品定めをする少年の不品行をたしなめる。
「金ならある」
「止めた方がいいと思うわ」
「どうして?」
「あなたはまだ子供よ」
少年は大人になりたかったのだろう。聞く耳を持たない。それはどこの国でも同じだ。少年も少女も、早く大人になりたがる。優奈だって同じだった。
「僕はもう子供じゃない。父は戦争で死んだ。僕が家長だ」
そうかもしれない。……女を買おうとした時点で子供ではないのだ。でも、大人でもない。
優奈は少年に買われた。
少年の家はモフセンの店の
「ご主人様、この街は何という街ですか?」
優奈は少年を大人として認め、代わりに質問をした。
「何故だ?」
「私には、行きたい場所があります」
「どこだ?」
「日本です。私が生まれた国です」
「日本? 聞いたことがない」
少年は言った。それは嘘ではなかった。
「ここはムダーラ、オスマン帝国支配下の街だ」
「オスマン帝国?」
それは歴史の教科書でしか知らない国だった。今となっては現実の国なのか、異次元に存在する国なのかもわからない。もっと勉強しておけばよかったと、少しだけ後悔した。
数日後の深夜、銃声がした。
「ローレンスが来たのか」
少年が窓を開けて外の様子をうかがう。
モフセンの店はオスマン帝国の敵に襲われ、武器と食糧が略奪された。
優奈が外を覗こうとすると「危ない、下がれ!」と少年が大人のように制した。その力は強く、優奈はよろけて床に倒れた。
近くで大きな銃声がした。銃弾が肉の塊にズブリと食い込む鈍い音がした。
少年の身体が人形のように倒れ、流れ出した血が床を濡らした。
第一夫人が悲鳴を上げた。
「アラビアのローレンスだ!」
通りから逃げ惑う声がし、方々で散発的に乾いた銃声が鳴る。
背の高い白人が、家々にダイナマイトを投げ込んで歩いた。
――ヅォーン――
大音響がしてモフセンの店が吹き飛んだ。
背の高い白人は、優奈が住む家にもダイナマイトを投げ込んだ。
絶体絶命!
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