ゲームクリエイター志望の少年、赤点逃れて角界強制入門の危機回避なるか?
明石竜
第1話
「ぼくのしょうらいのゆめは、ゲームクリエイターになって、マ〇オみたいにせかい中であいされるゲームをつくりたいです」
大迎光洋(おおむかい こうよう)という小学一年生の少年は、将来の夢の
作文に、そう記した。
それから十年後、その少年の夢は高校二年生になっても一貫して変わらず。
夢に向かって高校生活を日々楽しんでいたある日の晩、
「久司どのぉ~」
光洋は、同じクラスで幼馴染の友人宅を訪れた。
「どうした光洋、今にも死にそうな声を出して、顔色も悪いぞ」
久司は心配そうに問いかけた。
「中間で一科目でも赤点があったら、相撲部屋に強制入門させられるんだ。
ぼく、母ちゃんと父ちゃんからそれ聞かされた瞬間、顔が真っ青になりそうになってんって」
「……そうなのか。そりゃ災難だな。高校辞めさせられて角界に
入れられるって可哀想過ぎる。いまどき力士になるにしたって大卒だろ」
光洋からされた突然の報告に、久司はかなり同情出来た。
じつは光洋は、中学を出たら角界に入ることを両親から強く薦められていた。
身長186cm、体重140㎏越えの大相撲力士としてもたいそう申し分ない体格を
している彼が今、高校に通えているのは中三の時の担任が高校には絶対進学させた方がいいと両親を説得した経緯があったからなのだ。黒ひげなトレードマークな
ワイルドな風貌の光洋の父は、今は果物屋さんの店主だがかつては大相撲の力士だった。現役時代の最高位は序二段上位とあまりパッとしなかったこともあり、息子の光洋には自分よりも上の番付まで上がって欲しいと願っているそうである。
「ぼくは力士なんて全くなる気ないねんって。ゲームクリエイターになるために、国公立の工学部か情報学部行くつもりやし」
「ようするに、赤点が一つも無けりゃ大丈夫ってことだろ」
久司は慰めの言葉を掛けてあげた。
「そうやけど、ぼく、古文がかなりやばそうやねん」
「今回古文、けっこうむずかったよな。土佐日記の文法とか解釈とか」
「ぼくはほとんど白紙やで。古文は理系にとって鬼門やで」
「国公立志望なら理系でも古文から逃れられないけどな。まあ、悲観的にならずに結果が出てから考えろ」
久司は優しくこうアドバイス。
そして翌日から答案が続々返されていく。
最初に返却された数学Ⅰ、
「本当にギリギリだな、光洋」
「さっきぼく、リアルに心臓止まりそうになったぜ。全部返却されるまで、
眠れない日々が続くな」
「俺は八八点だった。九〇点いけると思ったけど」
久司はここで一喜一憂せず、次に向けて頑張ろうと感じていた。
光洋の点数は三一点。この日他に返却された科目、光洋は地理探究五四、化学三五、物理三三、英語四五、歴史総合五六点で一部科目危なかったものの全て赤点回避に成功。
じつは光洋は特に得意という科目がなく、どの科目も理系クラス順位でけっこう下の方なのだ。
それゆえ、
「光洋は勉強苦手なんだから、力士になった方が絶対いいぞ」
と父からよく言われてしまうのである。
体育も学年ビリレベルに苦手なのだが。
翌日金曜日四時限目までに返却された科目。光洋の点数は現代文四八。情報44、
数学A三九。
五時限目、いよいよ光洋が最も心配している古文だ。
「では今からテストを返しますね」
担任の正代(しょうだい)先生によって返却されることになった。
「今回、皆さんかなり悪かったです。でも、再来週の記述模試はもっと難しいからね。古文が苦手だから理系に来たって子もけっこう多いみたいだけど、理系でも東大京大とかの難関国公立だと二次でも記述が必須だからね」
一呼吸置いてこう付け加えて、答案を出席番号順に返却していく。
「光洋、いよいよ運命が決まるな」
「あっ、ああ。今までなんとかなったから、ひょっとすると、いけるかも」
「絶対あるって」
久司は勇気付けてくれる。
「大迎くん」
「あっ、もうぼくか」
呼ばれた光洋は慌てて立ち上がり、答案を取りに行く。
久司も彼のすぐ後なのですぐさま教卓の方へ向かった。
(三〇点、あってくれ、あってくれ、あってくれ)
光洋は心の中で何度も唱えながら、正代先生から答案を受け取る。
「うわぁぁぁっ、予想通り赤点かぁ~」
得点を知った瞬間、思わず嘆き声を漏らす。光洋の目から、涙がぽろぽろ流れ出た。
席に戻ると、うずくまってさらにしくしく泣き出す。
二五点だったのだ。
「光洋、元気出せ。五点くらいの差だったら、一問合うか
合わないかだけの差だし何とかなるかもしれないよ」
久司は慰めてあげる。彼自身は八一点を取っていた。
「無理だよぉ~。絶対」
光洋はうおぉぉーっんとオットセイのような鳴き声をあげて、さらに激しく泣いてしまった。
「赤点を取っちゃった子は、来週月曜の放課後に追試を行いますので、この土日はしっかり勉強して来てね」
全員に返却し終えたあと、正代先生はまだうずくまって泣いていた光洋の方を少し気にかけながら伝えたのだった。
「安心しろ光洋、角界に入りたくないってこと、俺も説得に加わってやるから」
「きっと無理だろうけど、頼みます」
光洋は涙目でお願いする。
七時間目終了後、
「皆さーん、帰りのホームルーム始めますよ」
ほどなくして正代先生がやって来る。
「起立」
学級委員長からの号令。
「大迎くーん」
「……あっ!」
正代先生に叫ばれ、慌てて椅子を引きガバッと立ち上がる。
さっき光洋一人だけ、座ったままだったのだ。
「光洋、大丈夫か?」
久司から心配された。
「いやぁ、ちょっと考え事してて」
本当に説得が上手くいくのだろうか? 光洋の頭はそのことでいっぱいだった。
「気をつけ、礼、着席」
学級委員長は号令を続ける。
全員着席したのを確認すると、
「あのう、五時限目に返却した古文の試験について、皆さんに大変重要な連絡があります。古文のテスト、平均点が四八点で五〇点未満でしたので、赤点の基準は半分の二四点以下の子になります」
正代先生は突然、こんなことを伝えて来た。
「そっ、それじゃ……」
光洋は思わず呟く。
そして、
「うおおおおおおおっ、やったぁーっ!」
次の瞬間、彼は他の教室にも響き渡るくらい大きな歓喜の声を上げた。顔の表情も瞬く間に綻ぶ。目にも、ちょっぴり涙で潤んでいた。
これにて危機一髪、僅か一点差で赤点回避となった。
「大迎くん、よっぽど嬉しかったのね」
正代先生はそんな彼を見て優しく微笑む。
「よかったな、光洋」
久司も喜ぶ。
□
「母ちゃぁん、父ちゃぁん、これ、見てくれよ」
「どうしたんよ、こうちゃん? そんなに興奮して」
光洋は帰宅するとすぐさま、今日返却された四科目の答案をリビングで夕方の報道番組を見ていた両親にかざし付けた。
「赤点、一科目も無かったんだ。古文も、平均が四八で五〇点以下だったから、赤点の基準が平均の半分以下の二四点以下になったんだ!」
「本当かなぁ?」
母は微笑み顔で問う。
「本当だって! 嘘だと思うんなら久司殿に聞いてくれよ」
光洋は大きな声で強く主張した。
「こうちゃんがそこまで言うんなら、信じるわ」
母がこう言ってくれると、
「どう、ぼくもやれば出来るでしょ。これでぼくの角界入りはチャラだね」
光洋はにっこり笑った。とても機嫌良さそうだった。
「光洋、じつは、おまえを相撲部屋に入れようとしたのは、嘘だ」
父はくすくす笑いながら唐突に打ち明ける。
「えっ!」
光洋は両目をぱちくりさせた。
「光洋が角界に入ったってやっていけるわけがないことは、おれはよく分かっていたさ」
「こうちゃんを中学出たら角界に入れようとしてたのも、じつは全部嘘だったのよ。
だってこうでも言っとかないと、こうちゃん、真面目にお勉強してくれないからね。
これからは、お勉強の方をしっかり頑張ってね」
両親は優しく微笑む。
「もう、ぼく今、テレビアニメ化がガセだったのを知った時の心境だよ」
「光洋、どうせ理工系に進むなら理工系学部の大横綱、東大理Ⅲを目指せ」
父は大きく笑いながら勧める。
「それはぼくには天地がひっくり返っても絶対無理だよ父ちゃん。それに理Ⅲは理工系じゃなくて医学系だよ」
光洋も大きく笑いながら言った。
こうして今日も平和に大迎家の夜は更けていく。
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