短編賞創作フェス第ニ回

@PrimoFiume

危機一髪

 迂闊だった。苦労してようやく出版社に原稿を持ち込むアポを取ったというのに、私の乗ったタクシーは道路工事による渋滞に捕まってしまい遅れそうだ。

 スマホで編集部に連絡を入れれば済む話なのかもしれない。だが、余裕を持って行動しなかったことを責められはしないだろうか? そうなってしまっては、作品の良し悪し以前に、原稿を見もせずボツにされてしまうのではないだろうか?

 私は薄くなった頭を掻きながら、そんなことを考えた。次に信号が青になったら、この片側交互通行をパスできるだろうか? もしそうなら余裕で間に合うだろう。ダメならここでタクシーを降りて走ろう。そうすれば何とか間に合うはずだ。

 カバンを開けて、原稿の入った封筒を取り出して脇に抱える。近頃の人たちはパソコンやスマホで小説を書くが、原稿用紙に万年筆で書くというのが私の矜持きょうじだった。財布から五千円札を抜いてすぐに支払えるように身構える。料金は三千円ちょっとだと思うが、少しでも時間を節約したい。お釣りは惜しいが、運転手のチップにしようと決めた。

 引き寄せの法則というのか、悪いことを考えると悪い方に流れる。案の定、タクシーは工事区間の手前で止まった。私は運転手に、ここで降りる、釣りはとっておいてくれと五千円札を差し出した。運転手は私の頭に視線を向けたあと、笑顔で受け取った。その笑顔は何だと気分が悪くなった。

 私は編集部へと走る。薄い頭を隠すためにバーコードのようにセットされた髪が風ではためく。心なしか通行人がそれを見て笑っているように見えた。

 何とか十五分前に辿り着けた。通された部屋で担当者を待つ。

 現れた担当者は二十代半ばだろうか、彼も私の頭を一瞥いちべつした。それが失礼な行為だと思ったようで、すぐさま視線を外した。だが、それはそれで失礼だということを分かってはいないのだろう。お前もあと二十年もしたらこうなるんだと心の中で毒づいた。

 その担当者は封筒から原稿を取り出して、手元に視線を落とす。いきなり眉をひそめた。

 ダメか、そう思ったが彼はそのまま一気に読み通した。原稿をトントンと机で揃えて置くとこちらに向き直って口を開いた。

「面白いと思います。ただ、髪なんですよね」

 その言葉に私の中で何かが切れた。

「何だアンタ! いくら編集者だからって失礼じゃないか!」思わず私は叫んだ。

 終わったと思ったが、後悔はない。作品はあくまで作品で評価されるべきだ。アイドルでもあるまいし、私の外見で判断するようならこちらから願い下げだ。

 彼はキョトンとした表情を浮かべて原稿のタイトルを指差して言った。

「この『危機一発』なんですけど、”発”じゃなくて”髪”なんですよ」

 私は秒で土下座した。

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