第50話 準備万端
トライオン家の屋敷に到着後、俺はブラーフさんやマリエッタさんに事情を説明してドイル様のもとへ。
俺からの話を聞き終えたドイル様は、ためらう様子もなく一気に湖の水を口に含んだ。
それからしばらくして、
「あれ? 痛くない?」
効果はすぐに表れた。
足に包帯を巻く痛々しい姿からは想像もできないほど身軽にステップを踏んでいく。これにはブラーフさんもマリエッタさんも声をあげて驚いていた。
「聖竜の秘薬は昔から語り継がれている伝説とばかり思っていましたが……まさか実在するとは」
「私も同じように思っていました」
凄まじい効力を見せる聖竜の水――略して聖水。
だが、同時にアスレティカを狙ってくる者たちが増えるのではという懸念も浮かんだ。なので、当面の間は種族名を隠しておくべきだろうと結論付ける。ガナン村長くらいには知らせておき、他の村人たちにはしばらくは伏せておいた方がよさそうだ。
「アスレティカにはお礼をしておかないとな」
完治した足を眺めながら、ドイル様はそう呟く。
あの聖水は終の棲家にしたいとまで気に入った湖にいさせてくれることを許してくれたお礼であると告げてはいるものの、やはり納得はしていないようだ。
使用人一同が元気になったドイル様の姿を見て感動していたその時、非常にタイミングのよい来客が。
「ドイル様! 舞踏会用の衣装が完成いたしましたのでお持ちしました!」
グラッセラの仕立屋が完成した衣装をわざわざ届けてくれたのだ。
その仕立屋はドイル様が足を怪我したという情報を耳に入れていたようで、元気に歩き回っている姿を見て驚いていた。
「もうお怪我はよろしいのですか!?」
「そんなにたいしたものじゃなかったんだよ」
さすがに聖竜からもらった聖水の力で治したとは言えず、そう誤魔化した。彼が悪人とは思えないが、念のための対処だ。
それからすぐに試着する流れとなり、着替えのためドイル様は自室へと移動。
支度が終わるまで待機することとなったのだが、その際、仕立屋が俺の方へ一枚の紙を差しだした。
「ジャスティン殿にはキャンベルの旦那から手紙を預かっておりますよ」
「キャンベルさんが俺に手紙を?」
使い魔を通さずに手紙というところがあの人らしくて古風なのだが……このタイミングでの手紙というのが怖いな。
ドイル様の準備が整うまでまだ時間がありそうだし、俺は少しその場を離れて手紙の内容を確認することにした。
それによると――
「ハンクも舞踏会に参加するのか……」
俺を陥れた張本人であるハンクが舞踏会に参加するので、用心するようにと書かれていた。
どうやら、キャンベルさんは俺が王都勤務からアボット地方へと左遷させられた件にハンクが関与している可能性が高いと知っていたようだ。まあ、あの人はベローズ副騎士団長とも仲がいいし、その流れで耳にしたのだろう。
ただ、ハンクは騎士として参加するわけではなく、デラント家の子息として舞踏会に出るらしい。
「今度の狙いは公爵家のご令嬢ってわけか……」
今まではエリナにご執心だったが、キッパリ拒絶されて吹っ切れたらしい。節操がないといえばそれまでだが……出世のためなら手段を選ばないあいつからすれば、今回は絶好のチャンスというわけだ。
ただ、これなら俺に難癖をつけてくることはないだろう。
俺も護衛任務に全力を注げるというものだ。
――でも、なんだろうな。
めちゃくちゃ嫌な予感がする……杞憂で終わってほしいものだ。
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