第24話 声の正体

 どこからともなく聞こえた、第三者の声。

 不意を突かれた俺は慌てて周囲を見回してみる――が、誰もいない。

 ……それはそうだ。

 いくらドラゴンと対峙している最中とはいえ、あれほどハッキリと声が聞こえる位置に人がいたらすぐに気配を察知できる。

 だが、実際はそれができていない。

 俺は声の主が誰なのか分からず、それでいて目の前にいるドラゴンとの戦いの備えなくてはいけないという複雑怪奇な状況に陥っていた。


 ――って、待てよ。

 他に人の気配はないが……ドラゴンならいるぞ?


「まさか……あの声はドラゴンが……?」

「今頃気がついたのか?」

「うおっ!?」


 まさか返事が返ってくるとは。

 たまらずその場から飛び退いてしまう。

 

「驚かせてすまなかったのぅ。じゃが、もうちょっと察しのいいタイプかと思ったが、お主は意外と鈍いのぅ」


 なんとも穏やかな声色で話しかけてくる青い鱗のドラゴン。

 しゃべり方はまるで年配の老紳士って感じだな。

 どことなく、雰囲気はトライオン家の執事であるブラーフさんに似ていた。


「ワシはちょっとこの湖で水浴びをしとっただけじゃ」

「み、水浴び? でも数日前からこの湖でモンスターが目撃されていて……」

「あぁ、そういえばおったのぅ。でっかいカメの姿をしたモンスターじゃったが、いきなり攻撃してから食ってしまったわ」

「えぇ……」


 つまり、完全な無駄骨に終わったってことなのか。

 ……いや、待てよ。

 このドラゴンが人間を襲う可能性だってゼロじゃないはず。


「あ、あの、ちょっといいか?」

「なんじゃ?」

「あんたはさっきカメ型のモンスターを食べたと言ったが……人間は捕食対象になっているのか?」

「普通のドラゴンならそうじゃろうな。――ただ、ワシは人間を食わん」


 あっさりと言ってのけたな。


「ワシの生まれ育った場所では複数のドラゴンがいてな。そいつらは皆『人間を食うと呪われる』と話しておった。実際どうなのかは試したことがないので分からんがな」

「な、なるほど……」


 そういえば、ドラゴンの中には賢い個体もいて、中には人間の言葉を理解して会話が可能になったって例もあるという。ただ、それらはすべて別大陸での話であり、俺たちの生まれ育ったこの地では過去にそのような事例は記録されていない。


 ……何はともあれ、最悪の事態は回避できたようでホッとした。

 途端に、全身から力が抜けてへたり込んでしまう。


「なんじゃ、腰を抜かしたのか?」

「こっちは決死の覚悟で挑もうとしていたのでね。それが徒労に終わったと分かったら……なんだかドッと疲れがでたよ」

「そいつは悪いことをしたな。驚かせるつもりは毛頭なかったのじゃが」

「気にしないでくれ」


 ついにはドラゴンに気を遣われてしまった。

 これは騎士としてどう捉えたらよいのか……まあ、どちらかというと情けないって話になるのかな。


「おまえさんはこの近くに住んでおるのか?」

「ああ。カーティスという名の村がすぐそこにあってね。俺はそこの駐在所で働いている騎士だよ」

「ふむ……ならば、ひとつ相談に乗ってはくれないか?」

「相談?」


 ドラゴンから相談を持ちかけられるなんて……たぶんこの先の人生で二度と起きない貴重な体験だろうな。


 それにしても、一体何を相談しようというのか。

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