第3話【幕間】後輩騎士エリナの怒り

 ジャスティンがトライオン家に到着した頃。


 騎士団内では未だに動揺が広がっていた。

 現役の聖騎士による不祥事――だが、一部の騎士たちはこの件を疑問視していた。

 騎士として真面目に鍛錬を重ね、実績を積んできたジャスティンが、わずかな金を欲してそれまでのキャリアをぶち壊すようなマネをするだろうか。


 この問題に、ひとりの女騎士が真相を確かめるため立ち上がった。

 名前はエリナ・ベローズ。

 長い金髪に青い瞳。

 詰め所の廊下を歩いていると、男女問わず目が留まるほどの美人であり、家柄の良さも相まって狙っている男騎士も数多い。

 そんな彼女は騎士団へ入団した当初、ジャスティンが教育係を務めていろいろと教えていた後輩である。


「あのジャスティン先輩が横領なんて……信じられないわ」


 不正を嫌うジャスティンが横領などするはずがないと確信しているエリナが訪れたのは、詰め所内にある副騎士団長の執務室だった。


 ノックをして、返事を待ってから室内へと足を踏み入れるエリナ。


「失礼します、お父様」

「騎士団にいる時は副騎士団長と呼べ」

「あっ、そ、そうでしたね」


「コホン」と咳払いを挟むと、エリナは表情を引き締めて語り始める。


「ベローズ副騎士団長……ジャスティン・フォイル殿の処遇についてお話があります」


 ジャスティンの名前を出した途端、ベローズ副騎士団長の眉間がピクッと動く。相手にとっても関心のある話題だと踏んだエリナはさらに続けた。


「騎士団に入った頃から彼の指導を受けてきた私には断言できます。彼は決して横領などをする姑息な人間ではありません」

「それについては完全に同意だ」

「ですから――へっ?」


 まさかの言葉に驚いたエリナの口から間の抜けた声が漏れでる。


「な、なら、どうして左遷なんて!」

「決定は私よりもずっと上の判断だよ。よからぬ力が働いているってヤツだ」

「……副騎士団長の地位につく者がそんなことを言ってしまってよいのですか?」

「事実だから仕方がない」


 あきらめたような口調ながらも、娘であるエリナは言葉の端々に静かな怒りが込められているのを感じていた。


 エリナは父がジャスティンにどれほど目をかけてきたか知っている。

 向上心があって出世をしたいという願望があり、それを叶えるための努力ができる。しかしながら、出世における近道――いわば、上層部への口利きなどは嫌い、あくまでも自身の力で上を目指していた。


 父は常々、そういった姿勢が過去の自分に重なると入団前のエリナに話していた。だからこそ、娘の教育係としてジャスティンを指名したのである。

 

 この選択は正解だった。

 もともと父親を尊敬していたエリナに、その父親と雰囲気の似ているジャスティンは相性抜群。生まれ持った剣の才能も重なって躍進を続ける。


 ――だが、同時にベローズ副騎士団長はある可能性を危惧していた。


 それはエリナを狙う騎士たちの嫉妬だった。

 エリナはジャスティンによく懐き、四六時中彼と行動をともにしていた。それは騎士団の任務として当然のことではあるが、中にはこれをよく思わない連中もいるという報告を密かに受けていたのだ。


 何者かが邪魔なジャスティンを陥れようと何か罠を張ってはしないか――そう疑いを持つようになるが、さすがにそれはないかと考え直した。


 だが、今回の騒動は不明な点が多い。

 カギを握る人物としてジャスティンの同期であり、横領の第一発見者であるレイエスから話を聞いて上層部に通報したハンクに目をつけているが、今のところ目立った動きはなく、追及するにはさまざまな条件が不足していた。


 いずれにせよ、派手に動きだすにはまだ早い。

 ジャスティンを王都へ戻すためには、準備を整える必要があった。


 同時に、ベローズ副騎士団長にはある目論見が。


「しかし、ちょうどおまえを呼びだそうとしていたのだが……手間が省けた」

「私を? 何か用がありました?」

「そうだ。――エリナ・ベローズ。おまえをアボット地方のカーティス村勤務とする」

「えっ!?」

「すでに根回し……いや、手続きはこちらで完了してある。初めての辺境領地勤務で何かと苦労が多いだろうジャスティンをサポートしてやれ」

「お、お父様……っ!」

「だから副騎士団長――まあ、いい。それより、すぐに支度をしろ。明日の朝一には出発できるようにな」

「はい! 失礼します!」


 扉が全壊しそうなほどの勢いで部屋を出ていったエリナを見送ると、ベローズ副騎士団長は大きく息を吐いた。


「これでしばらくは時間が稼げるか……」


 このまま騎士団にいては、よからぬ魔の手が迫ってくるかもしれないと判断したベローズ副騎士団長は、同じようにジャスティンの左遷に疑問を抱く同士たちと結託してエリナのアボット地方入りを認めていた。


 これに対して抗議の声があがってくるはず。

 そこがひとつ分岐点になると読んでいた。


「さて……誰が我慢できずに炙りだされてくるかな……」


 黒幕の正体を見極めるため、ベローズ副騎士団長はその時を密かに待つのだった。

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