地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~
鈴木竜一
第1話 聖騎士、左遷される
ランドバル王国騎士団。
由緒ある名門騎士団として大陸中にその名を馳せる。
中でも特に腕の良い騎士には王家が認定する鍛冶職人から特別製の剣――通称・聖剣が与えられ、将来の幹部入りが約束された、まさにエリート中のエリートだ。
俺は騎士団に入る前から聖剣使いの騎士に憧れていた。
両親は幼い頃にどちらも病で亡くなり、王都内の剣術道場を切り盛りする師範がそれを不憫に思って俺を引き取ってくれた。
その恩に報いるため、住み込みで修行に明け暮れる日々。
這い上がるために誰もがうらやむエリートとなる道を突き進んでいこうと決めていたのだ。
そして――王国騎士団入りから十年後。
念願だった聖剣使いとなり、エリートの仲間入りを果たした。
これからは華やかな生活が待っている。
もうあんな貧しい思いはしなくていい。
――そう確信していたというのに……
「ジャスティン・フォイル……君には今日限りで王都勤務から外れてもらう」
「っ! そ、そんな!」
騎士団長から告げられた言葉……俺は到底受け入れらなかった。
「新しい勤務地は南方にあるアボット地方のカーティス村だ。領主であるトライオン家にはこちらから書面で報告をしておくが、着任の挨拶くらいはキチンとしてこい」
「ま、待ってください!」
「変更は一切認められない。自分の犯した罪を反省し、任務をまっとうしろ」
騎士団長はそれだけ言い残して部屋を出ていく。
犯した罪、か。
俺の罪とは……騎士団の運営費の横領であった。
だが、まったくもって心当たりがない。証拠となる書類がいくつか押収されたというが、どれも見たことすらない物ばかりだった。おまけに犯行の一部始終を目撃したという証人まで現れ、ダメ押しとなる。
俺は必死に無罪を訴えたが、物的証拠と目撃者の証言が決定打となり、一時は解雇が決定された。しかし、これまでの働きを評価してくれる声もあり、なんとかクビという最悪の事態だけは免れる。
……とはいえ、聞いたこともない辺境領地の小さな農村へ常駐し、治安維持に務めろというこれはほとんど解雇通告に等しかった。
「はあ……」
無意識にため息が漏れる。
だが、ここで突っ立っていたところで何も解決しない。
「とりあえず……荷造りか」
結局、俺は罪を認めないまま左遷となった。
当然納得などしてはいないが、取り調べの様子から向こうは俺が犯人だと決めつけている節があり、よほどしっかりとした証拠がない限り身の潔白は難しかったんだよな。
悔しさと情けなさが入り交じる複雑な心境を抱いて廊下を歩く中、俺のもとへ近づく影が。
「辛気臭いツラをしてどうしたんだ、ジャスティン」
「ハンク……」
声をかけてきたのは同期のハンクだった。
俺と同じく実力を認められた聖剣使いであり、道場では切磋琢磨して成長したライバルと言える存在だ。
とはいえ、家柄は俺とまったく正反対。
ハンクの実家は代々騎士の家系で、騎士団でも幹部を務めてきた名家。
……人のことを言えた立場じゃないけど、最近のハンクは出世欲にかられすぎている感があった。
聖剣を手に入れてからも、功を焦るばかり凡ミスを繰り返して騎士団内の評価は下降していると話に聞いている。
そんなハンクが、ニヤニヤしながらこちらへと歩み寄ってきた。
「無理もねぇか。おまえほどの実力者が小銭を横領したくらいで地方へ左遷だからな。せっかく乗っていたエリート街道からも脱落とは……同期として悲しいね」
まったく心がこもっていない言葉の数々。
むしろ、俺の左遷を喜んでいるようにさえ聞こえる。
「そういえば、おまえの部下のエリナだがな……うちの分団で引き取ることになったよ」
「エリナを?」
エリナ・ベローズ。
騎士団に関係する者で、ベローズの名を知らない者はいないだろう。
長きにわたり騎士団の繁栄を支えてきた名家のひとつで、エリナの父親は現副騎士団長を務めている。彼女も父親に負けない剣の才能を有しており、聖剣を授かるために厳しい鍛錬を続けていた。
若く美しく、それでいて真っ向から剣術と向き合えるストイックさ。
騎士団内での評価は非常に高く、将来の幹部候補たちは彼女の容姿だけでなく家柄も含めてぜひ婚約したいという者で溢れている。
俺の場合、年齢が離れすぎていることもあって、そういう対象では見ていなかったかな。
だが、同期のハンクは以前からエリナを狙っており、よく食事に誘っていたな。
今回の件で俺がまとめていた分団は解散となり、部下たちはそれぞれ別の分団へと入るのだろうが、エリナはハンクのところに決まったのか。
「あの子は良い子だ。必ず大成する。面倒を見てやってくれ」
「言われなくても隅々まで見てやるつもりさ」
下卑た笑みを浮かべながら語るハンク。
……こいつ、もしかして下心のみでエリナを引き取ったのか?
憤りを覚えたが、今の俺の立場ではどうすることもできない。
これ以上話すこともないので、立ち去ろうとした時だった。
「レイエスに見られたのはまずかったよなぁ」
「っ!」
その言葉に、引っかかりを覚えた。
レイエスというのは俺が横領する現場を目撃したという新入りの騎士。彼はその場で俺に黙っているよう脅されたと騎士団長へ涙ながらに訴えていた。
――だが、証言をした騎士の名前はまだ公になっていないはず。
それなのに、なぜハンクはレイエスの存在を……
「まさか……貴様!」
たまらず、俺はハンクの胸ぐらを掴む。
こいつが……すべてこいつが仕掛けたことだったのか!
「おいおい、手を放してくれよ」
「何ぃ!」
「ようやく気がついたかよ、ボンクラ。相変わらず人がよすぎるぜ、おまえは」
挑発と分かっていても頭に血が上り、俺は拳を振り上げた。
次の瞬間、ハンクの表情が生き生きと輝きだす。
「殴るか? いいぜ? ほら、俺を殴ってみろよ? そうすれば今度こそ間違いなくおまえは騎士団をクビになる。安いモンだ。殴られるだけで厄介なライバルが自滅してくれるわけだからな」
「っ!」
そこで俺はハッと我に返り、拳をおろす。
「なんだ、意気地がねぇな。すべてを奪った相手を前にして抵抗すらしないか? まあ、しょうがねぇよなぁ……おまえには剣しかないんだから。騎士団以外で生きていく道なんて見つかりっこねぇもんなぁ」
悔しいが、その通りだ。
剣術を生かせるとしたら冒険者なのだろうが、この年で一からスタートするのは厳しい。どこかのパーティーに所属すればまだ道が開けるかもしれないが、業界知識ゼロの半端者を引き取ってくれるところがあるかどうか。
それに、あの手の世界は噂の広まりも早い。騎士団で厄介事を起こして半ば追放されたような立場である俺は間違いなく腫れもの扱いだろう。
金になる聖剣を奪われ、生涯雑用として生きていく道しかないのかもしれない。
それを考慮したら、地方勤務とはいえ騎士としての肩書が残る今の方がよっぽどマシだ。
俺は掴んでいたハンクの胸ぐらを放すと、それから何も言わずに踵を返して歩きだす。
「あばよ、戦友。次の職場ではヘマしないようにな」
ハンクはそう言って高笑いをすると、俺とは反対方向へと進んでいった。
……まだ終わりじゃない。
こんなところであきらめてたまるか。
騎士団の寮にある自室へと戻った俺はすぐに荷造りを始めると、その日のうちに新たな職場であるアボット地方のカーティス村を目指して馬を走らせた。
できれば、一番世話になった副騎士団長や同じ分団の部下たちにひと言別れを告げておきたかったが……無実とはいえ、俺のせいで彼らにも随分と迷惑をかけたからな。今さら合わせる顔がない。
「こんな形で王都を離れることになるなんてなぁ……」
不本意ではあるが、今の段階では覆せる状況にない。
しばらくすると、俺は馬を止めて振り返る。
それほど走っていないという感覚だったけど、すでに王都からはかなり離れていた。
「いずれまた戻ってくるぞ……」
このまま地方勤務で終わってなるものか。
必ず戻ってくると誓い、俺は再び馬を南へと走らせたのだった。
※このあと10時、12時、15時、18時、20時に投稿予定!
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