3つの地震の記憶

夢神 蒼茫

阪神大震災(前編)

 年始めから文字通りで巷を揺さぶり上げた大地震。


 能登半島の惨状をパソのニュース映像を見て、かつての記憶を思い出した。


 自分は今でこそ鳥取で白ねぎ農家をやっているが、元々は大阪や京都の関西圏で育った。


 そして、自分の記憶する大地震と言えば、『阪神大震災』だ。


 大阪府、兵庫県との県境にある豊中市がかつての住処であり、地震をもろに食らった。


 5時46分、1月の半ばとあって、まだ外は暗い。


 当時はまだ小6で、ユサユサと揺れる自分の体に、始めは母親が起こしに来たと勘違いしたものだ。


 寝ぼけ眼で上体を布団から起こし、はっきりしない意識のまま、なおも揺れる自分。


 そして、現実に引き戻される一撃が来た。


 ドシンと自分の真横に倒れたタンスだ。


 自分の肩を掠め、畳の上に倒れ込んできたのだ。


 布団の位置が僅かにずれていたらば、あるいは寝返りでもうっていれば、タンスに潰されていた事だろう。


 危機一髪で人生終了を回避。


 危うい!


 そう感じてすぐに布団に包まり、それをさながら“防空頭巾”でも被るかのように身を屈めた。


 激しく揺れる家が絶える事を祈りつつ、1秒が1分に感じられるほどに長く感じ、ようやくそれが収まった。


 周囲は暗い。停電なのか、電灯の紐を引っ張っても、明かりが付かない。


 そして、聞こえてくる母親の悲鳴。


 布団から起き上がって両親の寝室に行くと、まあこちらも酷い有様だった。


 倒れているタンスに、床に落ちているテレビ。


 後で聞いた話だと、揺れの勢いでテレビが宙を舞ったのだそうだ。


 他にも、玄関にあった水槽が地面に叩き付けられ、昨日まで元気に泳いでいた数種の川魚達もお亡くなりだ。


 あと、応接間に飾ってあった何本もの洋酒も全滅した。


 台所の食器類も酷い有様で、床は足の踏み場もなかった。


 困惑する状況ではあるが、家の中に漂う酒の匂いはしっかり覚えていて、危うく酔っぱらうところだった。


 度数高かったぞ、あの酒達。


 まあ、当時はスマホなんぞないどころか、インターネットもない。


 パソコンが一般普及するきっかけになった『Microsoft Windows 95』も、その年の8月に発売開始だ。


 てなわけで主な情報源はテレビか新聞。


 最新の情報ならやはりテレビであるが、停電なので見る事はできない。


 徐々に日が登って来て明るさが空を切り裂いてくると、さっさと片付けに入った。


 倒れたタンスを起こし、散乱したガラス類を注意しながら払いのけ、居住スペースを確保。


 幸い、家は壁に少しばかりヒビが入っているだけで助かった。


 8時を回ったところで、電気が復旧したのか、我が家に一斉に電灯が灯った。


 希望が甦った瞬間でもある。


 そして、同時に絶望も突き付けられた。


 電気が戻ったと言う事はテレビが着いたと言う事だ。


 そして、画面に映し出される神戸の惨状。


 支柱が折られて横倒しの高速道路、燃え盛る街並み、ぺしゃんこになった建物。


 どれもこれも現実のものとは思えぬ姿をしていた。


 自分の家は大丈夫だが、他はどうだと思って、すぐに自転車に飛び乗った。


 まず目指したのは通っている小学校だ。


 自転車を飛ばせばものの2、3分で着く距離だが、倒れそうな電柱を見たりしていたので、警戒しながらペダルを漕いだ。


 そして、到着すると先生が数名、すでに職員室にいた。


 割と学校から近い位置に住んでいた先生達で、自宅を捨て置いて何はさておき駆け付けたそうだ。


 校内もすでに見回ったそうだが、廊下のガラスが割れまくって、とても授業を行える状況ではないので、休校だと聞かされた。


 校内の状況は分からなかったが、校舎の外壁が一部崩落しているのも見えたので、中の状況は推して知るべしだ。


 学校を後にした自分は家に戻り、片付けを再開。


 昼前にはほぼ完了し、どうにか一息付けた。


 なお、昼飯はおにぎりと味噌汁だった。


 都市ガスのパイプがどうなっているのか分からないため、引火してもいかんし、電気でいける炊飯ジャー、そして、カセットコンロでいける味噌汁というわけだ。


 人間、腹が膨れると、状況がどうあれ幸福感は得られるようで、食べ終わった後には自然と安堵のため息が口から漏れ出した。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る