十七話
真っ黒い魔子の障壁に囲まれたドームの中に、そいつは座っていた。
「……や、トリスタン。久しぶり」
私がそう呼ぶと、彼はぴくりと反応して。
「二人の時くらいは、普通に呼び合おうぜ」
そう言った。
「……分かった。リク。これでいい?」
「ああ、ソラ。それでいいよ」
久しぶりに会う彼はどこか寂しそうで、元気のないように見えた。だだっ広いドームの中心に座り込んでいる彼の横に、私もなんとなく座る。
「……なに、どしたの。こんな場所押さえてるのに、戦うんじゃないの?」
てっきり私は、十年前のあの時の様に、お互いに全力を出し合って魔法で戦うのかと思っていた。だから、こんなおあつらえ向きの場所に障壁を出したのかと。
「いやぁ、俺も、そう思ってたんだよ。なんか、そうなるのかなって思ってた。今朝まではその気でいたし。久しぶりに会って、愛してるから殺しあおうって言って、そうやってめちゃくちゃに魔子を出し合って戦うのかと思ってたんだよ。……だけど」
なんだろうなぁ。そう言って彼はグラウンドに寝転んだ。
「なんか、久しぶりに会うと違うのな。これが年取るってやつなのかね」
「しーらない」
私も寝転ぶ。彼の横で。
気が遠くなるほど広いグラウンドの真ん中に寝転ぶと、まるで自分がちっぽけな存在になったように思う。いや実際、宇宙のスケールで考えれば自分なんて小さい存在なのだけれど。
現実でもそうなればいいのになぁ、なんて。
魔子に囲われているため、空を見ることは出来ない。そこには、ただ真っ黒な何かが映っていた。
「雰囲気は、いかにもなのにね」
「な」
私もてっきり大怪獣バトルのような魔法で戦うと思っていたので、少し拍子抜けだった。いや、いきなり始まるのかもしれないけれど。
でも、彼の顔を見ていると、そんなことなんて起こりようも無さそうだった。
「ちょっと大人びたね。かっこよくなった」
「そりゃ十四から二十四だから変わるだろうよ。お前は……、成長したな。色々と」
「一言多い」
彼の脇腹を小突いて、二人で笑う。
「ソラ、仕事順調なんだろ? どんな感じ?」
「んー、ぼちぼちだよぼちぼち。頼れる上司がいて、可愛い後輩がいて、やりがいのある仕事? 的な」
「最高じゃん」
「まぁねー」
「でもまぁ、仕事だけだとたまに寂しいけどね」
その言葉の真意は彼に伝わるだろうか。
「……まぁ、ねぇ」
何となくお互い顔を逸らして、沈黙が続いた。
「あれなのなんか、職場でいい人いねぇの?」
「は? 何それ」
まさかリクがそんなことを言ってくるとは思わず、感情を露わにして返してしまった。
「……よく飲み会とか行ってんだろ?」
「え……。なんで知ってんの」
「そりゃ、基本的にハッカーだからな。情報なんて、筒抜けよ」
コンパとか行ってること知ってたのか。あちゃー、そりゃまずったな……。
「いやほらそれは何……? 社会に溶け込むために……みたいな?」
「それ逆のこと俺が言ったら納得する?」
「ごめんなさい。いやてかそれ言ったら十年も何も音沙汰無いそっちも悪くない?」
「それはまぁ……、確かにな。俺もごめん」
何故かお互いに頭を下げて謝り合った。きっと色々、お互いに話さなきゃいけないことはたくさんある。
「……そっちは? なんか、無いの? 出会いとか」
「ねぇよ。基本的にずっと独りだったからなぁ……。あ」
何かを思い出したようにリクは呟く。
「誰?」
「なんか、一人だけ雇ってる。秘書みたいな奴」
「女?」
「…………………………仕事が出来るからさ」
なんとなく蹴った。正当化しようとしてることに腹が立つ。いや、事実は本当にそうなのかもしれないけれど、それにしては歯切れが悪すぎる。
「……なんかお互いのプライベートの話なんて新鮮だね」
「そりゃそうだよ。前はプライベートなんて無かったんだから」
前はただ、お互いを求めている事しかしなかった。お互いの世界で完結して、ただ、自分と相手のことだけを考えていればよかった。
関係をどう存続させるかなんて、考えなくてよかった。
それが、こんなにも難しいことだとは、思いもしなかった。
「なんかさー、たまにメールとか寄越せないの?」
「警備システムかいくぐるのどんだけ難しかったと思ってるんだよ」
「別に特定されたっていいでしょ。あんた一人なら逃げるなんて別に……」
言いかけて、リクが罰が悪そうな顔をしていることに気付いた。
「…………さっき自分のこと孤独だって言ってたよね?」
「………………孤独だよ?」
まさかこいつ、さっき言ってた秘書のために慎重に行動してるとかじゃないだろうな。
「はぁ……。なんかあれだね。お互いに、ただやりたいことだけっていうのでも無くなったね」
それは本当に心からでた感想で、そしてまさかこうなるとは思っていなかった結末。
「まぁなぁ……。でもなんか、そういうもんなのかもよ。人間って」
人間か。
リクにそんなことを言われると、驚くな。
「ねぇ、リク」
「んー?」
「次、いつ会える?」
「どーだろ。んー……」
「秘書も良いけどさー、あまり慎重だと、私老けちゃうよ」
また十年もかけられたら、こちらとしてもたまったもんじゃない。
「……それは、そうだな。愛想尽かされても困るし。なんとかこう、定期的に会おうか」
「うん」
「……それで、見つけて行こ」
「何を?」
彼はその時、初めて私の目を見て、しっかりと言葉にした。
「二人の、生き方」
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