超科学力の美少女AIと一緒なら、異世界を救うことはできるのか?

川島 夕弥

第1章 王都編

001話 紅い髪の魔法使い

 

「……ここはどこだ?」


 カズヤは目を覚ますと、自分が見たこともない地面に横たわっていることに気付いた。小石混じりの土と、膝くらいの高さの雑草。


 近くで、ゴウゴウと水が流れる音が聞こえている。



 上半身を起こして辺りを見渡すと、横に大きな川が流れていて、川面がきらきらと輝いている。大きな川の反対側には深い森が見えた。


 どうやら森のそばの川辺に倒れているようだ。空気は澄みきっていて、明るさから時間帯は朝方くらいのように感じた。



 手足にはたくさんの擦り傷があって、土や泥で汚れている。とくに左手首の内側には、心当たりがないくっきりとした傷痕がついていた。


 足には動物の皮で作ったような薄い靴を履いていて、泥まみれのボロボロの服を着ている。



「痛ててっ……。なんで俺は、こんなところで寝てるんだ!?」


 カズヤは立ち上がって、軽く身体を動かしてみる。


 擦り傷が痛むが、骨折のような大きな怪我はしていない。体調がいい訳ではないのに、いつもよりも身体が軽く感じられるくらいだ。



 なぜ自分がここにいるのか、記憶をたどって思い出そうとする。


 だが、頭に鋭い痛みが走って邪魔された。深く考えようとすると、痛みで集中が乱されてしまう。


「……たしか仕事が終わって、家で寝てたんじゃなかったっけ?」


 かすかに残る記憶をたどっていく。



 そして、日本でのいつもの生活を思い出してきた。仕事と家を往復する平凡な会社員生活をおくっていたはずだった。


 名前は、霧山 カズヤ、25歳男性独身。


 昨晩も、会社から一人暮らしの我が家に帰宅したあと、録りためていたテレビ番組を見ていて、そのままテレビの前で眠ってしまったはずだ。



 それが何の間違いで、こんな場所で寝ているのか。


 酒を飲み過ぎた訳でもない。まるで大がかりなドッキリ企画にでもかかったような気分だったが、わざわざ自分にそうするメリットがあるとも思えない。



 カズヤは少し大きめの地方都市に住んでいた。しかし家の近くに、こんな大きな川が流れる場所があるとは思えなかった。


 足元の植物を見ると、葉が大きくて分厚く嗅ぎ慣れない匂いがする。葉の表面には、紋様のような葉脈が網の目に走っていて、日本とは全く違う植生のように見えるからだ。



「こんな頭痛持ちではなかったはずなんだけど……。スマホが無いと、なんだか落ち着かないな」


 何か大事なことを忘れている感覚があるが、頭がぼんやりとしてはっきりしない。汚れたズボンにはポケットもついておらず、当然のように財布や鍵もなかった。



 カズヤは、よろよろと大きな川の方へ歩いて行き、水がたまった場所で自分の顔を映してみた。水は綺麗に澄みわたり、鏡のように映し出てくれた。


 そこには、いつものしょぼくれた平凡な顔が映っている。


 身長170cmほどの中肉中背。黒い髪に黒い瞳。いつもより頬がこけて髭が伸び、やつれているようにも見えた。



「いったい何があったんだ、悪い夢でも見ているのかな……?」


 もしこれが夢なら、痛い目にあったり再び眠ったりしたら日本に戻れるのだろうかと自問した。


 川の水で顔を洗ったが、目が覚めることはない。ひんやりとした冷たさだけが手の平に残っていた。



 心を落ち着けていったん冷静になろうと深呼吸を試みる。


 その時、ふと空を見上げると、今までに見たことがない天体が目に入った。


 円の一部が欠けていて、全体的に青色や緑がかっている。星よりもずっと大きくて、明らかに月ではない。


 気が付くと他にも、不思議な天体が幾つも浮かんでいた。空の色も以前よりも濃く見えるし、気のせいか吸い込む空気が以前よりも軽く感じる。




 ふとカズヤは、日本で流行っていたアニメや漫画のことを思い出した。


「そういえば、寝ている間に違う世界に飛ばされてしまう話を読んだことがあったな。チート能力をもらって異世界を無双する話だ。ひょっとしたら俺もそうなったのかな……?」


 目の前の風景や現状が、物語と共通する部分が多い。それならば、物語の主人公たちのように、特別な能力を手にしていてもおかしくはなかった。



「よし、ちょっと試してみるか……。ステータスオープン!」


 周囲に誰もいないのを良いことに、カズヤは大きな声で唱えてみる。



 しかし、何も起きない。


 異世界系の定番ものでは、この言葉で空中にステータスが表示される。そこには、自分の体力や魔力などの数値が載っているはずだった。


「……おっかしいな、言葉を間違えたかな」



 それならばと、カズヤは思いつく限りの言葉を唱えてみる。


「メニュー、開け!」「インターフェース、表示!」「コンソール、起動!」「マップを表示!」「システムコール!」



 ……やはり何も起きない。


 足元を見回してもチート能力を持つ武器や防具は落ちていない。


「……もしかして、腕力では無くて魔法が使えるパターンか!?」


 腕力ではなく、絶大な魔法を手に入れる話もあったはずだ。



 カズヤは目をつぶって片腕を伸ばすと、魔法っぽい言葉を発してみる。


「ファイアーボール! 火球! フレームアロー! サンダー! ウインド!」



 何も起きない……。


「魔法を使うためには、特別な呪文の詠唱などが必要なのかもな」


 段々と、必死で試している自分が馬鹿らしくなってきた。



 あれこれ想像して試したことが、何一つ実現しない。結論として分かったのは、結局いつもの能力と何も変わらないということだ。


 今の自分の状態や周囲の風景を見る限り、地球ではない可能性が高い気はする。少なくともすぐに家に帰れるような場所ではない。


 そして、自分は何の能力も持たずにここに飛ばされてしまったということだ。




 カズヤは急に不安になってきた。


「こんなに人の気配がない森のなかで魔物でも現れたら、すぐに殺されてしまうぞ……」


 そう口にした時、思いがけず強烈な獣臭が漂ってきた。続いて、暴れまわった牛みたいな呼吸音も聞こえてくる。


「……な、なんだ!?」



 唸り声がする方に目をやると、なんとそこには豚の顔をした身長2mくらいの二足歩行の化け物が、カズヤに向かって歩いてきているのだ!


 手には太い棍棒を握っていて、しかも3体もいる。



「う、うわあっっ……!!」


 叫び声をあげると、あわてて背を向けて逃げ出した。


 カズヤはここが元の世界では無いことを確信する。


 走りながらチラリと後ろに目をやると、3体ともカズヤめがけて追い掛けてくる。まるでゲームやアニメの出来事みたいだが、実際に目の前で起きていることなのだ。



「いてッ!」


 しかし、走り出してすぐに、カズヤは木の根に足をとられて激しく転んでしまう。


 倒れ込んだカズヤに3体の魔物が襲い掛かってきた!



「頭をおさえて!!」


 すると突然、背後から女性の声が聞こえた。


 次の瞬間、カズヤの頭上を激しい暴風が吹き荒れる。



 空中をきり裂く嵐が魔物たちの身体を切り刻んでいく。その風は、周囲の樹々を揺さぶって何本か倒すほど強烈だった。


 吹き飛ばされた魔物たちが地面に転がる。樹や地面に叩きつけられた衝撃で、起き上がってくるものは一匹もいなかった。



 ホッと安堵したカズヤが声が聞こえてきた方向に目をやると、そこには20歳くらいの美しい女性が立っていた。


 肩にかかるくらいの赤い髪は絹のような美しさで、太陽の光を受けて輝いている。瞳も髪と同じような深い赤茶色で、肌は色白で透明感があった。



 漫画やゲームでよく見る、魔法使いのローブのような物を羽織っていて、その内側には複雑な刺繍が施された服を着ている。


 先端に宝玉がついた金属製の杖を持っていて、腰には短剣をぶら下げていた。



「あなた、大丈夫? こんな所に一人で何をしているの」


 カズヤは、彼女が話す言葉を自然と理解できたことに驚いた。


 今更ながら、さっきの「頭をおさえて」という言葉も、咄嗟に聞き取れていたことに気が付いた。



 何か特別な理由があるのかもしれないが、異世界ではこのようなチート能力が存在すると本で読んだことがある。


 理由は分からなくても、言葉が通じるというのはとても有難い。



「あの、気が付いたら、この森のなかに倒れていたんだ。さっきの化け物たちに急に襲われかけて……」


「武器を何も持っていないの? この辺りで丸腰は危険よ」


 装備を何も身に着けていないことに気が付くと、女性は心配そうな表情を見せる。



 カズヤはそれよりも、自分があまりにみすぼらしい格好をしていたので、見た目だけで邪険に扱われなくて少しホッとした。


「武器どころか、ここがどこかも分からないんだ。何という場所なんだ?」


「記憶も無いの? ここはエストラの北東の森よ。私はこの辺りで見かけない魔物が現れたと聞いて、調査に来たのよ」



「さっきの豚みたいな魔物のことか?」


「いえ、あれはただのオーク。この辺りで出没するのは珍しいことじゃないわ。もっと大きな魔物だと聞いていたけど……」


(やはり、あいつの名前はオークというのか)


 カズヤは自分の知っていたゲーム知識が当てはまったことに驚いた。



 だが、それどころではない。この女性の話によると、この森にはもっと恐ろしい魔物がいる可能性があるのだ。 


「……それはそうと、この辺りで小さな女の子を見なかったかしら? 森の中へ一人で入って行くのが見えたから、慌てて追いかけて来たの。そのせいで仲間とはぐれてしまったわ」



 (それで、この女性は森の中に一人でいるのか……)


 いくら強いとはいえ、女性が森の中を単身で歩き回っていたことに、カズヤは疑問を感じていたところだった。


 だが、彼女が言うような女の子をカズヤは見かけていない。



「いや、俺はこの近くにいたんだけど、出会ったのは君が最初なんだ」


「そう……。でも、それが当たり前よね。そもそも、こんなところに小さな子供が一人でいる方が変なのよ。私が幻術の魔法でもかけられたのかしら」



 カズヤの言葉を聞いて女性は考え込み始めた。ブツブツと下を向きながら独り言をつぶやく。


「……私はもう少し女の子を探してみることにするわ。あなたも一緒に来る? 武器も持たずにここにいたら、命の保証はできないわよ」


 軽いタッチで、さらりと恐ろしいことを口にした。


「そ、そうなのか!? それじゃあ俺を人が集まっている場所まで連れて行ってくれないか。こんなところに置き去りにされたくない!」



 カズヤの必死な訴えを聞いて女性は微笑んだ。


「ふふ、分かったわ。私はアリシア、あなたの名前は?」


「俺はカズヤだ。もともとは違う場所にいたはずなんだけど……。俺はなぜこんな場所にいるんだろう」



 違う場所どころか、違う世界にいたはずなんだが。


 だが、魔物に襲われる前に助けてもらえて、自分は運が良かった方なのかもしれない。



 カズヤが自分にそう言い聞かせながら、アリシアに付いて行こうと歩き始めた時。



 グオオオオオォッッッッッッ!!



「な、なんだ……!?」


 再びカズヤの耳に、魔物の凶暴な唸り声が聞こえてきた。先ほどのオークよりも重く大きい

 咆哮が、鼓膜を荒々しく震わせた。


 カズヤとアリシアは咄嗟に周りを見渡すが、姿は見えない。


 カズヤの身体がギュッとこわばる。アリシアは持っていた杖を両手で強く握りしめた。



 次の瞬間。


 激しく物がぶつかる衝撃音とともに、近くの樹木がなぎ倒される。樹々の隙間から、茶色の毛をした巨大な熊のような生物の姿が見えた。



「ブラッドベア……! まさかB級の魔物がこんな所にいるなんて」


 魔物の姿を認めたアリシアが、声を抑えながら小さく叫んだ。その声色はかすかに怯えを含んでいる。



「まともに戦うと危険よ。急いで森の外に出て、仲間と合流しましょう」


 B級というのがよく分からないが、口ぶりからするとかなり危険な魔物のようだ。


 二人は無理な戦闘は避けて、その場を離れようと試みる。



「……伏せて!!」


 カズヤが逃げられそうな方向を見回したと同時に、アリシアから声が飛んでくる。


 とっさに反応して身をかがめた。



 その頭上を、なんと大木が丸々一本飛んでいった。枝葉の先がカズヤの頭をかすめていく。そして轟音を立てて、大木が周囲の草木をなぎ倒していった。


 あまりの破壊力に、カズヤは背筋が凍った。アリシアが声を掛けてくれなかったら、間違いなく頭を直撃していた。



 そして恐る恐る頭をあげる。大木が飛んできた方をゆっくりと見ると、カズヤは巨大な魔物と目が合ってしまった。


 (でかい……!) 


 近くで見ると、よりその凶暴さが伝わってきた。背丈が5mはありそうだ。鋭利な牙と凶暴な爪が目に入る。



「見つかってしまったら仕方ないわ。私が気を引くからあなたは逃げて!」


 アリシアはカズヤを背にして仁王立ちになる。ふたたび杖を握りしめると早口で詠唱を始めた。



 するとアリシアが持つ杖の先に発光した紋様が浮かび上がり、光輝く小さな球体が形成されていく。


 アリシアが少しのあいだ力を貯めたかと思うと、周囲に光の陰影を描きながら炎の塊がさらに輝きだした。



ファイア・バースト炎風爆烈旋!」


 大きく杖を振ると、バレーボール大の炎の塊が魔物に向かって放たれる。ブラッドベアの顔へと、まっすぐ飛んでいった。



 しかし直撃する寸前。


 まるで弾かれたように炎の塊が逸れる。


 外れた炎がブラッドベアの横の樹に当たり、激しい光と音をあげて爆発した。樹の表面が一瞬にして燃え上がり、焦げ付いた臭いが充満する。


 魔物は何事もなかったかのように、こちらを向いて立っていた。



「ブラッドベアに魔法は効かないのね……。カズヤ、森の出口に向かって走って!」


 アリシアが、カズヤの方を向いて声を発した。


 しかし、ブラッドベアはその隙を見逃さなかった。後ろを向いたアリシアに向かって、横殴りに激しく腕を振る。



 ブラッドベアの腕が、咄嗟にかわそうとしたアリシアの杖を直撃した! 


 杖は手から離れて森の奥へ飛ばされる。そして杖を握っていたアリシアも、勢いに巻き込まれて弾き飛ばされてしまった。



 アリシアは受け身を取れずに地面に叩きつけられる。


 苦しそうに息を吐きだして、すぐに立ち上がろうとするが、足がふらついて起きあがれない。


 強靭な膂力で獲物を痛めつけたことに満足したブラッドベアは、ゆっくりとアリシアの方へと近寄ってきた。



(……まずいぞ、このまま俺だけ逃げ出すのか!?)


 カズヤは自分一人だけ逃げることに躊躇した。


 何もしなければ、アリシアが襲われるのは確実だ。なんとかして自分を助けようとしてくれたアリシアに加勢したい。



 だが、ただの日本人男性であるカズヤに魔物を倒すだけの力はない。それどころか傷一つつけられないだろう。


 アリシアの目の前に魔物が迫り、触れそうなほど近くなる。




 すると、とっさにカズヤの身体が動いた。


「おい、クマ野郎! こっちを見やがれ!!」


 カズヤは大きな声で叫んだ。


 そして地面に落ちていた石を手に取ると、ブラッドベアに向かって投げつける。傷付けることなどできないが、注意を引き付けるには十分だった。



 ブラッドベアは、何の武器も身につけていない弱々しい男が立っているのに気付くと、視線をカズヤの方に寄越す。


 ブラッドベアはカズヤの方に向きを変えた。魔物の注意は完全にカズヤに向いている。



 そのすきにアリシアは素早く立ち上がった。


 一瞬、アリシアとカズヤの視線が交差する。



「危険よ、早く逃げて!」


 この状況になっても、アリシアはカズヤを逃がそうとしてくれている。 


 もちろん、カズヤは戦うつもりなど全くない。



「……じゃあ、幸運を!」


 カズヤは背中を向けると、ブラッドベアと反対の森の奥へと一気に走り出した!

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