超科学力の美少女AIと一緒なら、剣と魔法の異世界を救うことはできるのか?
teamCorps
第1章 王都編
001話 紅い髪の魔法使い
「……ここはどこだ?」
カズヤは目を覚ますと、知らない場所に横たわっていることに気が付いた。近くで、ゴウゴウと水の流れる音が聞こえている。
上半身を起こして辺りを見渡すと、横に大きな川が流れている。空気は澄みきっていて、時間帯は朝方のように感じた。
「痛ててっ……なんで俺は、こんなところで寝てるんだ!?」
なぜ自分がこんな所にいるのか、記憶をたどって思い出そうとする。
だが、頭に鋭い痛みが走って邪魔をされた。深く考えようとするほど、痛みで集中が乱されてしまう。
「……たしか仕事が終わって、家で寝てたんじゃなかったっけ?」
かすかに残る記憶をたどっていくと、普段の生活を思い出してきた。仕事と家を往復する平凡な会社員生活だ。
霧山 カズヤ、25歳男性独身。
昨晩も、会社から一人暮らしの我が家に帰宅したあと、録りためていたテレビ番組を見て、そのまま眠ってしまったはずだ。
それが何の間違いで、こんな場所で寝ているのか。
「こんな頭痛持ちではなかったはずなんだけど……」
カズヤはよろよろと大きな川の方へ歩き、たまった水に自分の顔を映してみる。水は綺麗に澄みわたり、鏡のように映し出てくれた。
そこには見慣れた平凡な顔が映っている。
黒い髪に黒い瞳。いつもより頬がこけて髭が伸び、やつれているようにも見えた。
身長170cmほどの中肉中背。手足にはたくさんの擦り傷があって、泥で汚れたボロボロの服を着ている。
とくに左手首の内側には、心当たりのないくっきりとした傷痕がついていた。
「いったい何があったんだ、悪い夢でも見ているのかな……?」
いったん冷静になろうと深呼吸を試みる。
その時ふと上空に、見たことのない天体が目に入った。円の一部が欠けていて、全体的に青色や緑がかっている。
他にも不思議な天体が幾つも浮かんでいた。
「ひょっとして、ここは地球ではないのか?」
ふとカズヤは、日本で流行っていたアニメや漫画のことを思い出した。
寝ている間に違う世界に飛ばされ、チート能力をもらって異世界を無双する話だ。
「もしかしたら、俺もそうなったのかな?」
目の前の風景やおかれた状況が、物語と共通する部分が多い。それならば物語の主人公のような、特別な能力を期待してもおかしくないだろう。
「よし、ちょっと試してみるか……。ステータスオープン!」
周囲に誰もいないのを良いことに、カズヤは大きな声で唱えてみる。
しかし、何も起きない。
定番ものでは、この言葉で空中にステータスが表示され、そこには自分の体力や魔力などの数値が載っているはずだった。
「……おっかしいな、言葉を間違えたかな」
それならばと、カズヤは思いつく限りの言葉を唱えてみる。
「メニュー、開け!」「インターフェース、表示!」「コンソール、起動!」「マップを表示!」「システムコール!」
……やはり何も起きない。
足元を見回してもチート能力を持つ武器や防具は落ちていない。
「もしかして、腕力では無くて魔法が使えるパターンか!?」
腕力ではなく、絶大な魔法を手に入れる話もあったはずだ。
カズヤは目をつぶって片腕を伸ばすと、魔法っぽい言葉を発してみる。
「ファイアーボール! サンダー! ウインド! ええい、ブリザード!」
何も起きない……。
段々と、必死で試している自分が馬鹿らしくなってきた。
あれこれ想像して試したが、何一つ実現しない。結論として分かったのは、結局いつもの能力と何も変わらないということだ。
周囲の景色を見る限り、ここが地球ではない可能性が高い。少なくともすぐに家に帰れるような場所ではない。
そして自分は何の能力も持たずに、ここに飛ばされてしまったのだ。
カズヤは急に不安になってきた。
「こんなに人の気配がない森で、もし魔物でも現れたら……」
そう口にした時、思いがけず強烈な獣臭が漂ってきた。続いて、興奮した牛のような呼吸音も聞こえてくる。
「……な、なんだ!?」
唸り声がする方を見ると、そこには豚の顔をした二足歩行の化け物が3体。カズヤに向かって歩いてきていた。
胴体は筋骨隆々とした人間のようで、身長は2mをゆうに超えている。汚れた鎧を着ていて、手には荒くけずった棍棒を握りしめていた。
「う、うわあっっ……!!」
反射的に背を向けて逃げ出した。
しかし、3体ともカズヤを目掛けて追いかけてくる。
カズヤは、ここが元の世界では無いことを確信した。
「いてッ!」
走り出してすぐに、木の根に足をとられて転んでしまう。
倒れ込んだカズヤに、3体の魔物が襲いかかる。
ドガンッッ!!
オークが振り下ろした棍棒が、顔すれすれをかすめる。カズヤは奇跡的に、転がるように何とか身をかわした。
空振りした棍棒が、衝撃とともに地面に深い穴をあけている。
しかしオークは、すぐに二打目を振り下ろす準備をしている。
「だめだ……間に合わない」
カズヤは地面に手をついたまま、思わず目を閉じた。
次の瞬間。
「頭をおさえて!!」
背後から凛とした女性の声が聞こえた。
カズヤの頭上を、激しい暴風が吹き荒れる。
「ブギャアアアッッッ!!」
嵐の刃が、魔物たちを引き裂いた。
すさまじい勢いの風がオークの肉体を切り刻み、大量の血しぶきを飛ばしていく。
吹き飛ばされた魔物は地面に転がり、樹や地面に叩きつけられる。衝撃でこと切れたのか、起き上がってくるものは一体もいない。
凶悪な姿をした魔物が、たった一撃で倒されてしまったのだ。
ホッとしたカズヤが声がした方に目を向けると、そこには20歳くらいの美しい女性が立っていた。
身長は165cmくらい。肩にかかるくらいの赤い髪は絹のような美しさで、陽の光を受けて輝いている。瞳も髪と同じような深い赤茶色で、肌は色白で透明感があった。
頬はほんのり赤く染まっていて、やわらかそうな唇は淡いピンク色。小ぶりな鼻が滑らかに通り、整った顔立ちだ。
漫画やゲームでよく見る、魔法使いのローブのような物を羽織っていて、その内側には複雑な刺繍が施された服を着ている。
先端に宝玉がついた金属製の杖を持っていて、腰には短剣をぶら下げていた。
「あなた、大丈夫? こんな所に一人で何をしているの」
「ああ、大丈夫だけど……」
カズヤは、彼女が話す言葉を自然と理解できたことに驚いた。
今更ながら、さっきの「頭をおさえて」という言葉も、咄嗟に聞き取れていたことに気が付いた。
何か特別な理由があるのかもしれないが、異世界ではこのようなチート能力が存在すると本で読んだことがある。
理由は分からなくても、言葉が通じるというのは有難い。
「あの……助けてくれてありがとう。気が付いたら、この森のなかに倒れていたんだ。さっきの化け物たちに急に襲われて」
「武器を何も持っていないの? この辺りで丸腰は危険よ」
カズヤが何も装備を身に着けていないのを見ると、女性は心配そうな表情になる。
カズヤは自分があまりにみすぼらしい格好をしていたので、見た目だけで邪険に扱われなかったことに少し安心した。
「武器どころか、なぜ自分がここにいるのかも分からないんだ。何という場所かも分からないし」
「記憶も無いの? ここはエストラの北東の森よ。私はこの辺りで見かけない魔物が現れたと聞いて、調査に来ているのよ」
「さっきの豚みたいな魔物のこと?」
「いいえ、あれはただのオーク。この辺りで出没するのは珍しいことじゃないわ。もっと大きな魔物だと聞いていたけど……」
(やはり、あいつの名前はオークというのか)
カズヤは自分のゲーム知識が当てはまったことに驚いた。
だが、それどころではない。この女性の話によると、この森にはもっと恐ろしい魔物がいる可能性があるのだ。
「それはそうと、この辺りで小さな女の子を見なかったかしら? 森の中へ一人で入って行くのが見えたから、慌てて追いかけて来たの。そのせいで仲間とはぐれてしまったわ」
彼女はたまたま単独行動をしていたのか。
いくら強いとはいえ、女性が森の中に一人でいることに疑問を感じていたが、得心がいく。
だが、彼女が言うような女の子をカズヤは見かけていない。
「いや、俺はこの近くにいたんだけど、出会ったのは君が最初なんだ」
「そう……。でも、それが当たり前よね。そもそも、こんなところに小さな子供が一人でいる方が変なのよ。私が幻術の魔法でもかけられたのかしら」
カズヤの言葉を聞いて女性は考え込み始めた。ブツブツと下を向きながら独り言をつぶやく。
「……私はもう少し女の子を探してみることにするわ。あなたも一緒に来る? 武器も持たずにここにいたら、命の保証はできないわよ」
軽いタッチで、さらりと恐ろしいことを口にした。
「そ、それじゃあ、人が集まっている場所まで連れて行ってくれないか。こんなところに置き去りにされたくない!」
カズヤの必死な訴えが届いたのか、女性はにこりと微笑んだ。
「ふふ、分かったわ。私はアリシア、あなたの名前は?」
「俺はカズヤ、もともとは違う場所にいたはずなんだけど……。俺はなぜこんな場所にいるんだろう」
違う場所どころか、違う世界にいたはずなんだが。
それでも魔物に襲われる前に助けてもらえて、自分は運が良かった方かもしれない。
カズヤが自分にそう言い聞かせながら、アリシアに付いて行こうと歩き始めた時。
「グオオオオオォッッッッッッ!!」
凶暴な唸り声が、カズヤの耳に飛び込んできた。
先ほどのオークよりも重く大きい咆哮が、鼓膜を荒々しく震わせる。
「な、なんだ……!?」
カズヤとアリシアは周りを見渡すが、姿は見えない。
カズヤの身体がギュッとこわばる。アリシアは持っていた杖を両手で強く握りしめた。
その直後。激しく物がぶつかる衝撃とともに、近くの樹木がなぎ倒された。
樹々の隙間から、茶色の毛をした巨大な熊のような生物の姿が見える。
「ブラッドベア! まさかB級の魔物がいるなんて……」
魔物の姿を認めたアリシアが、声を抑えながら小さく叫んだ。その声色はかすかにおびえている。
「まともに戦うと危険よ。急いで森の外に出て、仲間と合流しましょう」
B級というのがよく分からないが、口ぶりからするとかなり危険な魔物のようだ。
カズヤは逃げられる方向がないか、辺りを見回す。
「……伏せて!!」
突如、アリシアが叫んだ。
カズヤは反射的に身をかがめる。
その頭上を、大木が丸々一本飛んでいく。枝葉の先がカズヤの頭をかすめ、轟音を立てて周囲の草木をなぎ倒していく。
あまりの破壊力に、カズヤは背筋が凍る。
アリシアが声を掛けてくれなかったら、間違いなく頭を直撃していた。
恐る恐る頭をあげる。
大木が飛んできた方をゆっくりと見ると、カズヤは巨大な魔物と目が合ってしまった。
(でかい……!)
近くで見ると、よりその凶暴さが伝わってきた。鋭利な牙と太く尖った爪、頑強な筋肉。体長5mはありそうだ。
こんな熊は今まで見たことがない。
「2人で逃げるのは無理ね、私が気を引くからあなたは逃げて!」
アリシアはカズヤを背にして仁王立ちになる。
ふたたび杖を握りしめると、早口で何かを詠唱し始めた。
するとアリシアの杖に発光した紋様が浮かび上がり、光輝く小さな球体が形成されていく。周囲に光の陰影を描きながら、炎の塊がさらに輝きだした。
「ファイア・バースト《炎風爆烈旋》!」
大きく杖を振ると、バレーボール大の炎の塊が魔物に向かって放たれる。ブラッドベアの顔へと、まっすぐ飛んでいった。
バシイイイイッッッ!!
しかし直撃する寸前。
まるで弾かれたように炎の塊が、ブラッドベアから逸れる。
外れた炎が横の樹に当たり、激しい光と音をあげて爆発した。樹の表面が一瞬にして燃え上がり、焦げ付いた臭いが充満する。
魔物は何事もなかったかのように、こちらを向いて立っていた。
「弾かれたっ!? 魔法が効かないなんて……カズヤ、すぐに逃げて!」
アリシアが、カズヤに向かって鋭い声を発した。
しかし、ブラッドベアはその隙を見逃さない。背を見せたアリシアに向かって、横殴りに激しく腕を振る。
かわそうとするアリシアの杖に、ブラッドベアの腕が直撃した。
杖は手から離れて森の奥へ飛ばされる。そして杖を握っていたアリシア自身も、巻き込まれて弾き飛ばされてしまった。
アリシアは受け身を取れずに地面に叩きつけられる。
すぐに立ち上がろうとするが、足がふらついて起きあがれない。激しくせきこみ、苦しそうに息を吐きだした。
獲物を痛めつけて満足したのか、ブラッドベアはアリシアの方にゆっくりと近寄っていった。
(……まずいぞ、このまま俺だけ逃げ出すのか!?)
カズヤはどうするべきか逡巡する。
何もしなければ、アリシアの命が危ないのは明らかだ。
自分を助けようとしてくれるアリシアに、なんとか加勢したい。
だが武器を持たず魔法も使えないカズヤが、魔物を倒すのは不可能だ。それどころか傷一つつけられる気がしない。
躊躇しているうちに、アリシアの目の前に魔物が迫ってくる――
とっさにカズヤは大声で叫んだ。
「おい、クマ野郎! こっちを見やがれ!!」
地面に落ちていた石を手に取ると、ブラッドベアに向かって投げつける。
「グオオオオオオッッッッ!」
傷付けることなどできないが、魔物の注意を引き付けるには十分だった。
ブラッドベアは、何の装備も身につけていない弱々しい男に気が付くと、視線をカズヤの方へと移動する。
身体の向きを、カズヤの方へと変えた。
その隙にアリシアが何とか立ち上がる。
一瞬、アリシアとカズヤの視線が交差した。
「危険よ、早く逃げて!」
この状況になっても、アリシアはカズヤを逃がそうとしてくれている。
もちろんカズヤは、アリシアを見捨てるつもりは全くない。挑発したブラッドベアを、別の場所に誘導してやるのだ。
「……じゃあ、幸運を!」
カズヤは背中を向けると、森の奥へと一気に走り出した。
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