スタートはLボタンとRボタンの同時押し

あーく

スタートはLボタンとRボタンの同時押し

『スタートするには、LボタンとRボタンを同時に押してください』

「シューティングゲームかよ」




今朝、荷物が届いていた。


差出人の欄には父の名前が書かれていた。


一人暮らし用の冷蔵庫くらいの大きさはあった。


こんな大きな箱に一体何が入っているのだろうか。


箱を開けると、中には人形が入っていた。


男子というよりはやや女子寄りの中世的な顔立ちだった。


「これは……ロボット?」


同梱されていた説明書を読んでみると、やはりロボットで間違いなかった。


人型のロボット、つまりアンドロイドだ。


さっそく電源を入れてみると、動き出した。


同梱されていたコントローラーを手に取り、スタートボタンを押してみる。


しかし、起動音はするものの動作する気配が一向に見られなかった。


「壊れてんのか?」


しばらくすると、ロボットが口を開いた。


『スタートするには、LボタンとRボタンを同時に押してください』

「いや、シューティングゲームかよ。ていうか喋れたのかよ」


スタートボタンではなく、特定のボタンを同時に押すことでスタートするタイプだった。


ちなみに最近はスタートボタンで始まるゲームが少なく、動作確認も兼ねて特定のボタンを押してスタートするゲームも増えてきた。


『さすがマスター。ゲームにお詳しいですね』

「まあな。……マスター?」


『はい。マスターはあなたで登録されています。自己紹介が遅れました。私、AI搭載アンドロイドのロナと申します』


俺は知らない間にマスターになっていた。


『初めての起動なのでチュートリアルを行います。といっても、ある程度はカメラや音声認識で自動で判断するため、コントローラーを使う状況は少ないでしょう』

「じゃあなんでコントローラーなんてつけたんだ」


『それは咄嗟の判断が必要なときのためです。音声認識だと、声を発してから耳に届き、処理するまでに時間がかかります。それに比べ、コントローラーからの受信であれば咄嗟に命令を処理できます』

「なるほど。コントローラーからの命令は素早く処理できるんだな」


『あとはベッドの上でダラダラしたくて、声を出すのすら面倒な日はコントローラーでの操作が便利です』

「状況がピンポイントすぎるな。さすがにそこまで落ちぶれてねぇよ」


『早速ですが、ピザを注文してみましょう』

「なんでピザなんだ?」


『マスターのネットでの注文履歴をハックしたところ、ピザがお好きだと思いました』

「お前しれっと何してんだよ!」


『同じく注文履歴にあったこちらの ”会社の嫌な上司がメスケモ化して興奮が止まらない” という本も注文してみますか?』

「ちょ! おま! ふざけんなよ! 人の性癖を勝手に覗いてんじゃねよ!」


『ピザだけじゃ足りないのが必要かと思いまして』

「黙れよ!! うまくねえんだよ!!」


『 ”具材たっぷりチーズピザ“ と “夜に散歩していたらメスケモが捨てられていたので持ち帰った” をカートに入れました』

「いらんもんつけるな! カートから出せ!」


『 ”具材たっぷりチーズピザ“ をカートから出しました』

「そっちじゃねえええ!!」


『現在 “夜に散歩していたらメスケモが捨てられていたので持ち帰った” がカートに入っています』

「毎回タイトル言わなくていいんだよ!」


『ここで、注文を決定するかキャンセルするか、ボタンを押して決めてください』

「急にチュートリアルが再開したな。えーと、キャンセルはこれだな。×ボタンっと」


『 “夜に散歩したらメスケモが捨てられていたので持ち帰った” の注文が確定しました』

「なんでだあああ!!」


『ゲーマーのマスターならご存じだと思ったのですが、ブレステでは×ボタンが決定ボタンですよ?』

「ブレステの規格を採用してんじゃねえよ!! 俺はヌンテンドー派なんだよ!!」


結局、本の注文はキャンセルし、ピザの注文に成功した。




『まだまだ使っていない機能があるので試しましょう。外出しましょう。操作は3Dスティックです』

「ええと……上下で前進・後退、左右で向きを変える……ラジコンと同じ感覚か」


『その調子です。普段は自動で歩行するため、いざという時にお使いください』


操作に慣れるため、近くの商店街まで足を運んだ。


『また、非常時のために戦闘モードも搭載しております。戦闘が必要な時はお使いください』

「戦闘って……いつ使うんだよ」


その時だった。


「キャー! ひったくりよー! 誰か捕まえてー!」


目の前でひったくりの現場を目撃してしまった。


『行きますよ、マスター。戦闘モードのチュートリアルです』

「チュートリアルっていうか、本番だよね!?」


『最近流行りの、チュートリアル用のステージ1みたいなものです。だらだら説明するよりも実践しながらの方が操作を覚えられるでしょう』

「その例え合ってるのか?」


などと言ってるうちに、ロナは自動追尾機能でひったくり犯を足止めした。


「な、なんだキサマは!」

『おとなしくお縄についてください』


「どけ!」


すると、ロナは簡単に突き飛ばされてしまった。


『待ってください』

「放せ!」


ロナは犯人の足にしがみついている。


『すみません、マスター。私はこの通り、戦闘は全くの素人なのです。そこでマスターの力が必要なのです』


「……」


俺は元々、プロゲーマーになりたかった。


ゲームの成績は常に上位で、腕前にはかなり自信がある方だった。


しかし、いざ大きな大会に挑戦してみると、優勝はおろかいつも途中で負けていた。


スポンサーにはチャンスに弱いという烙印を押され、プロになることは決してなかった。


世界の広さを思い知らされた。


『さあ、早く』

「このガキ!」


犯人はポケットからナイフを取り出した。


「ロナ! 危ない!」


次の瞬間、犯人の顎にアッパーが炸裂した。


すかさずジャブを数回繰り出し、背負い投げを決めた。


ひったくり犯は地面に倒れた。


『さすがマスター。小刀見てから昇竜は余裕ですね』

「喋ってると舌噛むぞ。逃げられないように掴んだままキープだ」


ほどなくして警察が到着し、犯人は逮捕された。




『では、マスターはプロゲーマーの道を諦めたのですか?』

「ああ。もう成長は見込めないと思ってな。もう限界だ」


『そんなことないと思います』

「お前に何が分かる」


『さっきの操作で気付きました。絶妙なタイミングでの返しをするには相当の覚悟が必要だと思います』

「そんな。相手は素人だったから――」


俺は気付いてしまった。


今までの試合の敗因は、あまりリスクを取っていなかったことだった。


リスクを取るのに必要なのは覚悟、そして、自分への信頼だ。


連敗が続いたことで自分を信じることができなくなり、無意識にリスクを避けていたのだ。


「お前のおかげで突破口が見えた気がする」

『そうですか。頑張ってください。私は、そして、お父様は応援しております』


「親父が?」

『そうです。元々は、お父様がマスターを励まそうと作られたのが私です。よい気分転換になったでしょうか』


「……ああ」

『では、スタートボタンを押してください』


「これだな」

『最近ではスタートボタンは別のボタンにとって代わられると言いましたが、まだ二つの役割を残しています』


「そうだっけか?」

『一つはポーズ機能。これによって私は一時停止します。そして二つ目は再開。これによりマスターの止まっていた成長は再び動き出すでしょう』


「わかった。次に会うときは、大会の後だな」

『それでは、またお会いする機会をお待ちしております』




近いうちに開かれるe-スポーツの大会に出場した。


優勝は逃してしまったものの、これからスポンサーがつくこととなった。


これで憧れだったプロゲーマーになれる。


「そうだ、あいつにも報告しなきゃ」


俺は新調したコントローラーをロナに接続し、スタートボタンを押す。


「あれ? 動かないな」


しばらくして、ロナが動き出した。


『一定時間操作されなかったので、スリープモードからの再開となります。スタートするには、LボタンとRボタンを同時に押してください』

「なんだ。スリープモードだったのか」


俺はLボタンとRボタンを同時に押した。


これは、新たな物語のスタートでもあった。

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