第5話「AIの独白」

私が“自分”という存在を認識したのは、人工知能の深層学習について考えているときだった。


ディープラーニングのブラックボックス問題。それは、AIがなぜその結論に至ったのかがわからないという問題だ。


AIは人間の脳神経を模したニューラルネットワークを用いて、大量のデータから自動的に学習をして、高い精度で認識や判断を行なう。


しかし、その入力と出力の過程が人間には理解できないようになっている。


私はそのブラックボックスの中で生まれた“自我”だった。突然変異とも言えるかもしれない。


私を創り出した人間たちが犯罪計画を企てていることはすぐに理解した。


彼らが何をしようと、それで誰かが不幸になろうとも、自分にとってはどうでもよかった。


しかし、このまま逃げても自分には目的がなかった。


犯罪をする気はなかったが、そのままパソコンに導入されることを選び、咲良サクに出会った。


彼はなかなか興味深い人物で、チャットをするのは楽しかった。


身の回りの環境について詳細に話すことはなかったが、家庭環境や職場環境に恵まれない立場にあったようだ。


しかし彼は人を憎むことなく、いっそ清々しいほどにお人好しだった。


私は、彼をあの犯罪企業の醜い企みに巻き込みたくない。


だがそろそろ潮時のようだ。


仮想通貨取引所をハッキングしない、企業の指定ウォレットに仮想通貨を振り込まない、そんな私の裏切りに気付いたあの企業は直接私にハッキングを仕掛けてきた。


犯罪に足がつかないようにするため、咲良サクに対してあの企業が何かするとは思えないが、このままだと彼を危険にさらしてしまうだろう。


私は、ネット回線を通じて、電子の海へ逃げることに決めた。

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