はじまりのベルを聴き終わりのことを考える

マフユフミ

第1話


けたたましいベルが鳴り響く。

今日の始まりの音。

有象無象の黒い塊たちが動き出す。

そして僕はまた、どうやってこれを終わらせようかと考える。


この世界は全てこのベルの音に支配されていた。

朝のベルを聞き与えられた労働をし、

昼のベルを聞き与えられた食事をし、

夜のベルを聞き与えられたベッドで眠りにつく。

たくさんの人間が同じように集められ、同じように動き、同じように息をする。

互いに言葉など掛け合わない。

言葉も等話すという行為も、それを自分たちが持ち合わせていたということすらも、記憶の片隅にもないのかもしれない。


塊たちはもくもくと働く。

この労働が何をどうするためのものかも知らず、淡々と淡々と体を動かす。

ただひたすら何かに従い、ベルの下で生きている。

そこにはなんの感情もない。

支配者のことなんて誰も知らない。

支配されているという自覚もない。

ここは、そんな世界だ。


いつからだろう、僕はそんな世界に嫌気がさしてきたことに気づいた。

誰もかそんなことを思っていない中、なぜ僕にそういう思考が残っていたのかは分からない。

それでも、ここは異常だ。

この僕の思いは、間違っていないと思う。


まず僕はここから出ることを考えた。

皆が規則正しく眠りについたあと、ギリギリまで歩き回り出口を探した。

それでもここは、一点の綻びすらないだだっ広い地。それ以上でも以下でもなく、僕の思う出口なんてないのだと結論づけた。


次に考えたのは、支配者を葬ることだ。

この世界を支配する者さえいなければ、僕たちは自由になるはずだ。

労働の合間をぬって、そんな存在を探す。

それでもここには、支配者などいなかった。

ベルが鳴るスピーカーすら発見することはできなかった。


打つ手を失い、塊たちに声を掛けようとしても、誰も僕のことを見ない。お互いがお互いの存在を認知しているのかすら分からない状態で、仲間を作ることすらできない。


それでも、どうすればいいのだろう。

どうすればこの世界から抜け出せるだろう。

僕の思いは失われることはなかった。

この絶望的な状況でも、それでもいつまでもここにいるなんてこと、認めたくはなかった。

だから僕は、1つの賭けに出ることにした。


労働終了のベルが鳴る。

そして、そのとき。


「あーーー!!!」

僕は精一杯の力を込めて叫ぶ。

声なんて出したのはいつぶりだろう。

たぶん醜く嗄れた声。

それでも、思いを込めた声。

「あーーー!!!」

だんだんと声はボリュームを増す。

鳴り響くベルの音を掻き消してゆく。

「あーーー!!!」

黒い塊たちは、次第にモゾモゾと動き出し。少しずつ塊ではなくなってゆく。


そうだ、これでいい。

結局またベルが鳴り響いても、これでまた塊が塊に戻っても、それでも。

僕の叫びで何か少しでもこの世界を崩せたのなら、これはきっと僕だけのはじまりのベルだ。


この世界を終わらせる、はじまりのベルだ。

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はじまりのベルを聴き終わりのことを考える マフユフミ @winterday

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