とある冬の夜のこと

雫石わか

「とある冬の夜のこと」


――夜。

 

 細い月が薄っすらと光を放つ空の下、僕はひとり歩いていた。

 バスに乗ったときはまだ明るかったのにな。

 はぁ、と白い息を吐いてマフラーに口元を埋める。

 今年は暖冬だとか言われてるけど、やっぱり夜は寒い。去年とかに比べたら寒いのかもしれないけど、そんなの関係ない。寒いものは寒いんだ。

 ざっ、ざっ、

 あたりに響くのは僕の足音だけ。雪も何も降っていないのにもかかわらず、すごく静かだ。こうして歩いていると、まるでこの夜の世界に自分しかいないような気持ちになる。なんだか、少し寂しいような、だけどエモーショナルな、そんな気持ちになる。

 光。

前方に明るいものが見えた。

「コンビニ」

 毎日見ているけれど、この夜の中に光と現実を差し込むこの存在に、いつもじっと視線を向けてしまう。

 ぼんやりと光るそれは、この冷たい夜の中ではとても暖かい存在に感じる。

 いつも見ているだけであまり寄ることはなかったが、今日は寄ってみようかな。


「いらっしゃいませー」

 僕が店内に足を踏み入れると同時に、ピンポーンという音と店員の少し間の向けた声が聞こえた。

 なにを買おうと考えながらカゴを持ったその時、

「あれ、弥生じゃん」

 突然自分の名前を呼ばれ、「ん?」と顔を上げると、友達の優希がいた。

「え、なんでいるの?」

 僕たちはお客さんたちの邪魔にならないよう、店内の奥に移動した。

 確か、優希の家はここから少し離れていたはずだ。なぜ、こんな夜にしかもこんなところにいるのだろうか。

「ちょ、友達に向かってその言い方はひどくね?」

 周りを意識してか、少し小さめの声で話す優希。

「いや、別に家から近いわけでもないのにこんな時間にこんなところにいたら、こういう言い方になるのは仕方ない」

 僕も小声で返す。

「あー、まあ確かに」

 納得するのか。まあ、これが優希だよな……。

「でさ、答えてよ。なんでここにいるのか」

 僕が言うと、優希は「あ、そうだった!」とでも言うような顔をしてから告げた。 

「俺、明日からここでバイトするんだけど、その下見的な感じ? で来た」

「……は?」

 え、聞いてないんですけど。ていうかなんでよりによってここなんだ? お金貯めたいとかだったら、もっと近所とかでもバイト募集してる店はあっただろうに。なんで……?

「あれ、俺言ってなかったっけ」

「言ってないよ。僕は今、お前の唐突なカミングアウトにびっくりしてるよ」

 優希はしばし固まる。そして、少し経ったあと「あー!」と小さな声で何かを思い出したように叫んだ。

「俺さ、放課後お前と別れたあと、なんか言い忘れたことがあった気がしてたんだけどこのことだったわ」

「思い出すの遅く無い……?」

 まあ、別に隠してたとかそういうわけではないのだろうと思っていたが、普通に忘れてたのか。

「でもなんでここなの? そんなに家から近いわけでもないだろうし。あと、なんで明日から?」

「あー、俺昔からコンビニのバイトとか一回やってみたくてさ。明日から冬休みだけど、俺は特に予定とかないし、それならバイトしよ! って思って。この時期にバイト募集してるコンビニがここだけで、まあそんなに遠いというわけでもないからいいかなって」

「あ、そうだったんだ」

 そうだよね、明日から僕ら冬休みだもんなぁ。

「僕も特に予定とかないよ」

「お、じゃあお前も一緒にバイトやる? まだ募集してるみたいだぜ」

優希が笑いながら聞いてくる。

「……わりといいかも」

「ガチ!? じゃあやろうぜ!」

 優希が笑いながら僕の肩をトントン叩く。

「家帰ったら相談してみるよ」

「おう、面接受かったら言えよ。あ、面接落ちてもちゃんと言うんだぞ。そしたら俺が給料使って、慰めのおにぎり奢ってやるから」

「落ちないし。でも奢ってもらえるのいいな……」

 僕は顎に手を当てながら言った。

「おい、ちゃんとやれよ?」

「わかってるって。冗談冗談」


 じゃな、と手を振って俺は優希と別れた。

僕は店内を見て回りながら、明日の冬休みのことを考える。

 バイトか。今までやったことないし、なんか緊張するけど楽しみだな。あ、面接練習もしないと。 

 なんか明日から忙しくなりそうだな。

 僕はマフラーの下で少しほほえみながら、おにぎりを一つ、カゴの中に入れた。



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とある冬の夜のこと 雫石わか @aonomahoroba0503

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