スタートライン

NADA

「スタート」

西高東低の冬の空は雲が低く連なっている

寒さに首をすくめて美保はマフラーをきつく巻き直した


「さむっ……」


息が白い水蒸気になる

駅までの道を足早に歩く



曖昧な関係

ハッキリ言えば、都合のいいキープ扱い

好きだったから、それでもいいと自分に言い聞かせてきた

でも、もう限界

これ以上、自分が傷つくのは耐えられない



祐介は同じ大学で、専攻は違うけど目立つ存在だからずっと前から知っていた

友達の友達に祐介と同じサークルの子がいて、その子を通じて集まりがあった時に初めて祐介と話をした

話しやすくて面白くて優しくて、美保はすぐ祐介のことが好きになった


女の子たちから人気があって、いつも周りに可愛い子が何人かいる

誰とでも分け隔てなく接する祐介

人見知りな美保にも話しかけてくれて、笑わせてくれた


少し注意深く見ていたら、すぐに気がついた

サークルの中でも一番美人な女の子

わかりやす過ぎる……


祐介の好きな子

その子には理由アリの恋人がいるらしい

それもハッキリ言えば、不倫、相手は既婚者



祐介とも関係を持っているのは、二人の雰囲気を見ていれば想像がついた

他にも何人かの子が祐介と遊んでいるのも知っていた

そのうちの一人でかまわなかった


二人でいる時、祐介は優しい

でも、それは美保にだけじゃない

それに、祐介の好きな子から連絡が入ると美保は後回し、ドタキャンされた


「ゴメン!ちょっと帰らないといけなくなった……」


言葉を濁しているけど、急いで行こうとする祐介の背中を見てるだけであの子だと、わかってしまう


十人並みの容姿の自分じゃ敵わない

性格も地味で、華やかなあの子とは全然違う

暇つぶし要員でも、承認欲求を満たすためでも祐介と過ごせるなら嬉しかった


だけど、段々と心がしぼんでいった


(私はスタートラインにも立っていない)

(あの子と競うことさえできない)


祐介の優しさには、人として好きな気持ち以上の感情は感じられなかった

祐介は自分のことを好きな人間を利用してるだけ


美保は、自分が諦めればこの関係は終わりだと本当は心の奥で知っている

なかなか踏ん切りがつかないまま半年が過ぎた


祐介と出会ってから伸ばし始めた髪の毛

かなりロングヘアになった

祐介への想いと共に重くなった髪


携帯が鳴る


《今から会える?》


祐介からの急な呼び出しはいつものこと


(もう、切ってしまおう)


美保は祐介に断りの返信をすると、その足で美容院へ向かった


バッサリとショートヘアにした頭が軽い

うなじの辺りがスースーして寒いけど、気持ちは澄み渡る青空と同じようにスッキリしていた


(私のスタートはここから)


長い髪でうつむいていた自分はもういない

広がった視界で空を見上げる


美保は大きく深呼吸をすると、軽やかな足取りで駅の階段を駆け上がった

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