俺の正体を知っても___

よこしま。

ep.1 これで終わり

(ギィ…)


『いらっしゃい。あらずいぶん魔力の強い子が来たねぇ…なんか用かい?』


「ここなら、何でも叶えてくれるって聞いたんですが…」


俺は今日、を無くすためにここに来たんだ。


『…間違っちゃあいないよ。んで、頼み事は?』


「…見た目だけでも別人に出来ないでしょうか」


『フン。面白いこと言うねぇ、できるよ』


噂通りだ。やはりここは願いの叶うまじない屋。できる限りのことは何でもやってくれるらしい。


『ああ本当さ、あんたはどうなりたいんだい』


「この街によくいる様な、中型種族になりたいです」


『ほ〜お?』


「…無理ですか」


『いやいや、出来るさ。ただあんたみたいにゃ珍しいのさ』


少し意外だ。


「…そうなんですね」


『あんたにまじないを掛ける前にひとつ、話をしてやろうじゃないか。それもあんたに掛けるまじないの話』


このおばあさん、俺をジロジロ見ながらにやけ始めて、少し不気味だ。


『このまじないは戦の時代に、敵軍に偽装するために生まれたんだ』


『ただ、この呪(まじな)いは対象の容貌を全部変えるから負荷が大きく、魔力を大量に消耗する。だからみんな使いたいが使えないんだ。』


『でもあんた、だろう?』


!?

なぜこのまじない師がそのことを…


『その顔だと、図星みたいだね。』


「…はい」


『過剰に魔力を生成して、体がソレを抱えきれない。そんなとこだろう?あんたから濃い魔力が滲み出てるよ』


「…わかるんですね、そういうの」


『わかるもなにも、あんたの周りの空気じゃないか。そんなに魔力が抱えきれないくらいなら、むしろこのまじないが丁度良かろう』


俺には都合がいい話だ。


「じゃあ、お願いします」


『わかった。そこの魔法陣に乗りな』


暗い色をした木の床に、白い線で描かれた円型の魔法陣に乗った。


『私が終わりって言うまでそこを動くんじゃあないよ。じゃ、始めるからね』


「わかりました」


動かず少し待っていたら、術が始まった様だ。


魔方陣から瓶に息を吹きかけたような、くぐもった音が聞こえる。


俺の身体の色という色が煙のようになって抜け、身体と服が透明になっている。


だんだん筋肉の締まる感覚がしてきた。

透明で見えないはずの身体のシルエットが、感覚で理解できる。


身体が小さくなっていって、骨格の様なものが変わっているのを感じる。不思議にも痛くはない。


先程抜けた色の煙が戻って来た。

抜けたときとは色が違う様に見える。


音が止んだ。鳴っていたのは五分程くらいだったろうか。


『終わったよ。あんた、もう動いていいからね』


「わかりました」


声が前より高くなっている。


それに、身体が物凄く軽い。

だけどそのせいで手足のコントロールが滑る感じがする。


亜人系にしてもらったのだろう。人肌は初めて触った。(元は獣人)

表面が柔らかくすべすべしていて、不思議な感覚だ。だけどすぐ慣れる気がする。


『気に入ったようだね。あんた、鏡で自分の姿を見てみるかい?』


「お願いします」


『はいよ』


鏡に映る俺の顔は、以前と全く違った。当たり前だが。


髪?は街で見たやつに比べたら少し長めだ。

灰色に青のグラデーションがかかっている。


目の色は以前と同じだが、形は全く違う。


凄くよく出来ている。自分か疑わしいほどに。自分ではないのだが。


『あんたのソレ、少々私好みに造ったよ。出来が良くて見惚れそうだわ』


「ありがとうございます。」


ふと、右袖に違和感がある。


「ミサンガ…?」


『お、見つけたかい。』


「一体…なんのために」


解呪かいじゅのためだよ。それを千切ったらまじないが解けるのさ。劣化で千切れそうなら戻ってきな』


「はぁ…でも俺はもう、元の姿に戻るつもりはないんですよ」


『ククク…あんたにはいつか、自分で千切る瞬間が来るよ』


「…」


馬鹿な話だ。


俺はあの姿だったから人から恐れられていたんだ。身体も大型の中でも一際大きく、顔だって怖かった。

珍しい種族だったから理解も得にくかった。

それにこの魔力障害だってそうだ。


元に戻るなんてごめんだ。


「…お代、幾らですか」


『あんたの機会に免じて、タダで良いよ』


「ただ…ですか?」


『言っただろう?あんたにはいつか、自分でまじないを解くって。だからタダだよ』


本気で言っているのか、このまじない師は。


「なるほど…ありがとうございました」


(ギィ…)


俺は、今日から他人ひととして生きる。

名前はきっと俺の最後のアイデンティティだから、そのままにしておこう。

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