第3話 邂逅
至る所に痣がある彼は見るに堪えなかった。それでも反対にその瞳はとても綺麗な色をしていて、さっきまでいじめを受けていたことを忘れているかのように純粋な眼差しだった。
思わず吸い込まれてしまう彼の瞳に目が離せなくなってしまっていると、午後の授業が始まるチャイムが鳴った。
「あ……すみません」
すっかり我に返った私は突然気まずくなって、彼から目を離し、一応盗み見たことを謝罪した。そうして踵を返そうとすると、彼は首を傾げ口を開く。
「君も?」
も? とは何のことを指しているんだろう。
「どういう、ことですか?」
「え? 僕に不満をぶつけに来たんでしょ?」
「は?」
私は礼儀も常識も弁えてる方だと思っていた。でも、初対面の相手に「は?」なんて言葉を使ってしまった。それは彼が予想外で意味不明なことを言うから、思わず声に出てしまった。
そんなことより、不満をぶつけに、とは?
「あれ? 知らないの?」
「はい」
「僕はさ、色んな人の痛みを、代わりに受けてるんだ」
「はぁ?」
もっと意味がわからない。人の痛みを、代わりに受ける?それは一体………。
そこで私の頭を横切ったのはあの噂だ。
誰から聞いたのか、いつ流れたのかわからないような些細な噂。冗談半分にしか聞いていない噂だったが、妙に私の頭に残っていた。
「この学校には、何をしても許してくれる人がいるって話を聞きました」
もし実際に彼だとしたら。それはとんだ拍子抜けな噂話だった。
しかし実際のところ、都市伝説というのは存外、答えはつまらないものなのかもしれない。
「もしかして、あなたのことですか?」
確認するように恐る恐る聞いた。私の深読みかも、勘違いかもしれない。彼はただ理由もなくいじめられていて、同じクラスの私だからという理由で何かされると被害妄想に陥っているだけかも。
私のその答え合わせに、彼は数秒沈黙した。否定も肯定もしない。何のアクションも起こさずボケっと私に視線を向けていた。
自分でした質問なのに、気まづくなってまた目を逸らそうとしたところで、やっぱり彼は何も言わずに、でも、首を縦に振る。
それは私の言葉を肯定していた。
言葉も出ない私に、彼は付け加えるようにこう言った。
「がっかりした?」
そう言って不敵に笑った。
理由も意味もなくボロボロにされ、人の怖さと弱さを一身に受けてもなお、彼には笑う余裕があるみたいだった。
偽善でも、偽物の正義感でもない。良心なのか、善意なのか。とにかく彼は私には決して真似できないような本物の正義を見せつけてきた。
痛々しく、ボロボロな身体で。
これが単なる噂で、彼が人間じゃなかったらどれだけよかっただろう。
でも彼は人間だ。噂で聞いたような妖精でも、幽霊でもない。私と一緒で血が通った同学年の男の子。
私は自分の醜さとちっぽけさに、素直に呆れた。
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