サンドバッグ人間

@asagao_01

第1話 噂

 ある日学校で噂になった話がある。

 誰から回ってきた話なのか、いつから聞いたことがあったのかは全く忘れたのだけど、この学校のある場所には何をしても許してくれる人がいるらしい。といっても噂はそれぞれで本当に人なのかどうかすら怪しい。

本当は幽霊かもしれないし、妖精なのかもしれないし、はたまた作り話なのかもしれない。でも、会ったこともある人の話を聞く限りは本当にいるっぽい。そんな善人過ぎるほどの善人なんているとは思えなかった。


 そして皆が話すことによれば、その人のいう何でもとはその人が受けきれる何でも?らしく。私も聞いた限りではよくわからなかった。


「おいやれよ」


 何だか盛り上がっている声のする方を見てみると、いわゆる派手目のグループの子たちが一人の目立たない子に無茶ぶりをさせて騒いでいた。

 その目立たない子はそのテンションに無理やりについていっているようで、下手くそな笑顔を作りながらモノマネやギャグを振られて応えていた。しかも面白くないと殴られたりしていてとても理不尽で可哀そうだ。


「愛生、ご飯行こ」

「う、うん」


 そう思いながらも私も見て見ぬふりをする。可哀そうだなと思ってもその当事者にはなりたくないと思っているこのクラスの皆と同じように、でも私はあんな人たちとは違うと謎の正義感を持っていながら止めに行くこともなく、友達に呼ばれるままいつも昼食を食べる教室へと向かうのだった。


 蹴られながらも、引き攣った笑顔を見せる彼を無視しながら。



※※※


いつものメンバーで、いつもの教室で、私は決まって母親の作ってくれた弁当を食べる。

他の子が売店やコンビニで買ってきたパンや、ヨーグルトを食べるなか、私だけが持ってきた弁当を食べる。


そしてするのはいつも恋愛の話だった。私には興味は無い。でもみんなは面白そうに、誰々がかっこいいとか、優しかったとか、付き合ったとか、そんな誰かのことを自分のように話すのだ。

楽しいのかな?


「愛生は好きな人とかいないの?」

「え?」

「いっつも聞いてるだけじゃん? 愛生はいないのかなって」

「私か〜、私はあんまり興味ないかな」

「まあそうだよね〜。愛生らしいけど……」


きっと面白くもない返答にそう返してくれる。私はこのグループの子とは違って、派手でも可愛くもなく地味な女だ。でもなぜかこのメンバーで固まることが多い。


「あ、河上ってわかる?」

「だれ? 有名な人?」


そんな私の問いに彼女は首を振って呆れ顔をした。


「違うよ。同じクラスのやつ」

「誰だろ、あんまり覚えてないかも」

「もう! 愛生は他のことに興味なさすぎ」


それは確かに。


「で? その子がどうしたの?」

「別に大したことはないけど、昨日の席替えで席隣になったんだけど、すっごい優しくてさ、でも何か腕に痣があって」

「痣?」

「あ、それ私も見た! 別に虐められてるところとか見たことないのに不思議だよね」

「ね、きっと家庭内暴力とかじゃない? それか喧嘩とか?」

「ないない! あんな子が喧嘩なんて」


何やら私の知らない人物で盛り上がるみんなに取り残される。

でもなんとも物騒な話だ。腕に痣なんて。ふとさっきの彼を思い出す。きっと彼の体にも無数の痣ができているんだろう。代替わりできたら、なんてそんな勇気も資格もなく、卵焼きと一緒に飲み込んだ。

 

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