リスタート
清見こうじ
第1話 ジ・エンド
彼女って、いつもニコニコしてたのよ。
頭も悪くなかったし、飲み込みも早くて、何をやらせてもそこそこ出来ていたのよね。
容姿は可もなく不可もなく、けれどは人当たりがよくて、人が嫌がる仕事も率先して引き受けるから、表だって彼女を嫌う人はいなかったと思うわ。
……まあ、裏では「いい子ぶってる」とか「偽善者」とか言われていたみたいだけどね。
でも、面と向かっていじめるとか、そういうことはなかったのよ。
だって、彼女、とっても役に立ったんだもの。
ちょっと困った顔をしていれば、すぐに助けてくれたし。
面倒なことでも、すぐに引き受けてくれたし。
気が付いたら、彼女は色んな役目を負わされていたわ。
器用貧乏っていうのかしら?
どんどん仕事をこなしているのに、どんどん仕事は増えていってたわ。
しかも、人の手伝いで彼女の業績にならないことも多かった。
でも、頼めば何でもしてくれるんだもの。
人に頼りにされて、役に立てる。
それが、彼女の喜びでもあったのよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ある日、彼女の仕事が、終わらなかったの。
さすがに無理があったのよ。
頼まれた仕事を必死でやっていたら、本来の彼女の仕事が後回しになってしまったのよ。
多分、今までもギリギリだったんじゃないかしら?
でも、人の頼みは聞くくせに、彼女は誰かを頼らないのよ。
それで、見かねた同僚が、彼女を手伝ったの。
その彼は、「いつも助けてもらってるんだから」って言ってたけど、他の人に比べたら、全然なのに。
けれど、それをきっかけにいつの間にか彼女をサポートするようになっていた。
彼女も、彼には素直に頼るようになっていた。
そんな2人が恋人になって、結婚するのは、まあ自然な流れだったのでしょうね。
「いい人」同士、お幸せに、と周囲も祝福していたわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同じ部署で結婚すると、どちらかは異動するのが定例で、今回は彼の方が異動したの。
元々希望していたらしいし、まあ、栄転でもあったのよね。
幸せいっぱいの2人の未来は、順風満帆……のはずだった。
彼が、とある人物の起こした事件の共犯者として、容疑をかけられる、までは。
真相が分かる前に、彼は亡くなった。
自殺なのか事故なのか、ハッキリしなかったけど、世間は全ての責任を彼に押し付けた。
「あの人は、殺されたのよ」
無表情で呟きながら、彼女は職場を去っていったわ。
そして、彼女は行方知れずになった。
唯ひとり、彼の無実を信じて。
彼に罪を被せて、命を奪っておいて、のうのうと生きている人間を、見つけるために。
いつもニコニコして、たくさんの誰かのために生きていた彼女は、いなくなったの。
愛する彼のためだけに、生きることに決めたのよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こんな話、つまらない?
ごめんね、ちょっと思い出しちゃったから。
仲がよかったのか、って?
まあ、そんな感じ?
イヤだ、そんな顔しないでよ。
……真っ青よ? 大丈夫?
え? その後、彼女に会ったのかって?
言ったでしょ? 今は行方知れずだって。
というか、彼女は、もういないのよ。
彼を失って、彼女も、彼女としては生きていられなくなったの。
だから、新しいスタートをきることにしたの。
笑顔で穏やかで優しい彼女では、真相を知ることなんてできなかった、から。
そして、彼女の力では、真相を暴いても、どうにもできないことを知ったのよ。
政治的圧力って言うのかしら?
生半可なことでは、彼女が見つけた真実なんて、握りつぶされてしまうって。
だから、方法を変えることにしたの。
せめて、真犯人には、罪をその命で償ってもらおうって。
そのために、顔も名前も変えて、真犯人に、近づいて。
どうしたの?
ぶるぶる震えて。
指先の感覚、無くなってきた?
息するのも、つらくなってきた?
私よりたくさん飲んでたしね。
一緒に飲んでた……って。
あは。
だって、あなたは、用心深いんだもの。
だから、ね。
こんなことして、ただで済むと……って。
うん?
ちょっと、もう、何を話してるのか、分からないわ。
じゃあ、おやふみならひ……。
あぁ、あらしも、ろっろつらいかも……。
もぉ、そろそろ……はぁ……じ、えん……ろ……。
もうふぐ……そっちへ……いくわ……あなた………………。
リスタート 清見こうじ @nikoutako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます