第16話 一時帰省
俺とリーシャは乗り合い馬車の停留所に着いた。
「リーシャ、悪いけど、旅立つ前に一度実家に立ち寄って良いか?」
俺の生家であるアストロズ男爵家はイーラン王国王都からさほど離れていない距離にある。
長い旅路の前に両親に一言報告しておこうと考えたのだ。
「はい!もちろんです」
リーシャの了解を得たところで馬車の荷台に乗り込む。
既に複数人が乗っており、俺とリーシャは空いてるスペースに腰を落とした。
ちなみに俺は今も魔法で姿を消している。
「勇者君の実家……ちょっと緊張しますね」
他の乗客に聞こえないくらいの小声でリーシャが言った。
「なんで?」
「……う〜ん。何でだろう?なんとなくです」
「ふーん」
意味がわからん。
◎●◎
王都を出て約2時間、アストロズ男爵家に着いた頃には青い空はオレンジ色に染まっていた。
正門を潜ったところで俺は魔法を解き、姿を実体化させる。
すると、
「――わっ!勇者君!」
俺の姿が前触れなく現れた事へ、リーシャが驚きの声を上げた。
「あぁ、ごめん。驚かせたな」
リーシャは俺の姿をまじまじと見ながら、
「やっぱり、こうして姿が見えた方がいいですね」
と、そう言ってニコっと笑みを浮かべた。
◎●◎
「――お坊ちゃま、おかえりなさいませ」
屋敷の中へ踏み入れると、ちょうど玄関付近の掃除をしていたメイドが俺に気付いて一礼をした。
その直後、メイドの声を聞きつけた母が奥の部屋から嬉しそうな顔で出てきた。
「エーデル!?おかえり!!それと、魔王討伐、本当にご苦労様」
母に続き父も出てきた。
「おう!エーデル!!帰ってきたか!!」
父は一直線に俺へ歩み寄るとそのままガバッと、強く抱擁してきた。
「よくやった!!エーデル!!お前は私の自慢の息子だ!」
父も魔王討伐を喜んでいるのだろう。……討伐してないけど。まだ生きてるけど。
「父上にそう言って頂けて、とても光栄です」
それにしても、エーデルは幼い頃から両親に愛情を注がれ、育ってきたらしい。エーデルとしての記憶にそうある。
加藤謙也――俺とは大違いだ……。
息子に帰省に喜ぶ両親。そんな大事にされてきたエーデルが少し羨ましく思う。
俺から体を離した父は、次にリーシャの方へと視線を向けると、
「其方がリーシャ殿だな!息子の事、これからも宜しく頼みます」
そう言ってリーシャの手を取った。
――父上?それ、魔王ですよ?
なんて事はもちろん口にしない。心の中だけでそう告げる。
「……え、あ、はい……」
父に手を握られたリーシャは困ったような笑みを浮かべている。
まぁ、リーシャからすれば〝魔王討伐〟を喜ぶ父に対しては少し複雑な心境なのだろう。
ちなみに、父がリーシャの事を見知っているのは、王城での褒章式の時に参列していた為だ。
「それにしても、リーシャ殿は本当に可愛いらしいな!――おい!エーデル!リーシャ殿との結婚式はいつにするんだ!?」
――ブッ!!
「な、何を言っておられるのですか、父上!あくまで俺とリーシャとは師弟の関係です!!」
父がニヤニヤと笑みを浮かべる。
その表情から俺の主張など聞く気がない事が伝わってくる。
「エーデル。お前、リーシャ殿のような女性と行動を共にして何も感じないなんてあり得ないぞ!?俺があと10歳若ければ――」
「あなた?」
父が何かを口走ろうとしたが、母の睨みにその言葉を引っ込めた。
バツが悪そうにコホンと咳払いを挟んだ父は再度口を開いた。
「とにかくだ。お前、まさかリーシャ殿で不服なのか?」
「いえ。そう言うわけではないのですが……」
たがら、リーシャの正体は魔王ですよ?父さん。
まぁ別に、魔王だからと問題視するつもりはないが、というか、むしろリーシャさえ良ければ……なんて事すら正直思う。
ただ、分からないのだ。そもそも、恋愛が分からない。勇気が持てない。そして、とにかく恥ずかしい。リーシャの事を想うと、胸が熱くなり、痛くなる。
「なら、決まりだな!!」
父が笑顔で声を上げた。
「いや、ですので、そう勝手に話を進められても……。おい!リーシャ!お前も何か言っ――!?」
――って、は?
何でお前、そんな真っ赤な顔で、しかも、
「勇者君と、私が、結婚……勇者君と、私が、結婚……勇者君と、私が、結婚……勇者君と、私が――」
何を言っているかはよく聞き取れないが、リーシャは何やら謎の呪文?のようなものをブツブツと呟いている。
「おい。変な呪文唱えてないでお前も否定しろよ!」
「――え!?あ、いや、だってぇ……」
変な呪文の次は俺の顔を見て照れたように俯くリーシャ。何なんだ一体?
◎●◎
リーシャとの婚姻を巡る父との押し問答をなんとか乗り越え、今は夕食をとっているところだ。
俺の隣では幸せそうな笑顔のリーシャがパクパクと美味しそうに食べている。
「ところでエーデル。今日はどうしたんだ?律儀に魔王討伐の報告か?」
父がそう尋ねてきた。
現時点での父の理解は、賢者となった俺は今王城で住んでいる、そういう事になっている。
「それもあるのですが、もう一つ報告がありまして」
「何だ?」
「しばらくリーシャと共に旅出ようかと思いまして」
「ほう。リーシャ殿とか。それで、王城での食客扱いを蹴ってきたのか?」
「国王陛下のご厚意を無碍にしてしまった事については大変恐縮なのですが、リーシャの修行の事を思えば王城に籠るよりも旅に出た方が良いと考えたのです」
と、そこへ――
「――え!?修行、つけてくれるんですかっ!?」
俺の言った言葉にリーシャが目を輝かせながら食い付いてきた。
バカ!
本当のなんて言えるわけないだろ!
だって、『ゼローグを倒しに魔界まで行きます!』なんて言ったところで、まず〝ゼローグ〟って誰?ってなるし、そいつが事実上の〝魔王〟であって……とゆうか、まず、そもそも魔王はリーシャであって……え?いや、実は魔王はまだ生きていて……と、複雑怪奇過ぎるその内容を理解できるように説明する事は極めて困難。仮に理解させる事ができたとして、納得させるまでは絶対に不可能だ。
混乱を呼び、リーシャはすぐさま処刑されてしまうだろう。
「ん?リーシャ殿はエーデルの弟子なのであろう?修行をつける事はある種当然ではないのか?」
リーシャの言い草から違和感を感じたのだろう。父が首を傾げながら疑問をぶつけてきた。
俺はリーシャへ、余計な事を言うな!と、肘突きで合図を送る。
「――あ!あぁ……。えっと……そ、そうですね……」
ようやくリーシャも会話の展開のまずさに気付いたようで、どう言い繕うか悩んでいるようだ。
そして、悩んだ挙句、リーシャの口から出てきたのは、
「実は、私が魔王でして……勇者君には命を助けられて――」
「って、おい!馬鹿かお前――」
まさかの真相開示。俺が慌てて言葉に割り込もうとしたところで、
「あっははは!!いいぞ、リーシャ殿!面白い冗談だ!この場を和ませようという計らいだな?ますます気に入ったぞリーシャ殿!」
父が笑ってくれた。
助かった……。
まぁ、リーシャが言いかけたそれが真実だとしてもそれを父がすんなりと信じるわけがないか。
何はともあれホッと胸を撫で下ろす。
リーシャにはさっきよりも強めの肘突きと、父がまだ笑っている隙に小声で「馬鹿か!お前は!一歩間違えば、今のでお前は死ぬ羽目になってたぞ」と釘を刺しておく。
「――ひぃ……。ごめんなさいぃ……」
縮こまるリーシャをよそに、俺は逸れた会話の修正を計る。
「というわけで、長い旅路になるかと思いますので、その報告にと、今日は参った次第です」
「そうか。して、長い旅路とは如何程の旅を想定しておるのだ?」
「5年から10年ほどかと……」
「……それはまた長いな……。出立は?」
「明日にでも」
「そうか……今やお前は〝賢者〟の称号を持つ、言わば事実上俺よりも立場は上。そんなお前に俺はとやかくは言えない。気を付けて行け……俺から言える事はそれだけだ」
今は家の中だから親子の体で会話をしているが、これが公の場であれば、父は俺に敬語を使わなければならない。それほどの上下関係が存在する中で父は何も言わなかったが、その様子は明らかに寂しそうだった。
「……はい。行って参ります」
「うむ」
その後は少し重苦しい空気感の中、食事は進むのだった。
―――――――――――――――――――
作者より
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